26 テッド&デット


 パンドラ、宇宙統合機構の別称だ。あの組織は我々にとっては未知だが、どれだけ危ない奴らかというとだ、危険分子がいるという惑星を一瞬の迷いなく吹き飛ばすような連中と聞けば誰でも危険視する。


 11艦隊が別個の艦隊として独立できるが、最近はスライムとかいう宇宙を漂う化け物との戦争で色々大変らしい。


 化け物には化け物同士で戦ってもらいたいものだが、俺たちユーザーにもパンドラとの繋がりはある。名称はビールインスコッチと呼ばれているが、時にはジンやバーボンなど酒の名前で呼ばれているからだろう度々名称が変わるのは担当が変わるからだ。


 時折マテリアルボディーと呼ばれる完全人間再現の人形をユーザーへ流してくれる。とびっきりになるとナノマシンと呼ばれる物の非正規品で登録せずに超人になれる秘薬的な兵器を流してくる。これに付けられる額は惑星が20でも足りないほどの高さになる。


 世の中には金を持つ奴は持ってるが、本来一部の特権階級しか持たないナノマシンをバンバン使えるならこんなにも値は張らないだろう。噂じゃ11ある艦隊の一つの艦長になれればいくらでも使うことができるらしいが、AIたちの監視が異常でかなりの大変さなんだそうだ。不老ふろうゆえのそれはなってみないと分からない。


 しかし、今回の依頼はみょうに計画的だった。パンドラ内の女一人だが、どうやらかなりの有名人らしい、この女のマテリアルボディーを配達する手はずがいつの間にか生身を運ぶことになっていて、いつの間にかその体をテスタロッサがいじっていた。商品の確保の場所は知らないがどうやらデータによるとパンドラの星系外らしい、誘導して確保してテスタロッサへ渡して受け渡しの指定場所にミラージュ化されている人工コロニー基地惑星を選ぶ。そんなことができるのはパンドラの中でもかなりのトップだろう。


 どこのトップも趣味はエロに全振りなんだろうな。猫の部分を女の体に植え付け、しかも妊娠すれば子どもも女しか生まれないようになっているらしい。こっちはどうやらパンドラの女でナノマシンを投与している奴はそういう設定になるらしいが、それに関しては資料によると艦長が男だからだそうだ。


「ぐばぁ、ぐごっ、あ、あ、テッド、逃走中の宇宙船を発見した」


 翻訳ほんやく機械がまだこいつらバンダー族には適応しきれていないらしい。どうも雑音が最初に入りやがる。


「そうか、対象は捕まえてくれよ、大事な商品だ」

「ぐべ、に、人間の商品は人間か、まるで理解できないがとてもいい物がもらえるからな」


「ああ、あれを手に入れてくれれば、迷彩式の艦を二隻渡してくれるそうだ、もちろん走らすための餌はいらない」

「ふぉぐ、ね、燃料がいらない船なんて夢があるな、まったく凄い技術だな」


 たく、どれだけ古い艦を乗り回してんだ。バイオ燃料なんて骨董品持ち出しやがって、遅いしエンジンの音もうるせえ。


「ぎぼ、このエンジンの音と振動が消えるだけでずっと強くなるだろうな、きっと敵も気づけない」


 んなこたねぇよ、相手は熱感知から生命感知やら微電流感知に波形センサーも思考干渉センサーもあるだろうからな、絶対に気づかれてしまう相手にかくれんぼとは愚かな考えだぜ。


 それより、どうしてバンダー族ってのはこうも艦内が臭いんだ?はっきり言って爬虫類館より臭いぞ。


「あ、ドギボ――」


 そう言ってバンダー族の一人が一匹のゴキブリを舌で捕まえ、その流れで床をベロベロと舐めまわした。


 それだぁあ!


 臭いはずだ、この艦内がこいつらにとっては餌場でゴキブリを放し飼いにして見つけては食べてやがるんだ。ゴキブリだけじゃねぇ、ハエやコバエやクモなんかもあいつらにとっては食事と一緒か。


「人間用の食事なんておいてるのか?こっちとらそんなもん持ち込んでないぞ」


 独り言も言いたくはなる。


 本来この艦に乗ること自体想定外だった、相手の速度を考えると自前の宇宙船より戦艦の方が速かろうと思ったのがそもそもの間違いだ。


 このままだと追いつくのにあと一日はいる。たく、腹が減ったらもしかして虫を食わされるのか?どこの辺境基地だっての。


[アバラタガゲアレアガエガラがあああああハ]


 は?翻訳できないってことはデータにない言葉か暗号文かだ。


「ぼうめく!っりく、テッド!近距離無反応弾だ!」


 近距離無反応弾、通称鉄杭てつくいと呼ばれるそれはパンドラの兵器の一つで、迷彩効果のある小型戦闘艦に積まれてある兵器だ。


 近距離から放たれるそれは物質であることから三次元ドップラーレーダーには反応するからデブリとしか思えない、しかし、その中にはちゃんと方向や速度を変化させる各種レーダーに反応しないようになっているステルスの弾頭だ。


 撃ちだされているということは撃ちだした本体も近くにいるということだ。本体も弾も完全に認識されることのないこの戦い方は間違いなくパンドラの――


「がぼ、当たるぞ!」


 ズンと衝撃が左側からくると、艦の警報が鳴りだして緊急用の酸素注入器が現れた。だが俺はこれを付けられない、なぜなら顔に付けても隙間ができるバンダー族専用だからだ。


「っくそ!何やってる!さっさと逃げるぞ!」

「ふぇく、逃げる?我々は戦う!戦士は逃げない!」


 なんて不合理な奴らだ、戦艦をもって宇宙に出ているくせにまるで中世のように思考が悪い。まるで理解できない相手の実力も測れないのにどうしてここまで発展できたんだこいつらは。


 宇宙に出るような文明は常に理に適った合理的発想ができる奴らだ。なのにこのバンダー族からはそれが感じられない、むしろ自力で発展してきたわけではないかもしれない。それこそ未開拓惑星に技術だけを売ってるような、身の丈に合わないこの旧文明思考。


「っち!ジン!あの野郎!とんだ護衛を選びやがったな!」


 こいつらバンダー族はジンのやつにパンドラの旧型文明の徴収艦を与えてやがったに違いない。最新式の艦艇ならAIぐらいありそうなものなのに、それもなければデータを管理している文字がパンドラの使う文字と翻訳前が同じってのも気になっていた。


 だが今はそんなことよりもだ、この攻撃がパンドラ相当ということはこんな辺境の場所に艦隊がいるということだ。しかもあれだけ先制を避ける組織の連中が初っぱな警告抜きで攻撃してきた。


「馬鹿が!逃げる一択だろうが!」


 俺は迷わず指揮官であろうバンダー族の頭を銃で撃った。短距離レーザー兵器だ、頭が破裂してあっという間にその場の空気に緊張が走るのを感じた。


 こいつらも恐れるだろう、そのために頭が爆発するような銃を仕入れて持ってるんだからな。


「いいか!お前らのかなう相手じゃねぇ!さっさと状況から離脱を開始しろ!でなけりゃ全員ここで死ぬか!俺に撃たれて死ぬかだ!」


 頼む、例え馬鹿だとしてもこの決断をミスらないでくれ!俺は一人でこの艦を動かす知識がねぇ。ここで操舵そうだ師を失えば逃げることができても宇宙で迷子になっちまう。


「お前!そこの操舵師!お前が今から艦長だ!お前が命令しろ!」

「……ふぁ、では撤退を指揮いたしまする」


 よし!これで何とかなる。


[アバラタガゲアレアガエガラがあああああハ]


 はぁ?


 さっきと同じ警報、つまり鉄杭の二発目が撃たれたってことだ。それは撤退行動をとるこの艦にとって【逃がしはしないぞ】という警告でもある。そしてさらに最悪なことに、それが動力部に突き刺さるとその意味が大きく異なってくる。


「あいつら――生かして帰さないってことかよ!」


 パンドラは基本的に情報の価値を重く考えている。だから俺のような奴でも殺さず情報を抜いて記憶を操作してってのがセオリーだが、それすらしないとなるとこれはパンドラの艦隊ではないのか?パンドラと同程度の文明力でまったく別の組織だとしたらこいつらはガチでやばい。


 二発目の衝撃も抜けぬまま立て続けに警報が鳴ると次々に艦体に鉄杭が撃ち込まれる。実際には鉄ではないためこの金属が何なのかは分からないが、おそらくは合金だろうが途轍とてつもなく高価なものをポンポンと撃ちやがる。


 手加減なしの連続射撃、完全に艦搭乗員の半分は死んだだろうな。警報が止んだが、どうせ何の意味もない、何せ近距離のステルス弾頭での攻撃の目的は艦の足止めで、その目的を終えた次なんてのは破壊目的の中距離からの確殺だろうからな。


 俺は冷静に禁止されているタバコをくわえて火を点ける。トカゲどもが俺を見ているが俺にどうしようもない、どうせ命乞いすらもさせてもらえないさ。


「たく、死ぬときはタバコと酒をキメながら女とした後のベットの上だと決めていたんだがな――」


 それが贅沢なことだと理解したのは自分で自分の頭を撃つまでだった。


 即死、とはいかないらしい、痛みもあれば少しだけ考えることもできる。いや、これは考えてるんじゃなくて――



『敵艦撃墜しました、アグラスと一人の人類種の生命反応ロスト、完全に消し去ったことを記録します』


 相手のことなどどうでもいい、この後のことを考えると鬱でしかない。


『艦長?』


「あぁ、逃走中の宇宙船の前に旗艦のホロを投影してくれるか」

『了解しました艦長』


 これは所謂いわゆる宇宙統合機構基準法に基づいた関係者を含む時の通例挨拶である。


 400メートル級の宇宙船の前に現れる13キロメートル級艦影。それはあまりに大きいがホロであることも一目瞭然だった。


『こちらは宇宙統合機構ミスレール黄星雲カースーン星域防衛艦隊第7艦隊アルセウス、艦長タジンの命により貴船の保護を提案します』


 数分の沈黙後相手側から有線での接触通話が開始された。


ほまれある第7艦隊に告げる、こちらは非統合機構民も乗船しています、その方たちもそちらに収容していただけるのであれば保護を受け入れます」


『はい、もちろん存じております、こちらとしても是非保護をしたいと考えております』

「では、そちらへの誘導をお願いできますか?」


『誘導を開始します』


 短いやり取りで逃走船はそのまま旗艦のある方向へと向かうことになり、数時間でアルセウス本体を視認できる距離まで接近してくる。


 アルセウスは迷彩で消せるほどの大きさではないため、岩塊かデブリにホロで偽装することが多い。だが今回はその必要性がないからとアルセウスは旗艦をその姿のまま停艦させている。


 楕円だえん型の艦体は明らかに効率を重視した設計で機能美以外に感じさせない。加えるなら外壁の装甲もその都度つど溶け込むように配色だけが変化できるようになっている。


 側面側への誘導から外壁の開口、内部へとワイヤーによって物理的に牽引するのは規格が特殊な宇宙船だからだ。宇宙船の窓からはっきりと見えるのは巨大な内部の構造と戦艦1隻。


 ドックと呼ばれるそこは戦艦と小型艦のみが収容される場所で、中型艦は下部に収納されるためそことは別の区画になっている。もちろん戦艦は3隻ありそれぞれにドックがあるのは当然こと。


「アルセウス、彼女らを医務室へそこで治療し検査したのちに話をしようじゃないか……残酷な事実と最悪な現実を」

『はい艦長』


 それはあまりにも残酷な事実、彼女たちの権利は全て宇宙統合機構基準法に基づいて否定されてしまっている。


「初めまして、私はゼシリア、宇宙統合機構のメディアアイドルとして3世紀ほど活動してます」


「ええ、存じてします、この艦の艦長であるタジンと申します、こっちは旗艦アルセウスのコアAIアルセウスです」


『初めまして、ホロでの挨拶失礼します』


 アルセウスがマテリアルボディーではなくホロで出迎えるのは正式なものだ。軍紀ぐんきと言っても過言ではない。


「この度は治療をしていただきありがとうございました、それで彼女たちは助かるのでしょうか」


 彼女の姿は猫娘と言える状態だが、耳の毛は白で尻尾の毛も白で可愛らしいことになっている。


『助かりませんね』

「え?」


 その反応は妥当だ。むしろAIであるアルセウスたちにとっては業務連絡のように伝えるのが普通なんだ。


『結論から言うとあなた以外の3名はこのままでは死亡すること間違いなしです』

「ど、どういうことですか?」


 どうやら彼女の中のナノマシンは軍事用ではない様子で、不老だが知識的なものは一般並なのだろう。ちなみにリンたちに付与されているものは不老ではあるが知識は自前のもので戦闘のみプロのそれと知識を有している。もちろん他のクルーも全く同じものを投与している。


『動物の細胞の影響で汚染状況が酷いです、彼女らは非宇宙統合機構民なので保護の名目でナノマシンを使用できないから延命もできません』


「……どうにかならないのでしょうか、彼らはまだほんの数十年しか――」


『ではモルモットに志願していただくのはどうでしょうか、こちらとしては大変興味深い素体ですので研究のために延命することは妥当と判断します』


「モルモットって――人をネズミみたいに!」


 その怒りは当然のことだけど、それをアルセウスに向けても仕方がない彼女は完全なAIで完璧にAIなのだから。


『言い方の問題では?なら協力者にしますか?どちらでも行うことは同じであるため当方としてはどちらでもですよ、それとも彼らの命は実験体となり生き残れることを望むに値しないと?』


「そ、そんなことは……ですが」


『あなたも理解してください、このまま見殺しにするのはあなたです、当方は既に延命の手段と意見は伝えています、あなたが決められないというなら本人確認にいたしますが理解できるのかどうかは分かりかねます』


「わ、私が決めます――」


 この判断はどちらも正解でどちらも不正解なのだが、どちらを選んでも後悔してどちらを選んでも恨まれる可能性がある。


「俺の意見を聞いてもらえないかな」

『艦長?』


「……」


 ゼシリアは俺に視線を向けるとその瞳に希望を覗かせる。


「彼らは死なせてあげるべきだと思う」

「……あ、え?」


「彼らは治療できても宇宙統合機構基準法によって記憶を消されて、こちらの望むままこの船のクルーになる。しかも体は人に戻すことなく犬の子は犬のままだし、虎の子は虎のままで、ウサギの子もウサギのままだ」


 これは全て艦長が背負うべき決断であり、決してゼシリア一人に責任を押し付けるための場ではない。ただただ事実を話しておかなければ遺恨いこんが残る。


「彼らの尊厳は艦長である俺に委ねられる状況であり、彼女らは宇宙統合機構基準法に基づいて緊急事態につき艦長権限の行使によって助けられるんです」


「……はい、理解しています、本来なら彼らは殺処分に適合する事例ですから」


 さすが医療関係の知識を少しだけでも持っている人だ。


「生きてさえいればまた話ができるんですよね?生きてさえいれば幸せになれますよね?」


 これには正直に答えないといけない。


「それは分かりません」


 将来幸せになれるかどうかは俺にだってアルセウスにだって分かるわけがない。


 うつむく彼女に俺は声をかけなくてはならない。


「彼らが望む限りそうなる可能性があり、俺もそうなるよう努力するつもりです」


「艦長」


『艦長か――』


 あとで知ったことだけれどアルセウスの言葉を遮ったのはテセウスだったということだ。


「それよりも大事な話があります、あなたのゼシリアさんの処遇です」

「私の処遇ですか?」


 3人に関してはこれでいいとしても、彼女はまだ理解できていないだろう、自分がどういう状況にいるのかということを。


『ゼシリア・ミアムラ、あなたの存在はとても危険であり、最も気にするべきなのはあなたのことです』


「ゼシリア、君はその状態から回復することはなく、それを無理に人間にしようとすると融解ゆうかいの恐れがある」


「融解」


『融解とは組織が状態を保てなくなり動物部分が融けてしまうことを意味します』


 そう、彼女は回復の見込みがない。


「そして、あなたはゼシリアであるがゆえに宇宙統合機構の管轄かんかつ星系へ入った途端、転送によって体を保護されることになる」


『そうなるとあなたの動物部分のみがその場に残され、移動したあなたは回復することがないまま絶命します』


 想定ではなく事実だけを伝えている。残酷な事実を。


「だから、あなたの死亡を届け出て、あなたの生体コードを偽造します」


「つまり、ゼシリア・ミアムラはもう――」


 死んでいるも同然だ。これはどうやっても覆らない、定着された動物の部位は治療できないから。


「ゼシリア・ミアムラは死亡とし、この艦のクルーとして未開拓惑星で徴用されたクルーになってもらいます」


「……生きていれば、生きてさえいればまたアイドルになれますか?」

「それは――」


 分からない。


 彼女は俺の言葉にコクリと頷くと、ゼシリア・ミアムラとしての死を受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る