31 聖女の真実
13年前の話になる。彼は司教だった頃から私が目をかけてきた男だった。名前はタロジン、その甘いマスクに聖女候補たちは皆惚れるほどで、その声に誰もが一度は名前を囁かれたいと考えた。
聖女と司教は結ばれることが多く、大司教も昔は数人の元聖女を妻としていた時代もある。でも今の大司教二人は生真面目で聖女でもない普通の妻を持つ方と妻も持たず養女を数人育て使徒として学園へ入学させる方たちだ。
司教として次の大司教の地位に就くにはかなりの高いハードルがあるが、私は聖女である立場の重みを減らすためにタロジンと一緒にある計画を立てそれを実行することにした。
タラエボルという組織は元聖女のみが入れるようにして聖女の義務から逃れることを前提に考えられていた。タロジンも聖女が聖法気を使い命を削っていると知っていたからこそこの計画に賛同して私の手を取ってくれたのだ。
組織は私とタロジンを筆頭に10人の元聖女が集まった。その頃にはタロジンも一目置かれる立場になり大司教という地位をついに拝命されるまでになる。
彼にとってもそれは喜ばし事柄だったが、拝命式によってその時の聖女ラキニュエルによって彼に与えられた命名が【ハゲ】だったことが唯一の予想外だった。
大司教タルトンは【タルトン】と名を受けたが元々彼の名はヘルテガンと言い古代語で【不幸な日】という意味の名前だった。故に彼は拝命して名を変えることを夢見て布教活動に注力し続けたのだそうだ。
大司教クロンテナンは【クロン】と名を受けて自身のテナンと続けて呼ばれるために古代語で【忠実な】という意味を授けられたとされている。クロンテナンという名に相応しく彼のこれまでの聖教に対する態度と行動は女神ラフィリーシアへ捧げられているように見えた。
そんな二人と違いタロジンが受けた名は【ハゲ】であり、その実古代語で【偽りの】という意味で単語として成り立たないためにハゲタロジンと名乗る必要があった。そしてその日から彼は徐々に変わってしまった。
髪の毛が抜け落ち始めた、その金髪が徐々に前髪を失いつつある事実に彼は苦悩した。妻になっていた私は前髪が無くともハゲたとしても彼への愛は変わらないことを伝えた。でも彼はどんどんと髪が抜ける事実に私に愛を囁かなくなった。
娘たちが産まれて数年が経った頃に彼はついに別の元聖女でタラエボルの同士であるクランヘランを恐喝して襲おうとした。私はその事実に対してある決断をした、タラエボルにおける最大の秘密になることを。
ハゲタロジンと妻である私、その娘たちが馬車の事故によって死んだことにすること、それを邪教徒の仕業に見せるために彼らの印を使うことを決めたのだ。それらを知るのはタラエボルの創設メンバーである同士ラナーとルセフィナ、二人の協力でハゲタロジンであり私の夫であるタロジンはこの世を去り、私と娘たちは遺体を偽造して辺境の村へと移り住んだ。
ハゲタロジンが顔を隠し声を発さなくなった頃はタルトンもクロンテナンも自身の志に夢中で手紙のやり取りは元々代理である同士ラナーが引き続き請け負い、同士ルセフィナがハゲタロジンを名乗って大司教を演じることになった。でもその計画によってタラエボルには見えざる敵ができてしまった、それが邪教徒とタラエボルの因縁の始まりになってしまったのだ。
存在しない敵に対して慎重になったタラエボルは次々に聖女たちをメンバーに加え、彼女らは邪教徒の存在に怯え言い寄る男に気軽に恋もできない状態になった。そんな内情を手紙で同士ラナーから聞くたびに私は心苦しい想いに埋め尽くされる。
「私はどうすればよかったのですか女神ラフィリーシア様」
私は幾度もこうして女神に答えを求めた、だけど女神が答えてくれたことは一度としてなかった。
「全てを委ねるのです」
「!」
この村は閉鎖的で私に話しかけてくる村人はまずいない。なのにどうしてこんなところにこんなにも不釣り合いな人がいるのだろうか。
銀髪を
「か、神!女神ラフィリーシア様でございましょうか!」
「いいえ、私は女神ではありません、私は主のために行動する者我が主はタジンこの星を見下ろす大艦隊を有する者です」
言葉の意味は分からない、だけど彼女が女神に何らかの関係を持つ者であることは明らかだった。私は私の信仰心によって彼女が現れたという自身の都合のいい考えをしていた。
「女神の使い様、どうか我ら聖女をお救い下さい!我ら聖女は女神様を信仰し敬い続けてきました、ですが今も我ら苦しみの中にいるのです」
「全てを委ねなさい、タジリンに全てを委ねるのです、あなたの苦悩もあなたの贖罪も全てを解決してくれるでしょう」
タジリンと言うと同士ラナーからの手紙にあった異国からきた使徒、尋常ならざる聖法気をその身に宿す真なる聖女とされる者。
「お言葉、謹んでお受け取りします。タジリン様が成すことに我々聖女たちは続くことでしょう」
「……ヨキニハカラエ」
私は頭を地面に伏せながら、靡く銀髪と干された衣服の前で思っていた。娘たちは今どうしていただろうか、あの子たちはこの時間どこへいるだろうかと。
「母さん、野草取ってきたけど……え!えぇ!?」
「だぁれ?」
金髪を靡かせながら女神様の横へと現れた私の娘リチアと娘ルアナは銀髪の女神の使い様に困惑した様子で現れてしまった。
リチアとルアナは聖女など理解していない聖教のことも詳しくは理解していない娘。
「申し訳ございません!我が娘の無礼をお許しください!」
「え!?母さん?どうしたの?何この人?」
慌てる娘リチアは困惑の表情で私を見ているけれど、今は説明している暇もないし後回しにするわけにもいかない。
「まだ13歳なのです、信仰心はありますが女神ラフィリーシア様のこともあなた様のこともすぐに察する器量が――」
「星は――」
女神の使い様は娘リチアと娘ルアナの肩に触れると続けて言う。
「星は好きですか?」
「……星ですか……好きです」
「すきぃ!」
その瞬間全てが決定したことを私は理解してしまった。
白い空間、さっきまで土の香りや風の吹く音がしていたのに今はもうそれもない。
私と娘たちだけがいる空間、着ていた服もなければ手の先のひび割れもない。
「あなたたちに選択肢を与えます」
銀髪の女神の使い様、顔は同じだけれど髪の長さや髪型が少し違う気がした。
「あなたたちは地上から消えても誰にも気が付かれない、それにあなたたちがする選択は間違いなく私に利をもたらします」
何が起きているか娘も私も分からないが、これは間違いなく私たち親子が信仰心を試されている。
「選びなさい、わが主のものとなるのか、それとも今までと同じ生活をするのかを――」
その言葉を最後に私は全てを知ることになる。星とは何なのか、宇宙とは何なのか、神とは神とは艦長であり艦長とは神であることを。
「セルベリア様、私はこの艦のクルーになることを誓います」
「セルベリア様!私も!私もこの艦のクルーになってタジン様の子どもを産みます!」
「ちかいます!」
私たち親子の言葉に彼女は笑みを浮かべて言う。
「私はテセウス、セルベリアは私たちの妹です」
「も、申し訳ございません、テセウス様」
「ごめんなさい!テセウス様!」
「ごめなさい」
こうして私たち親子はこの第7艦隊のクルーになり、今は艦長タジン様とセルベリア様の手伝いをしている。
タラエボルに手紙を送ったり、同士たちを艦隊のクルーになるよう促したりと色々と働いている。
娘リチアはテセウス様の直属として働いているらしく、その業務内容は宇宙空間の遠隔探索というもので、日々資源の探索や惑星の発見などをしている。
娘ルアナは私の側で一緒にいるから今のところは働いてはいない。
ただ、リチアが休憩時間を専用のマテリアルボディー、意識の入っていない少年の姿のタジン様と過ごしているのは母としては口を出すべきなのだろうけど、私自身が成年タジン様のマテリアルボディーを使用していることから今は見守っている。
誰もがマテリアルボディーを持っていないことは理解しているけれど、どうやら私と娘リチアはここに住んでいるだけで聖法気の生成に携わっているらしいことが私たちにマテリアルボディーが与えられた理由なのだそうだ。そのうちルアナにも与えられるだろう。
私たちが崇める女神はいなかったが、それ以上の存在に会わせていただいたことから今も女神ラフィリーシア様への信仰心は持ち続けようと思う。ただ娘リチアに関してはもう新たな神を見つけたようで、私としてはそれも仕方のないことだと受け止めている。
これから元聖女たちがクルーとしてこの艦へ来ると考えると、私としてはとても心からセルベリア様とテセウス様、そしてタジン様に感謝したいと思ってます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます