24 撃っていいのは――


 宇宙統合機構基準法に基づくならこの星系は脅威度は低で、非人類はトカゲもどきのみが存在し、他は宇宙暦の短い人類種が少数存在するだけのようだ。かつて皆が想像した血が酸で醜い容姿のエイリアンと呼ばれる存在はいない、なぜなら生物として酸の血液を持つ生き物は存在しないからだ。


 どんな進化をしようとも敵外的生物、言葉も話せない知性の乏しい生命などあのスライムくらいであり、ただ一つの欲求のみのために生命を活動させている存在がいる程度だ。


 そもそも他の生命体に寄生して卵を孵化させるなんて非効率的で食物連鎖の最底辺昆虫のような弱者の在り方、そうアルセウスは科学的な思考で生命体学的観点から答えた。どうしてそんなことを話したのかはデータから映画を見つけてハマったクルーたちが幻想と現実とを混ぜて解釈し始めたからだ。


「はぁいつのまにかトカゲもどき、アグラスが映画のように人型を孕ませ腹を食い破るってことになってしまったね、まったく彼らも想定外だったろうね」


 そもそもアグラスは親の中で卵から孵化する立派な卵胎生動物だ。それを説明して回るのはもうアルセウスたちに任せた。


 ロクトアル・レクエウストン、俺はアルと呼んでいるけどアルテミアが連れ帰った教育クルーたちの一人。何でも彼女は男として生きてきたことから男視点での教育が可能だとアルテミアに推薦されて何かとよく頼っている。


 アルたちトリニティロスト組は正直俺には全く関係がない、だけど艦長というものはそうは言ってもいられないわけで。


 アルは幼馴染で今は恋人になるリシアーヌとの関係を認めているけど、彼女らはどうやら俺の何かしらのデータを体験してこの艦に乗ることを了承したらしい。内容は知らないが俺に関連していることは間違いない。


 二人、というかトリニティロスト組の俺を見る目は何故かは分からないが神か何かと思われているような錯覚を感じる。俺のデータって一体どんなデータなのだろうか、気にしたら負けかな?


「タジン様は凄いのです!スズは家族も命も国も名誉も守ってもらったのです!ドヤ!」


「そうです!タジン様は凄いのです!リンは家族も命も村も夢も希望も守って与えてもらいましたのです!ド、ドヤ!」


 スズ語に翻弄されているリンは可愛らしいが、彼らがやっているのは新たにクルーに加わった魔導師や聖騎士たちへ俺がいかに凄いのかを演説しているようだ。


 彼女らどちらのグループも俺との会話ややり取りを思い出して全てを理解してここにいる。記憶はデータとして消えていただけで俺やハクラやアルセウスやテセウスの姿を見知っている者たちもいれば知らない者たちもいる。


 だから今はリンとスズによる人物紹介と言ったところだろうか、なぜか紹介動画にはタジリンもいます。


 マルトリアスとクルミはタジリンとの生活を覚えているしハクラへの気持ちも残っている。けれど、それよりも自分の国の状況や今回の経緯を知って少し動揺しているようだった。


 そもそも魔導帝国の皇帝は政略思考が乏しく、国内の軍属貴族たちを腐敗させて放置し、そのうえ食料も備蓄を隠して自分たちだけが腹を満たしていた。


 トミストリア帝国に至っては長年の勝利に胡坐あぐらをかいて修練をサボった上級聖騎士たちが鎧を着れないだの剣が重くて振れないだのと役に立たず、今回の戦争にも馬に乗れずに参加しなかった。


 魔導帝国のは今回取り戻した肥沃ひよくな大地を民の食糧難回避のために使うことで内政の再生を試みるだろう。


 トミストリア帝国は戦場にも立てなかった上級聖騎士たちを粛清し、失った聖騎士や騎士たちの代わりをどうするかで会議が永遠に続いている。


 クルーになった聖騎士や騎士たちの家族はこの艦に乗っていないが、魔導師のクルーの家族はこの艦にいたりいなかったりで、わざわざここへ呼ぶこともしないと選択する者もいればぜひにと呼び寄せる者もいる。


 これは待遇の差ではなく、聖騎士たちは自身は騎士として死を迎えたことを誇りに思っている様子で、魔導師の魔法の威力を思い返しては少しだけ身震いし、それが家族へ向くことがない事実に感謝していた。


「それではクルーに専用のマテリアルボディーを与えます、思い思いの装いをさせ大事にしてくださいね」


 そう言いながら彼女らは目の前に表示されている透明の板に恐る恐る触れながら必要事項を記入していく。その項目をチラ見した俺は少しだけ以前とは違う項目を見つけてアルセウスに聞く。


「アルセウス、この男の娘という項目はなんだい」


「もちろん男の娘は衣装を指しています、最近は艦長とシリウスのいたし動画で――あっ」


 このAIとうとう漏らしやがった。


「そこのところ詳しく聞かせてもらおうか?アルセウスさん」

「あ、え、い、う、あれですかね、エラーです」


「今までエラーなんて一度もないだろうが」


 体を引き寄せると彼女がマテリアルボディーであるとようやく気が付く。


「ホロじゃないんだな、たく、艦内で作業中はホロでいるのが都合がいいだろうに、どうしてマテリアルボディーなんだ?」

「これは、とある実験を兼ねていて」


 その実験とやら、どうせその新型のクルーたちのスーツの話だろうけど、少しタイトすぎてボディーラインがはっきりと見れてしまう。エロけしからん!


 俺の反応を窺うためにわざわざ自分の姿で着て見せたんだろう、でもホロでもそれはできるからきっとこうして触ってほしかったのだろう。ならお望み通り。


「ほほ~胸のこの柔らかさがダイレクトに伝わって、丈夫なのにしなやかだな~」

「……」


 耳も顔も真っ赤にしたアルセウスさんはそのまま逃げるように離れて行ってしまった。


「たしか人間と違い感情抑制を切ってるからポーカーフェイスができないんだっけ」


 カワイイ姿を見れて満足している俺は、クルーたちの盛り上がりに再度視線を向ける。彼女らが今しているマテリアルボディーの設定は俺が使うものになる。


 理想の恋人作りであるそれが、この艦にオス型個体が艦長だけである理由だ。好みの年齢で止められて、申請をすれば仕事をこなした量や質によって俺をそのマテリアルボディーに呼び寄せることができる。


 申請した日数俺と2人きりになれるが、制限もあり最長は丸一日でできる行為も申請したことのみになる。人気設定はウルフェンと同じ年齢の俺だそうだ。


「この前シリウスと丸一日過ごしたはずの記憶がないんだけど、アルセウスさんは忘れた方が良いと判断しテセウスもそれに同意したらしい、いったいあの日俺は何をされたんだろう」


 多少の興味もあるけどシリウスには面と向かって会ったことがないから分かりようもない、でもあれほど慌てるアルセウスもテセウスも見たことがない。


 おっと、スズが設定をし終えたらしい、どれどれ。


 覗いたデータはまんまウルフェンで、魔導師たちにはそれが人気が高い様子だ。


 で、騎士たちは?アルやリシアーヌたちはどうなんだ?


 覗いたデータは圧倒的男の娘人気――騎士たちは無理もないか、タジリンと色々致した者も少なくないし、ただマルトリアスはどうやらハクラをイメージしている外見で胸の大きな男の娘を選んだようだ。


 実際に致す寸前だったわけだから彼女がそれを望んでも仕方がないけど俺としては少し複雑な気分だ。にしても本当に人気だな男の娘。


 ちなみにトリニティロスト組がそれを選んだ理由に関してはその時は全く分からなかったが、後々アルとリシアーヌたちが中毒と言っていいほど依存している体験型のデータが原因だと俺は知る。そしてそれが俺の忘れたシリウスとの記憶でメスイキ云々の話がそこに詰まっているわけだが、自分で語る気には一生ならないだろう。



[警報、警報、中継器に宇宙船感知、逃走中と想定、追跡している艦隊はアグラスのデータと一致、戦闘準備、戦闘準備]


 艦内に響く音声はアルセウスと同じ声だがテセウスやシリウスたちと同じアルセウス型のAIだ。


「艦長!アグラスとはバンダー族のことですか!」


 アルがそう言う通り相手はバンダー族と彼らが呼称して、アルセウスがアグラスと命名した非人類種。現状の宇宙高度文明で敵対的生命体は彼らだけで、彼らにとっては未知でまだこちらをどれほど危険かも理解していないだろう。


 にしても彼らが追っている宇宙船の方が気になる、何せ宇宙船というものは非武装の移動用という意味で海で言うなら小舟であり、ある意味脱出艇かもしれない。


 ああして執拗しつように追いかけているところを見ると、どうもどこぞのお偉いさんという気がしてならない。


「艦長!俺――私も戦いに出られますか!」

「やる気十分って感じだね、でも残念ながらそうならないのがこの第7艦隊なんだよね」


 そう、この艦隊は一応宇宙統合機構に属していて基準法を順守することを掲げている。アグラスは明らかな低文明であり発見即攻撃はできない。


「相手が低文明だから先制攻撃できない、そう習いましたが相手が攻撃してきたのならどうですか?」


「相手が攻撃してきた場合?それはもちろん――」


 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、俺は決め顔でそう言った。


 ちなみにこのセリフ、艦長に選ばれた者には漏れなく細胞に刻まれていてる艦長語録の一つである。次は金言でも言ってみるかな?


 この艦隊の戦力は旗艦アルセウス内に内包されている戦闘艦三隻と中型射撃艦八隻と小型戦闘艦二十隻でありそれぞれに役割がある。


 戦闘艦、戦艦は高出力レーザーを主力とした超遠距離戦に特化していて、移動を目的とはしていないため常に旗艦の傍から離れることはない。


 中型射撃艦、中型艦は個別展開して敵艦へと接近しつつ光速弾による射撃を主力にしているため、その攻撃距離は中距離になりその他各ミサイルも搭載している。中でもBのようなナノマシン集合体を打ち出すスワームは敵艦の外壁を分解して艦形維持を崩してしまう。この兵器は外宇宙敵対生物統一生命体呼称スライム群にも有効である。


 小型戦闘艦、小型艦は近接戦闘を想定した高速移動型の艦で、主力兵器が捕縛用粘着物質である通称ネットを使い相手の行動制限を目的としている。移動の高速化に伴い攻撃兵器は積んでいるもののデブリを打ち落とせても敵対艦にダメージを入れられるほどの威力はない。だからだろう、この艦に求められることは蚊のように敵艦の周囲を移動し続けて嫌がらせ行為を繰り返すことだ。


 その他にも大型探査艦もあるが、これは探査目的以外に使われることはなく、戦闘力としては皆無であり戦場に出ることはない。


「少しよろしいですか艦長」

「どうしたリシアーヌ」


 オズオズと手を上げる彼女はアルの恋人であり友人である。恐る恐るという様子で俺に質問する姿はまだ恐れが残っているようで。


「この艦に人型戦闘兵器はないのでしょうか?」

「人型の戦闘兵器というとマテリアルボディーのようなものかい?」


「いいえ、大型なものです、全長数メートルのものとか」


 つまり人型ロボット兵器と言いたいのだろう。


「宇宙戦において接近して戦うことはまずない、遠距離からの攻撃を主にしている。たしかに攻撃を避けて接近できるなら近接の兵器も使用することができるだろう、ただし人型である理由はなんだろうか、それはロマンだろうか?それとも見た目だろうか?人型であるメリットよりも人型であるデメリットの方が大きいのは理解できるはずだ。制作コスト理想的推進装置、この点を考えると人型ロボット兵器はナンセンスだ」


「……カッコよさだけではダメだというわけですね」


 そもそもその外見もレーダーや外部監視熱源カメラ等には映らない。


『かつて宇宙統合機構ミスレール黄星雲カースーン星域防衛艦隊第1艦隊に人型ロボット兵器が存在していました、ですが出撃数分後に左腕消失によって攻撃手段の一つを失い、さらに数分後右足と頭部が破壊され行動不能で回収されました。細長い楕円型の艦なら最小限シールドによって敵レーザー兵器を逸らすことも消すこともできるのですが、人型の形である以上守り難く破損し易いためにそれらは笑われて艦隊では採用されなくなりました』


 アルセウスの辛辣かつ残酷な事実にリシアーヌをはじめロスト組はガッカリしていた様子だった。


 たしかに人型の兵器はカッコイイが、どうして大型にしなくてはならないのか、硬く素早く強いなら小型のものでもいいのではないだろうか、例えば呼吸を必要としないアンドロイド型のボディーがあれば、でもそれだと推進剤の問題があるしそれに兵器の威力も制限されてしまう。


「ま、人型は夢があるってだけだね」


 そう言って人型兵器の話をし終えた俺たちは対アグラスに備えて中型艦二隻と小型艦七隻を出撃させた。


 それらの艦隊に操縦者は搭乗していないが、AIやクルーたちの意識は誤差無くそこにある。つまり艦が撃墜されても誰も死ぬことはない、けれどもこの形式は対スライムに行われるためのものであれが現れなければ今も各艦にクルーたちを搭載させていただろう。


 体当たりで無機物も有機物吸収するスライムに人材の詰まった艦を丸呑みされた苦い記憶は艦長意識には今も刷り込まれている。


『艦長』


「どうしたのアルセウス」

『いえ、アグラスが追っている宇宙船のスキャンが完了しました』


「そうか、で、どうだったんだい」

『それが――』


 アルセウスが戸惑うのも無理はなかった、搭乗者は宇宙統合機構に所属するメディアクルーであり、その一人があのメディアアイドルのトップでゼシリア・ミアムラだと言う。


「ゼシリアがどうしてこの星系に?実時間70年の距離だぞ」

『おそらく我々のように何かしらのトラブルでこの星系へ辿り着いたと思われます』


「……確率はないこともないのか――」


 俺たちの例を挙げれば特に起きてもおかしくはない。


『トラブルの理由は想定できています』


「どうして理由が想定できるんだ?そんなのは何万通りと――」

『生体データに猫型動物の細胞移植があります、彼女らは人類種犯罪組織に捕まりペットとして売買されたのだと思われます』


「ペットね、ドレイの間違いだろ」


 人類種の中にはこの広大な宇宙で管理できない地域の犯罪者が時々、宝くじの一等を当てるくらいの確率で民間船と遭遇してそれを捕らえてユーザーと呼ばれるバイヤーたちへ人を売る。


「マテリアルボディーでもゼシリアほどになると高値で売買されただろうな」

『それが、あのゼシリアの生体データは本人と一致してます、体内のナノマシンの年周期も300年を超えているためオリジナルと思われます』


 オリジナル?あの宇宙統合機構のメディアアイドルであり絶対的人気を有していた彼女の本体?マテリアルボディーでさえ会えればファンなら喜ぶ、そんな人が囚われて猫の細胞移植って猫耳と尻尾だろ?


「身体汚染は大丈夫なのか?拒否反応で体が腐っていると治療も難しいし、定着していたらそれこそ一生そのままだろ?」

『彼女は大丈夫なようです、が、他の個体はどうやらそうもいかない様子で搭乗している内三名に汚染が検知できました』


 ナノマシンの有無だろう。


「全員を転送することは可能かな」

『無理です、転送と同時に動物体の部分のみ転送できない可能性もあります、体内に汚染が検知されているためおそらくはDNAレベルの融合をされている個体もいると思われます』


 人に人と動物の特徴を持たせてそれを繁殖させるつもりだったんだろう。


「胸糞の悪い話だ――」


 俺は座っていた椅子からフワフワと浮遊すると腹から声を絞り出した。


「各艦に継ぐ!相手は我が艦隊の攻撃対象と断定した!攻撃許可を出す!これは艦長権限であり絶対厳守の命令だ!」

『艦長――』


「敵艦が一遍も残らないように!全力で破壊し尽くせ!」


 敵は外道の者たちだ、一人も生かして返す理由がない。

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