28 聖教徒学園の白薔薇


 聖教国家アブレラル、別大陸の国の中ではとても規模の小さい国だが、その国に攻め込むことは難しいとされている。その理由がかの国が特別な国であったからだ。


 聖教とは聖タラエボルラフィリーシア教のことでタラエボル・純真な、ラフィリーシア・女神を崇める宗教のこと。かの国の国教である聖教は他の国にも信徒を持ち対外的に和平を築いてきた歴史があり、戦争を止めるきっかけにも起こすきっかけにもなり得た。


 どうしてそれだけの影響力を持ち得たのか、それは古い話に語られた女神の使徒である聖女伝説に由来していた。女神の使徒が現れたのは600年ほど前でとても美しい容姿ととても強い聖法気を持ち合わせていたのだそうだ。


 そして今でも聖女は実在するのだが、それはもう血脈でも何でもない【美しい】ということを除いては全く関係のない者がその容姿のみでそう呼ばれ敬われるようになっていった。


 聖教国家の首都トルエナンにある貴族の息女が通う聖教徒学園、学園では聖女になる可能性のある聖法気を持つ者と美しさを持つ者が国内外から集まっている。


 血脈けつみゃくで伝えられるとされる聖女の物語はいつの間にかひっそりとしか語られなくなってしまった。それほどに時間が過ぎたともいえる。


 それでなければ貴族以外に聖女が誕生していたこともあり得た、だがその考えなど偏った知識は当たり前のように排他されていく。排他された結果貴族は特別で一般の市民にはない力を女神より与えられたといつの頃からか言われるようになった。


 そして、これらの話の元となる聖女は500年前に邪神の信者によって呪いをかけられ、それによって貴族から排他され市民として継がれるようになった。


 聖女にかけられた呪いとは【みにくく見える】という呪いで、その容姿がどれ程優れていても自身他人がどうやって見ても醜く見えるようになる。ただ美しすぎる聖女の力と呪いの力は反発し合い結果的に適度に美人に落ち着く。だが、適度に美人では聖女として認められることなく、聖女の血は貴族社会から消えてやがて市民の中では美しいに含まれる血脈が継がれることになった。


 そしてそんな聖女は聖法気に関してとても強力なものを有していて、その力は癒しや解毒を可能にして女神の力に近しいそれを人々は女神の使徒だと言いはやした。


「何を隠そう!彼女こそ間違いなく聖女だわ!あの容姿!あの濃い聖法気!彼女こそ聖女!」


 そう言う学園の制服を着た少女は三年の使徒ミリツーアである。彼女が興奮して語るそれは最近になって知らぬ名前の国の知らぬ名前の貴族の娘が美しさと聖法気を有していたことから学園に転入してきたことから始まる。


 彼女は二年の途中編入を許可されているが、どうして一年でないのかというとそれは彼女の知識が飛び級してもかまわないということと、彼女が早く卒業して聖女になれるように教員に圧力をかけた大司教の権力の成せる所業だった。


 聖女は司教と結ばれることが決まっているため自身が大司教である今全力で彼女の聖女としての職へ就かせたいという欲望があからさまだった。


 そして、その少女には一人の従者が伴っていて、その容姿が少女に負けず劣らずの美貌と銀髪で赤と青のオッドアイを持つ三つ編み眼鏡メイドも有名になっている。


「タジリン様こそ今世の聖女です!」


 使徒ミリツーアの演説に群がる使徒たちは全て三年生の最上級生で彼女らもタジリンの名を最近になって頻繁に耳にするようになった。何せ三年生二年生一年生ではそれぞれで過ごす敷地から違うのだから。


 そもそも貴族同士で学年の上下も関係してくるのはあまりに学業に妨げが出る。そのために各学年に敷地が割り振られ、食堂から教室まで別の敷地でそれぞれ違う場所にあり、浴室と小用所(トイレ)はそれぞれの個室にメイド用の小部屋と一緒にある。


 王族のみが使える部屋もあるが、基本聖女たるは王族にはいないとされていて、それ自体は当然で王族は権力も武力も持たない大司教たちによって祭り上げられる貴族の中で一番使い勝手の良い者たちだ。使い勝手が良いとは聖法気が少ない者を指す。


「次の三年生二年生の合同お茶会では必ず私が彼女の隣をいただきます!」


 高らかに宣言する彼女に他の者たちは思う。


 そのタジリンという娘はどれほどの美しさなのだろう――と。


 学園の二年生の建物は教員棟・寮棟・食堂棟・学術棟がある。食堂棟は朝昼夕に開放されていて晩には夜食を事前申請にて提供してくれる。


 教員棟は完全女性のみが働いていて、教員になるにはこの学園の卒業と学園教員教育学院にて資格を得た者が働いている。


 学術棟は各教室があり使われていない空き教室が無いほどには変化が長年無い。


 寮棟は百名までが入ることができ、それぞれ個室で整った環境であるため他の棟と比べても比較にならないほどの資金と広さが使われている。


「お嬢様、この学園での生活は慣れましたか?」


 銀髪の三つ編み眼鏡メイドがメイド服を正しく着こなしてそう聞く。


 緑とも青とも光の加減で見える髪を眉毛が隠れる位置で真っすぐに綺麗に揃え、後ろ髪も背中の中ほどで結んで毛先は真っすぐと揃えられている少女は笑みを浮かべて言う。


「慣れる?そんなわけねーだろうがです、こっちとらここへきてまだ二週間なんだよこの野郎がです」


 笑顔で毒舌を履く彼女に銀髪三つ編み眼鏡メイドはニコリと笑みを浮かべて唇を指でなぞる。


「この口はダメな口ですね……可愛らしいタジリンお嬢様はそんな妙な話し方はなさらないのですよ?分かりますよね?」


「もちろんですわ、私もこれでも完全な超科学の超人なので話し方程度完璧ですわ。ですが、この手の話し方をしていると私の言葉に精神が引っ張られてしまう気がしてこうして二人きりの時は悪態でもついておこうかと思っただけですわ~」


「お嬢様、それでは令嬢に憧れる市民のそれです、ですわと言っていれば令嬢になれるわけではないのですよ?」


 はははっとかわいた笑いでもちろんわざとであることを示唆させると小さくため息を吐く。


「でも考えてもみてください、私のこれまでの苦労が分かりますか?二週間もの間いつも演技をしてなくてはならない身にもなって下さらないかしら?アルセウスが私に望んでる技能は聖女の能力なのでしょう?ならこんなにも丁寧に女性の作法を習わなくとも知識的にもデータ的にも頭の中に所作すらもありましてよ」


 そう言う彼女に銀髪三つ編み眼鏡メイドはゆっくりと頭を撫でる。


「とても的を射た意見ですね、ですがしばらくこの学園にいることは間違いないのですから所作はデータにあるものではなくここで得られる新たなものでなくてはなりません、郷に入っては郷に従えとも申しますから」


「ぐぬぬ」


「こらこら、ぐぬぬは言わない」


 髪を高価そうなくしく銀髪三つ編み眼鏡メイドはまるで母のように接する。もちろん乳母であったという設定もだが、彼女のもともとの在り方すら母親のようだからだ。


 タジリンが足をぶらぶらさせようものなら言葉で注意して、あまりに言うことを聞かなければ罰を与えることもある。その罰はあまりに優しい罰であるため普通は罰にならないが、彼女にとってはかなり効果的な罰になる。


 彼女というものの中身は男であることは間違いないが、彼女の体は女であり男であるものになっている。女性のものと男性のものを持ち合わせ、しかし玉に関しては通常の袋とは異なり体内に隠れている。


 だからどうということではなく、彼女であり彼であるタジリンは今のところ女学園に溶け込んでいた。


「ところでこの聖法気と呼ばれるものは神の血に近しいですが全くの別物なのですよね?」


「ええ、これは神の血とは別となる物、ただ元は同じでありあり方が違うだけなのよ。きっと今頃このデータを見たスズはとても楽しくなっているでしょうね」


「あり方ですか――」


「神の血は元々内側から作られるようにあふれてくるもの、ですが聖法気とはこの地によって満たされているもの……だと考えています、まったく……観測できない未知のエネルギー体は数世紀ぶりの発見だというのに私はどうしてこんなことになってるのでしょうか」


 手の甲で口元を隠し咳をすると銀髪三つ編み眼鏡メイドは三度の小さい拍手をする。


「儚げな仕草も完璧ですね」


「もう、私としては時々させられるこの咳に苛立ちすら覚えますのに――」


 握り拳を作ってもそれほどない筋力がゆっくりとそれを解かせる。それとほぼ同時に部屋の時計の振鈴しんれいが鳴ると銀髪三つ編み眼鏡メイドは足を扉の方へと向け歩きだし、少女は椅子から立ち上がり姿見を一瞥してニコリと笑みを浮かべるとゆっくりと扉の方へと向かう。


「さぁセルベリア、学術棟へ向かいますよ」

「はい、タジリンお嬢様――」


 そうして自室を後にした二人を確認した映像を切り替え、自室のソファーでゆったり過ごすアルセウスは一言だけ呟いた。


「楽しい映画の始まりですね、お可愛いこと――」

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2024年9月21日 08:00 毎週 土曜日 08:00

第7艦隊の引継ぎ艦長~超弩級母艦アルセウスを添えて~ @tobu_neko_kawaii

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