27 騒がしい日常


 現在村で行われている行事はいつものバザーと同じで、行商に来ているのはタノモンの妻クレイスだがなにやら連れが多くて賑わいがあった。


 タノモンとクレイスの娘と息子、双子と従業員の村の女の子たちに加えて、クレイスの下にいる使用人アルメスの妻になったタジンの姉のアナが帰ってきている。


 アナとアルメスはまだ新婚でタジンにとっての義理の兄にあたる彼との仲もまだまだそれほど仲良くはない。むしろアルメスとしては主であるクレイスに彼のことは丁重に接するようにと言い聞かされているが故の態度だった。


 そして行商が来て初めて耳に入ることもあり世界の情勢なんかもそれに含まれていた。


「騎士国と魔導国が戦争してどちらも騎士と魔導師を複数人失ったらしいわ」


 と誰かがう。


「騎士国は首都の眼前まで攻め込まれ~、だがしかし!そこへ現れた同盟国メルテアン聖法国から聖天使団が来たのさ!」


 と誰かがうたう。


「魔導国は負けてそのまま首都からは退いたそうだ、そのまま再び領地を追われることになるかと思われたが実際にはそうはならなかったんだ、何せ聖法国が騎士国を占領してしまいそのまま王位を奪ってしまった」


 と誰かは語った。


 話をまとめるとメルテアン聖法国が騎士国を助けて王位を奪い、魔導国との戦争は一度停戦の流れとなったと言うこと。


「どうやらメルテアン聖法国には騎士国の次女が太子に嫁いでいて、その子どもが騎士国の王位を継ぐ形で落ち着いたそうだよ」


 アルセウス曰く、このメルテアン聖法国ではかなり複雑な内戦が始まっていて、それによって騎士国は巻き込まれた。


 魔導国は皇帝がやまいに倒れて息子が政務を継ぎ、内政強化に努めることを公布すると国内はゆっくりと平穏へと向かっている。


 騎士王が退位した騎士国では姫騎士が旗頭となって反攻勢力を発起させたりと色々あるものの、それに関しては他国の行商程度には流れてくる情報ではなかった。


「タジン殿は毎度毎度妹たちの面倒を見ているのですね」


 アナの夫アルメスがそう言うのは、彼の目の前で床を匍匐ほふくするタジンが少し大きくなった妹たち三人に馬乗りされているからだ。


 クルアとメナとクオンが跨るそのタジン、実は中身は彼のマテリアルボディーに唯一入れるAIが入っている。その名はインテス、代わりを意味する彼女は艦長になりきることが仕事。ただ、子守りに関しての知識がなく現状を近しい状況と照らし合わせて彼女は思う。


 これは!拷問ごうもんだ~!


 彼女はこれからもしばらくは子どもの面倒を見る拷問を受けなくてはならないことに悲観していた。


「インテスは大丈夫でしょうか」


 そう言うのは艦長室でタジンを膝枕してくれているリン。


「ダイジョブダイジョブ」


 タジンの言葉にリンは苦笑いでインテスを心配する。インテスとリンはコロスケの製作までにサポートを受けた仲で、アシスタントAIを持っている者はまずインテスと会話することから始まる。


 アシスタントAIを持っているのはタジンとの関わりが深く関係していて、ただのクルーには与えられていないためそれを羨む者もいるほどだ。


 ヒヒラのアシスタントAIはタモンマルなぜその名前なのかは彼女以外が知らない。


 シャユランのアシスタントAIはフェンフェンでウルフェンから取って名付けた。


 ハクラのアシスタントAIはガルモンと名付けて、それはアニメーションを見てそのキャラの名前をとって付けたようだ。容姿は別に一緒でもないのに名前の響きが気に入りそう名付けた。


 他にもアシスタントAIを持っている者はいるがだいたいタジンとの仲と親密度で得られる、だがアルセウスが急に与えるため誰もそれが要因と気が付くことはない。


 実際タジンは誰とでも仲良くなるし、誰もが彼との初体験のデータを閲覧できるためクルーたちは彼との距離感を時々大きく錯覚してしまいがちになる。そんなこととは知らずタジンは距離が近いなと思いながらも相手は常に異性であるため嫌な気分にはならない。


「そういえば今日から艦長室で猫を飼うんだよね?」


「え?あ!う~ん……どうなんだろう、あれは上手く説明しないとだけど」


 猫というよりも猫娘である。ゼシリア・ミアムラだった彼女はただのゼシリアとして今日からタジンの部屋で猫として生活することになる。


 本来綺麗な黒髪だった彼女は耳や尻尾に合わせて白い毛に体毛が変化している。そして猫というカテゴリ―からアルセウスが導きだした暴論で彼女は裸で過ごすことが決まっていた。


 タジンもそれには論外であると異論を唱えたものの、超スーパーエリートAIの正確無比な論理に彼は屈してしまい、ゼシリアは今まさに裸で艦内を移動している。


 他の三人に関しては人の区分であり衣服を着用させているものの、ゼシリアはペットとして登録されていて宇宙統合機構基準法によって動物に衣服を着用させることを禁じているため彼女は衣服を着用することができない。もちろん下着も。


 ただタジンも黙ってはいない、全力で考えた結果人が着せる衣服がダメでも動物自身が何かしら羽織ることはあるのではと細い道を作り、結果彼女は和服の浴衣のようなものを羽織ることを許可された。だが今のところそれを作るための素材が艦内になく、やはり彼女はマッパで艦内を歩いている。


 彼女が裸で歩いて困るのは彼女とタジンだけ、そんな事実もあることから誰もそれを可哀想という者もいなかった。


「つまり彼女は裸のままタジン様の部屋で寝泊まりすると?」

「……はい」


 正座させられるタジン、残念ながらそれは必然の状況。


「どうしてなのかなアルセウス」

『それはまだ彼女の着れる服がないからですが』


「素材の問題ですか?そんなの何でもいいではないですか?それとも彼女の子どもが目的ですか?タジン様が手を出すように仕向けているとしか思えませんが?」

『疑問符ばかり付けて話すのは止めてください、思考が変なエラーを出します』


 AIが苦手とする疑問符攻めは人間のそれと同じである。不倫をした夫に疑問符で詰める妻の図。


「とにかく!子どもを作ってほしいなら直接タジン様に言えばよろしいではないですか!回りくどく不快でしかないですよ」


 ご立腹のリンに実はアルセウスもシステム領域内で正座をしていた。もちろんその事実を知る者はテセウスだけである。


『猫耳と尻尾が可愛いですし、子どももそのまま可愛らしい猫耳と尻尾が必ず付いてくるんですよ!加えてナノマシンによって性欲を抑制しているので彼女たちは気が付いていませんが!あの耳と尻尾!それぞれ敏感な部分と同じ作りになっているんです!』


「……敏感な、何ですか?それとこれとは関係ないのでは?」


『あの尻尾は男性が一番感じる部分と同等のもので尻尾をニギニギするだけでもう!耳は女性の一番敏感な部ぶ――』


「あーあ~あー聞ーこーえ~な~い~」


 ちなみにタジンはそこに本体を残して別のマテリアルボディーに逃走中。残されたリンとアルセウスはその議論をずっと話していたためしばらくは彼の隠遁の術に気が付くことはなかった。



 タジンが逃げた先はアルセウス艦内の個室、魔導国の魔導師だったスズの部屋にあるマテリアルボディーだ。


 彼女が設定したマテリアルボディーはウルフェンの姿をしている。つまりは数年後のタジンである。


「やぁスズ」

「わ!びっくりした」


 机に向かって魔法の研究をしている彼女は唐突に背後のベットからの声に顔を振り向かせた。


「ごめんごめん、急に声をかけたからだね」

「そうだよ、部屋に一人でいたはずなのに~驚くでしょそれは」


 スズは数少ないタジンの友人で、スズの選んだマテリアルボディーの姿がウルフェンなのも今のタジンの姿では友だちを作ることと同義だったからだ。


 つまりこのウルフェンは彼女にとって理想の恋人。


「た、タジン、せ、せめて服を着てください――」

「え?」


 タジンが視線を自身の体に向けると服を着ていないどころではない、全裸のうえでしかも何かべたついている。もちろんタジンは思考してある結論にたどり着いた、しかし彼がそれを変に意識しては友情という意味で破綻するのではと考える。だがしかし、友情と恋愛感情は同居できる事実に彼はすぐに思考を一遍させて彼女への態度を決めた。


「まったくスズは――」


 裸のままで彼女椅子から抱え上げると彼女もガウンだけ羽織っているのが分かる。


「そのつもりだったわけだね?」

「な、な、なななななんですか!悪いですか!そのつもりでいちゃ悪いですか?!」


 タジンの中で魔法を一緒に完成させるために励んだスズが彼女のすべてではないと理解できたことが彼にとっては嬉しい出来事だった。だからだろうかそんなつもりで逃げた場所ではなかったのに気が付かないままにおっきしてしまっていた。


 スズはおっきしたタジンのアレに気が付いて視線を交互に上下に向ける。


「あ、え、こ、これは、魔法の構築が完成に近づいている段階と一緒なのですよね?これがあれして魔力に満たされることで高威力の魔法が使えるというわけで――」


「魔法を完成させたいの?」


 自身の魔導師としての言い回しに返されたスズはその言葉の意味を理解して顔をさらに真っ赤にさせてしまう。


「かか、かかか、かかん、完成?!完成!させたいですが!」


 ガウンの前はひもで結ばれているだけ、それをほどくのはとても簡単で本人もなにも抵抗していない。


 優しく彼女を抱きしめるタジンにスズは目を閉じて背筋をピンと伸ばす。目の前のスズが無抵抗だと分かると逆にタジンが今度は照れてしまう。


「俺の体で何をしてたの?」

「!う~う~ウー!」


 羞恥が最大まで上がり切ったスズはもう言葉もままならない。


「もしかしてこういうのしてた?」


 右耳を舐め始めたタジンにスズは悶絶で手足にグッと力を込めて耐える。


 タジンはスズの覚悟に気が付くとその体をそのままベットへと移動させて寝かせる。全身に力を入れたスズのガウンの紐に手をかけたタジン。


「た、タジン――」


 スズがその瞳を恐る恐る開けた。するとタジンの体は完全に覆いかぶさる寸前で停止していた。


 紐が解けるまであと少しのところでウルフェンの姿のタジンは意識を刈り取られた人形のようにピタリと動きを止めていた。


「もう、タジン……やるなら最後までやっていきやがれです」


 その唇にキスしたスズはおっきしっぱなしのマテリアルボディーを抱きしめて聞こえないであろうその耳に囁いた。


「大好きです」


 そしてタジンがスズの専用マテリアルボディーから移動させられたのはアルセウスの部屋に置いてある男の娘の姿で白ゴスと呼ばれる姿のマテリアルボディーだった。


 溜息とともに目の前にいたはずのスズの面影を自身のマテリアルボディーに感じて股をまさぐるともちろん付いていた。ただそれはそこはかとなく自身のもの小さく設定されていて、自然にはおっきしないもののようだった。


「で、アルセウス、こんな急に呼び出したのは何の用でだ?」


 アルセウスは部屋の奥から自身のマテリアルボディーでクルー用の制服を着て現れると、敬礼けいれいをビシッと決めて決め顔をすると彼女は口頭で伝えた。


「艦長、現行作戦の一つである特秘事項Aが発見されました、緊急のためお呼びしたこと申し訳ございません」


「特秘事項Aだと――」


 意味深に言っているもののその実タジンには何か分かっているわけではない。頭にあるデータには特秘事項Aに関する項目が一つもなく、彼女が何を言っているのか理解できていない。


「特秘事項A、それを見つけた限りにおいて艦長自ら作戦任務に就いてもらいたくお呼びした事態です」


「つまりは騎士学院の生徒として潜入した時と同じようにこの格好で潜入しろと?」


 そう以前にもこういう言い回しでアルセウスは潜入を勝手に作戦として計画してタジンは巻き込まれた。ちなみにその時も彼は何も知らないまま話を聞いてハクラとともに学院へと行くことが決まった。


 そして、今回ももちろんその姿のまま出発することになるのだろうと彼はため息を吐きながら半分諦めとともに受け入れていた。


「で、今回は何をさせようとしてるんだ?」

「今回は聖教国家アブレラルにある女学園への入学です」


「なぜ?」


 どうして女学園へという顔をしている彼にアルセウスは言う。


「この学校の所作は我々の知る所作とは違いますがどこか洗練されたものを感じます、できれば習得を目的として入学していただきたいのです」


「俺である必要性――」


「かわいいので艦長で」

「か?」


「かわいいので――」

「むりだ――」


「宇宙統合機構基準法、艦長業務規程、艦長はAIが必要とした技術技巧を習得するべし――ですよ」


 その可愛らしい容姿に声で彼は高い音の舌打ちをするとアルセウスは満面の笑みで続けて言う。


「同行者はAIから選ばれた結果、セルベリアに決まりました」

「セルベリア、セルベリアっと」


 頭の中でデータを確認するとなるほどどうして、彼女が選ばれた意味が彼にもすぐに理解できた。


 実直・真面目・誠実・従順・丁寧・完璧主義・防衛姿勢。どれをとっても従者と呼ぶにふさわしいAIだった。


 タジンもそのデータを見ると少しだけ安心をする。ただまだ男の娘として潜入するということには納得していなかった。


「どうして今回は男の娘なのかな?前回の騎士学院の時のように女の子として潜入すればいいんじゃないのかな」

「いいえ、今回は男として女の園へと潜入する事こそが企画として――」


 企画?今こいつ企画としてと言ったのか?


 そう思う彼には今アルセウスがどうして先を話さないかを察していた。何せ、AIがグルになっていることはさすがのタジンにも艦長権限で調べることができるからだ。


 彼の懐刀、AIの裏のAI艦長専属の部隊【五霊ごれい】による情報収集部隊。


 青龍せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ玄武げんぶ麒麟きりん、五体の彼女らによってアルセウスたちのことは全て把握し終えている。


 そう、今回のこの潜入に関しても彼女ら五霊によるとシリウスが筆頭に考えた企画、女子ばかりの学び舎に男は俺一人!?先輩たちや後輩にバレないように学び舎で生活できるのか!である。


 それを知っているからだろう、タジンはもうどうにでもなれという投げやりな思考でスズとのことを思い返してはおっきしないその体にベットで涙を流した。

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