23 魔導師学園の爆裂乙女


「我唱えるは至高にして最強、炎天えんてん業火ごうか最上さいじょうにして天上てんじょう、全てを灰塵かいじんと成し全てを消し去る!」


 杖に刻まれた陣に魔の法力によって生み出される最大詠唱魔法は魔導の極致きょくち


 魔導師学園でも卒業までにそれを唱えて成功させたのは指折り数える程度。


 それを成功させてこそ私は折られた指に含まれることができる。だから成功させて見せる、この一回で。


「うぅぅぅ!」


 プスっと杖が音を鳴らすとその陣も一瞬で消え去ってしまう。


「もう!また失敗!」


 いつも通り、私はこの魔法を成功させたことがない。いや、私だけじゃなくてこの魔法は古代魔法でありこの魔導師学園設立以前から使える者がいなくなった魔法。


 陣も詠唱も間違いがないはずなのに、まるで何かが足りないようなそれが魔の法力が足りないのだとは考えているけど、私の魔の法力は歴代で最も多いのだから困っている。


「誰かぁああ!どうすればいいのか教えてよぉおお!」


 八方塞がりで心身疲労しきっているとこうして大声も出てしまうというもの。誰でもいいから私の心の隙間を埋めてください、そんなことも言いたくなる。


 疲れた体を冷たい土の上に転がすとかわききった土が硬く背中に刺さるようで寝心地は最悪だ。この地の気候的にそうなるわけだけど、雨も少なく本来雪が降るほどの寒さでもある。


「っはくしゅぅ!さむぃ」


 手を覆う革袋は寒冷地用ではないため効果は薄い、加えて学園支給のローブは毛皮の癖に風を防ぐことはなく、ただただ風でなびく様子がカッコいいだけの装備。


 制服も冬夏ふゆなつ兼用で夏でもある程度ていど寒いのに冬はもっと寒い、だからこの地域の人ならば重ね着はマストで三枚はしているってわけ。


 せめてもの靴は完全な特殊な動物の毛皮でモコモコな内側と高価な革を使用した表面は水も風も完全にふせいでくれる、だから気を付けろ……夏にこれを履くと湿気で足の指の間がかゆくなるぞ、そう脅されるくらいには冬では温かい。


「ふ~今年も冬は寒い」


 本当に寒い。


 ザッザッと微かに聞こえてくる乾いた土を力強く踏みつける音、それは軍事行進の訓練の音でこの時間にそれをしているのは新入生だろうか。


「入学早々軍事行進の訓練なんて、とんだ災難ですね、まっ仕方がないですけど……この国はもうすぐ戦争を仕掛けるわけですからね」


 寒冷地にありがちな食糧難、長年のトミストリア帝国の侵攻で肥沃ひよくな大地を失い続けた結果私たち魔導帝国はもう食料であるものをまともに自給できなくなってきている。麦をたっぷりと使用したパンを食べたのはもうかなり昔の話、あぁジャガジャガ以外の昼食も最近は食べていない。


「なんて考えてたらお腹がグーと音を立てるわけで」


 私のところはまだジャガジャガを食べれるだけマシだ、何せマヒダケを食べているお家や発情草を食べて兄妹でやっちゃいそうになった話も聞いた。うちの場合相手が父になるため絶対に死んでも食わん!


「兄がいればいいかと聞かれると兄はいないので分からないと答える」


 はぁ誰か私に優しいお兄ちゃんを下さい、父と母にお願いすると、できるのは弟か妹だけだ――と何とも言えない返答をいただきました。


 もう何でもいいからこの魔法を成功させてください、この魔法が使えれば私は一躍いちやく魔導軍の幹部になれてお給料もがっぽがっぽだ、でも最大にして最高の報酬は憎き騎士たちを葬れることだろう。


「弱い魔法は鎧や盾で防がれる、なにが女神の御業テレシアアーツだ!ただの魔法具じゃないか!この国にも昔はあったらしいけど!もう!誰だよ!他国へ流失させた奴は!」


 お腹が空いているうえに精神もやられて、しまいには生理でイライラする。もうやだ、私なんてこの魔法が使えないと政略結婚で老兵の子どもを産まされるんだ。


 ネガティブになるのも仕方がない、戦争で失ったのは土地だけではない、仲のいいカッコイイ勇敢な幼馴染は死に、憧れの先輩も死に、守ると言ってくれた知らないお兄さんも死に、一発死ぬ前にやらせろと言った仲間も死に、最終的に告白してきた上官も死んだ。


 十代から戦場へ出て、騎士と戦ってきた私は火炎の魔女と呼ばれていた。だからそんな私にはそれなりに恋もあったけど、諸共もろとも死んでいくため今はもうあまり気にしないようにしている。


 そんな中で私は政略結婚で肥え太った軍上層部の老人に気に入られ、処女であったことから催促さいそくが凄く、それから逃れるために騎士を消し炭にする魔法を作ると宣言し、今はその猶予ゆうよが無くなりそうになって精神がこうなっている。


「どうして……どうして!どうせ死ぬなら!抱いてから死ねぇえええ!」


 死んでいった男たちよ、お前たちの息子に仕事をさせてから逝ってほしかったです。


 別にトイレだとか外でとか戦場でとか場所はどこでもよかった、雰囲気?風情?そんなのどうでもいい、せめて私の記憶と体に刻んでほしかった。


「あぁだめだ、また魔力が枯渇こかつしてる、ヘラる~ヘラってる~」


 この演習場は特に広くて何もない、人もいないしむしろ演習場ではなく空き地。


「もうここでもいいから抱いて私の脳に記憶として傍にいてよ――」


 父はもうずいぶん前から前線基地に留まっている、知らせがないのは元気な証拠だろう。母は妹二人と一緒に今もジャガジャガを育てているだろう、でも最近妹が魔法に目覚めこの学院の試験を受けると連絡があった。そうなると母としては働き手を失うため私に仕送り額を増やしてくれと言ってくる。


 無能な父は薄給はっきゅうで、私はその何十倍も稼いでいるのだから理解はできる、できるけど魔文で送られてきたお金の三文字にはさすがの私も心にくるものがあった。


「分かるよ、魔文だって一文字で金額が変わるから分かるよ、でも色々とこっちも大変なんだよ?でも産んでくれてありがとう、今月もジャガジャガいっぱい送ってくれてありがとう、いっぱいいっぱいありがとう。よし!さ!もう一回だ!」


 上体を勢いよく起こした瞬間、その視界に入ってきたずいぶんと薄着の男、瞬時に不審者いや変態か?と思ってしまう。


 男はこちらを見ながら笑みを浮かべている、ブタ将軍の関係者か?それとも今さっき私が叫んだ言葉で私を抱けるとでも思ったのか?


 近寄ってくるとその顔は見たこと名も無ければこの世のものとも思えない美形な青年だった。


「え、かっこよ」


 思わず本音が漏れるほどのイケメン、このイケメンになら処女捧げてもいいよ。


「処女、なので優しくしてくれますか?」


 たぁあああああ!頭の考えがモロに~!オワタ!痴女確定!オワタ!


「いや、俺は初めましてで処女をもらうほどにゲスではないので、むしろ紳士の部類だからさ落ち着いて」


 っく!まとも!しかもいい声!なおさら心にクル!


「よろしく、ウルフェンだ」

「……スズです、17彼氏募です」


 あ、私はもう止まれないかも。


「あの私今とてもお安くなっておりまして、ウルフェンさんになら全部あげます、本当に私の身も心も」

「う~ん、落ち着いてから話したかったけど、とりあえず話そうか」


 どこの人なのかな、外国?それとも北部地域の人かな?


 その場で膝を抱えた私に彼は肩をくっつけるように座る、え?近い!ビタ!え~!


「今使っているいん、君らにはじんと言うべきかな、それが少しだけ間違っているように感じるんだ」


「……ど、どこですか!どれがどう間違っていますか!」


 知りたい!私が分からない問題の答えが!何千という人間がぶつかり続けた壁の崩し方!この魔法が発動された時の威力も!


「どこですか!どうすればいいですか!どうしたら!」


 一切この問題にぶつかってこなかった人が、無理だと言って見もしなかった人が、もうそれすらも言えないまま逝った人たちに!私がドヤ!って言えるその瞬間のために!


 体を胸も何もかにもを彼に押し当てて、知識欲とあらゆる欲が私にそうさせていた。


「う~ん、君はあれだ、発情しているんだね」

「はい!はい?」


 ウルフェンさんは優しく頭を撫でてくれるとゆっくり私の杖を手に取って言う。


「この杖随分古いものだね、そして古いが故にここにかけてしまっている部分がある」


 たしかにこの杖はこの魔法に挑んだ人間の数だけ使われてきた杖。


「この印、陣は間違いじゃないけどこれでは全然別のもの、いや何物でもない物だよ」


 つまり私は、私たちはこの杖のせいで。


「修復、はい、これで大丈夫、これならこの陣は機能するはずだから」

「え?」


 傷、あらゆる部分がまるでなかったようになっていた。そこにあったはずのそれが彼が持っていただけで何もなかったかのようになった。


「もう大丈夫、これで君は全てを殺してしまえるはずだよスズ」

「ウルフェンさ――」


 ハッとするとそこに彼はいなくて、その瞬間私は既視感を覚える。前にもこんなことがあったような、その時は私だけじゃなくて妹たちや母さん、それに学園の女の子たちが集まっている時。


 あれは間違いなく以前透明な箱の中に。


「これで、この魔法で私は全てを殺さないと――」



 魔導帝国の宣戦布告により、トミストリア帝国との戦争再開。


 最初の一撃は大量の水による水攻めで、それを使ったのは魔導学院の女子生徒だった。


 いつもの水攻めであろうと思った聖騎士たちは馬具や鎧に付与された水上歩行を発動させた。騎乗したまま大地から流れる水の上へと馬は駆け始める。


 ただそこで魔導帝国がいつもと違ったのは魔法による第二の攻撃を行ったのだ。水が氷に瞬間に代わっていくと馬も騎士たちも次々に転げてしまう。


 さすがの騎士たちも氷の上でさらに水の上を歩くための女神の御業テレシアアーツを発動させていたために次々と転倒していった。


 そして、騎士たちがそれを見て絶望する。空に燦燦さんさんと輝く太陽が魔法によって形を成していたからだ。


 あまりにも唐突とうとつであっけない太陽の出現とゆっくり地面へと近づいてくる様子に騎士たちは悲鳴を上げて逃げ出していた。


「逃げるな!戦え!女神の御業テレシアアーツを!信じるんだ!」


 盾を構え女神の御業テレシアアーツを発動した聖騎士は太陽が間近に来るとようやく察することができた。


「これは――む」


 ジュっと体が太陽の中へ消えると氷と太陽とがぶつかって一瞬だけ霧が発生するも、太陽の熱気によってそれは再び気体になる。


 トミストリア帝国はその時戦場にいた9割がそれに飲まれ死に、魔導帝国は長らくなかった勝利を手にした。


 戦争開始から一日も経っていないため、このままではトミストリア帝国は滅びると察した指揮官は皇帝に全ての兵力を出すように交渉し、その結果騎士学院の生徒たちも戦争に徴兵されることとなった。


 生き残りの数名が防衛陣地へ戻るとあの太陽の話をして、魔導帝国の何者が何をしたのかを敵兵から盗み聞いた通りに伝えた。


「相手は爆裂の魔女赤髪のスズ、スズ=ベラ・アイグランティク!やつがあの太陽を出したら!みんな消し炭に!」


 情報はすぐにトミストリア帝国軍全体に広がって、要塞防衛戦を想定していた軍上層部はすぐにその考えを改めて短期的決戦、強襲による全軍突撃という魔導師の唯一の弱点を突くための作戦を承認した。


 騎士たち聖騎士たちには不安があった、ただそれは男という性別を持つ者だけが感じているもので、なぜか女はその瞬間何も恐れていなかった。中には恐れている者もいたが数えられる程度にしかいない様子で、その他はまるで何かを悟ったようにただただその場で時がくるのを待っている。


 昼過ぎて砦の鐘が鳴る頃に彼ら彼女らは掛け声とともに駆け出していた。


 振り下ろされる剣がローブ姿を次々と斬り伏せ、鎧が火炎も雷撃も全てをいなす。


 全てがある一点を目指して進んでいた、だが、それらは全て無意味になる。


「た、太陽――」


 上空に燦燦さんさんたる光が徐々に降りてくるとようやくその事実に気が付いた。


「最初から!最初から発動していただと!」


 全ては始まる前から終わりが決まっていた。


 圧倒的迫力と圧倒的威圧感に騎士たちは怯んでしまう、だがそれでも何も感じない者たちもいた。脳がそう感じさせている、大丈夫だと、苦しむことはないと。


「待て、様子が――」


 彼らは知るだろう、どうして彼女が爆裂の魔女と呼ばれているのかを。


 太陽は大地に降りる前にその空から地上を見下ろすように留まると数秒後に破裂した。


 その威力は魔法を防ぐ盾も鋼の剣もさらにそれより強度のあるものも、何もかもをそこには何もなかったかのように消し去る。もちろんそこにいた魔導帝国の軍も誰一人生き残ることはなかった。


 全てを灰塵と成す、ヘルフレアと呼ばれる魔法はそうして全てを消し去り、トミストリア帝国と魔導帝国の両方の軍事力をなかったことにして戦争を終えた。



「どう、痛みなく彼女たちは死ねたのかな?」

『問題なく彼女たちは戦場で死ぬ前にこちらへ意識を戻しています』


「だったら良かった、ならもうスズを起こしてもいいよね?」

『はい、問題ありません、彼女は今回の作戦において最も功労こうろうしてくれたと言えます』


 白い壁のようにも見えるその一部を少年は優しく触れると、赤から黄へそして緑に触れた部分が点滅して人一人が入れるくらいの長方形の箱が壁からゆっくりと現れる。


 プシューと音を立ててガスが部屋に霧散して長方形の外側だけがゆっくりスライドして壁へ消えた。そこに残ったのは人一人が寝れる薄い強度などないように見える物だけで赤い髪の毛がフワフワと浮くと体もゆっくりとその薄い物から離れていく。


 宇宙空間に一糸纏わぬ姿で漂う女性を少年は優しくその腕で抱きしめた。少年は彼女と同じようにフワフワと浮きながらその場で留まると耳元で声をかけた。


「スズ、ほら起きてスズ」


 長く赤い髪が綺麗に慣性によって揺らめくとその瞳がゆっくりと開いていく。


「やぁおはよう、約束通り君とその家族を助けたよスズ」

「……あ」


 何かを喋ろうとした彼女の唇に唇を重ねると、しばらく二人はキスを繰り返しながら部屋で漂っていた。


 キスに満足したのか少年は彼女の顔を見つめて話すのを待つ。彼女は余韻に浸りつつもその気持ちを吐露した。


「あなたを覚えてる、私はあなたに助けてもらってここにいるのを覚えてます、タジン」

「あぁ今回の騒動は半分は君だけのために計画したことだからね」


 ささやかながら掴むことのできる胸に触れつつ、タジンは彼女の心臓の鼓動を確かめた。


「スズが完成させてしまったあの魔法はあまりに威力がありすぎた、魔導師学園で行われた試射祭で君は危うく家族も友も仲間も全てを消すところだった」


「魔法を発動させたあの時、私は――私たちは透明な箱へと瞬間的な移動をしていた、でもそこには女の人しかいなくてその理由はあなたがしてくれた」


「そう、あの魔法の試射であの場にいた男たちは痛みもないまま塵になった、これは保証するよ苦しむことはなかったと」


「でも、でも私は仲のいいカッコイイ勇敢な幼馴染を殺し、憧れの先輩も殺し、守ると言ってくれた知らないお兄さんも殺し、一発死ぬ前にやらせろと言った仲間も殺し、告白してきた上官も殺し、兄も父も殺した」


 涙を流す彼女、消したはずの記憶が残っているのは彼女の選択で、タジンはただただ彼女の涙を言葉を見て聞いていた。


「あの日君たち魔導帝国のことを観察していて、あの魔法の威力がその場を消し去るものだと理解したとき、迷わず君たちをここへ転送させたそれを後悔したことはない、でも君がその記憶を残したいと思ったことはやっぱり辛そうで見ていられない」


「それでも!覚えておかなきゃ!私は!兄や父や!仲間を!殺した罪を背負わなきゃ!」


 あの魔法で魔導師学園の人々が演習場とともに消え去った。だが、杖と研究資料は残って試射を遠方から映像で見ていた魔導王たる男たちは利用しようとしていた。


 杖を量産しトミストリア帝国の主要砦や街中で発動させる自爆戦術まで立案した。だからタジンは今回の宣戦布告をスズに任せた。記憶の改ざんされた彼女があの魔法で杖も資料も必要のないものすべてを一緒に巻き込んで消えた。


 トミストリア帝国の戦争に参加する騎士たちを巻き込んだのはアルセウスが望んだこと、しかしスズを守るために艦長の権限を行使したのはタジンが数か月間スズを観察して一緒に魔法を制作していたから。数々のヒント、魔法を発動させるためのマナの増加を手伝い、彼女も知らぬ間に彼は深く関わっていた。


「ならその罪は俺のものでもあるよスズ」

「あなたの?私だけの罪だよ」


「ちがう、違うんだスズ、前にも話したろ?あの魔法は俺と君で完成させたんだ、なら俺の罪でもある」

「いいえ、私が発動させたんです、あんなに危険だとあなたが警告してくれていたのに――」


 たしかにタジンはその魔法の完成前から威力やその危険性を記す資料をふんだんに散りばめていた。しかし、スズの魔導帝国の切迫した内政状況は彼女を焦らせた。


 結果試射は早急に行われてしまい彼ら彼女らは死を迎える、宇宙統合機構基準法に基づいて彼らは星に留まれなくなってしまった。


 魔導帝国皇帝が知り得ない状況で杖と資料と生かした女性たちをこの惑星から消すことが彼の使命でもあった。そしてそれは本来あの魔法で消え去るはずだったトミストリア帝国の騎士聖騎士も全て含まれる。


 本来であれば首都以外を除く砦や町街の住民を消し去る義務が発生していたが、そうしなかったのにも意味はあり魔導師がまだいて騎士聖騎士たちはいないのだから自ずとそれらは既存の数値へと回帰することがアルセウス計算で算出されたからだ。


「もういいんだよ、これはあまりにも偶然ででもなかったことにはできない事柄だったんだ」


 タジンは考える。自身が干渉しなくとも彼女ならば数年後にはあれを完成させて状況は同じことになっていた、と。遅かれ早かれこうなっていたこともアルセウスにも言われたことだった。


 万能たる超科学の思考がそう答えたのだからそれに間違いはないのだろう。古代魔法に興味を持ったから全てが始まったわけではなく、最初からこうなることは確定していたのだ、そう彼は思うようにした。


 この事件はアルセウスには事件としては資料は残しておらず、有益なデータとして聖騎士と魔導師のデータが記録された。


 騎士学院の生徒としてタジンとハクラが潜入したのは女性全員をマテリアルボディーと入れ替えるためで、それは魔導師学園の三倍の数だったが、旗艦アルセウス内のマテリアルボディーの数は一つの惑星の数くらいは平気でまかなえるほどに量産されていた。


 アルセウスは言う。


『これでクルーの数はかなり増やすことができました、おおむね満足のいく成果でしたね艦長』


 タジンは言う。


「俺は少し悲しいよ、自分の行動に関係なくこうなっていたかもしれないことが」


 アルセウス笑う。


『うふふ、艦長はまるで自分が主人公になってこの惑星を見下ろしていたつもりだったのですか?お可愛いこと――』


 ぐうの音も出ないほどの図星にタジンは膝を抱えて、隣に立つリンが頭を撫でて慰めていた。


 そして計算上完璧だったアルセウスの考えは、アルテミアの指揮していた遠征艦が帰還すると大きく崩れ去ってしまった。


 アルテミアが連れ帰った女性の数は今回の増加クルーの三割ほどだった、だがその割合でもアルセウスの完全な計算に基づいた居住区や色々諸々が数が足りないため、彼女の休暇計画は大きく後退することになった。

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