22 騎士学院の剣戟乙女


 アイケスバイト、レントストレンジ、グラブレトン、アリーア。


 アイケスバイトは剣技強化、レントストレンジは硬度強化、グラブレトンは加重軽減、アリーアは身体加速。


 踏み込んだ足は石畳を力強く蹴り体は素早く前へと加速していく。正面に立つ者は私と同じ女で同じ騎士学院の生徒、ただ彼女は私とは違い剣と盾を持っている。


 右脇にグッと力を込めて両手で剣を振りぬくと相手の盾に水平に当たる。ヒットとともにグラブレトンが解除されると私の愛剣デュアルセイバーが本来の自重を取り戻して斬撃に重みが加わる。結果盾はぐしゃりとへこみ、彼女は悲鳴とともに体ごと吹き飛ぶ。


 正方形の修練場の端まで飛ぶと体は場外である石畳から落ちて芝生を潰した。


「一本それまで!勝者マルトリス=アルミアン!」


 ここはトミストリア帝国の聖騎士を育てる騎士学院、私はその学院に在籍する騎士家アルミアンの次女マルトリアス=アルミアン。


 アルミアンの騎士にふさわしくありたい、そう願いこの学院で修練をしている私には誰にも言えない秘密がある。


「マリトリス様!」


 修練場から降りた私に声をかけるこの子こそ私の秘密。


「や、クルミ見ていたかい?」

「はい、この眼でしかと見届けましたわ」


 私の側使いであるクルミ=レグナント、下級騎士家レグナントの三女で姉や兄を追い越したいと夢を抱く乙女だ。


 彼女と私は誰にも知られることない関係を秘めている。自室では毎日愛し合い、外ではよき先輩後輩を演じている。


 今回のこの決闘騒ぎも可憐なクルミを私から引きはがすために仕組まれたものだった。ただ私は学院では負けたことがない、何せ私はの資質を持ち身体強化と武器強化を使えるから。


 聖騎士は体の内側の門を使いし者、女神の領域と繋がっている門を開いた時女神の加護が授けられる。それらの加護を形としてなすのがテレシアフルール、女神の言葉であり古くからこの国に伝わる聖騎士の扱う言葉だ。


 そしてそれらは言葉だけでは意味をなさない。鎧や剣にも同じように女神の文字、テレシアミスラが刻まれていて初めて聖騎士としてテレシアアーツ、女神の御業が行使できる。


「マリトリス様」


「今は二人きりだ、いつものように呼べクルミ」

「はい、ご主人様――」


 主従関係ではないが、彼女がそう呼びたいというためにそうしている。私としてはお姉様と呼んでほしい、それは私も先輩のことをそう呼んでいたからだ。


 だが彼女は姉がいてお姉さまと呼んでいるためにそれで私を呼ぶことに抵抗があるのだそうだ。


 顔を彼女の谷間に埋めると嗅ぎなれた汗のにおいと体のにおいが混ざって何ともかぐわしい香りがする。胸の大きさは両手では収まりきらないほどあるが、この国の女性はなぜか胸が大きな者が多い。かくう私も胸は大きな方だ。


「ご主人様」


「クルミ」


 危険な営みに興奮しながら私たちの中は日々深まっていく。


 この学院で知らない生徒は多くいる、下級生ともなるとそれは多くなるが男となると知るはずもない。


 男は別の敷地、学院の中央を壁と教員塔によって別たれている。顔どころか三年の内に声を聴くこともないのが普通だ。


 だから恋愛など知らないまま私とクルミのような関係を築く者は少なくない。周囲を見渡せばチラホラらしい関係のような生徒はいて、私とクルミもそれに紛れている。


 そうして見ているととても不可思議な二人を見つけてしまう。明らかに他の生徒とは違う空気をまとい、制服は同じなのに私たちとは違う見た目だった。


「クルミあの子たちは?」

「マリトリス様も気になりますか?あの方々が」


 気になるどころではない、外見も現状の振る舞いもとても特殊だ。


「ベンチに座っているのが一年編入生タジリン=アノムラです、ズボンではなくスカートを穿いているのが珍しいことの一つですね、あとは見ての通りとても美人な人です」


 髪はボブにして緑色なのか青色なのか光の加減で変化して、赤いリボンをカチューシャのようにしている。小柄で可愛らしい。


「そのタジリンさんのひざに頭を置いて寝ているのは二年編入生のハクラ=アノムラです、姉妹ではと疑うところですがどうやら婚姻関係にあるらしいですよ、あの見た目通りかっこよすぎるため下級生には人気で美人過ぎるため上級生にも人気ですね」


 確かに私など及ばぬレベルで彼女は輝いている。


「それにしても婚姻関係とは、女同士で結婚が許されている国などあったかな?」


「いいえ、それが国ではなく一族で暮らす少数民族だそうです。だから婚姻も緩いと伺いました」


「それは本人が?」


「はい、タジリンさんはあの見た目ですが話しやすくてクラスでは人気者ですよ」


 おしとやかそうではかなげ、少数民族で貴族感も分からないのに騎士貴族の中で人気者。


「ハクラに関しては何か知っているかな?」


「ハクラさんは最初の対戦でつたない剣技を見せましたが、どうやら体術が得意のようで剣をはじかれたのち手をお使いになって対戦相手を無力化したそうです」


「へ~体術か」


 それにしてもあの二人は夫婦であることを隠さないんだな。


「羨ましいな」

「体術に興味がありますか?」


「ん?いや、こっちの話だよ」


 彼らが何であろうと私たちには関係のないこと、そう思いながらその時は彼らから視線をらした。


 洗濯はそば使づかいの仕事で今日もクルミが洗濯物を洗う様子を部屋から眺めている。するとそこにあの編入生の側使いがやってきてクルミと話をし出すと、急に他の側使いたちとも楽しく談笑をし始めた。


 本当に人気者だ、そう思いつつ様子を見ていると急に上級生であり私と同学年の騎士生が我が物顔で集団に入って行き、編入生の手をおもむろに掴んで何かを喚いているようだった。


 私は目を閉じ唱える。


「サュファス」


 それは聴力強化の女神の御業テレシアアーツ、イヤリングに刻まれた女神の文字テレシアミスラが発動すると彼女らの会話が聞こえてくる。


「何を談笑しているんだ!洗濯場は洗濯をするところだ!」


「お言葉ですがここは会話をしてはいけないところではありません、学院規則にもありますとおり、私語を禁止する場は修練場と監督生の前のみです」


「なんだと!逆らう気か!」


 この声はテミール=ヒレディング、先週厳罰を受けた者だな。タジリンだったか、彼女の声は可愛らしくもあるが凛々しさもあるいい声だ。


 眺めているとテミールは左手で掴んでいる腕に力を入れて右手でタジリンを叩こうと手を振った。だが、それは彼女の左手であっさり止められてしまう。


「っく!」


「素手で私に挑みますか?ハクラにあれほどあっさり負けたのに彼女より強い私に素手で挑むのですか?」


「この!」


 もう一度振ったその手を今度は捕まえてタジリンはテミールの左手も下側から掴み握る。次の瞬間には足を素早く払い、テミールの体がクルっと時計回りに回転するとタジリンの腕の動かし方でさらに加速し、気づいた時には背中から地面に倒れていた。


「な、なにが――」


 驚いた様子のテミールに対してタジリンは首に両手の指二本を顎のラインに合わせて押し込むように見えた。


頸動脈けいどうみゃくを絞めます、気を失うでしょうが安心してください、殺すようなミスはしませんから」


 その言葉通りテミールは気を失い、それでも息はしているようでその場はタジリンの勝利で事態は収拾された。


 上級生で年上で体格も上回る相手をあっさり制圧してしまうタジリンにその場にいた側使いたちは胸をときめかせたに違いない。


 まったく、とんでもないだ。


 そんなことが何度か起きた、美女美少女がタジリンとハクラの周りに常にいる、そんな風景が日常になった頃、私はハクラと初めて対峙することになる。


「マルトリアス=アルミアン対ハクラ=アノムラ、両者構え――始め!」


 いつもの四節よんせつで私は強化する。相手のハクラは確かに剣術には不慣れなようで、構えも見たことがないものだ。


 聖騎士である私が負けることなどない、女神の御業テレシアアーツは同じ女神の御業でしか勝ち得ない。いくら体術に秀でていてもこちらの強化にはついてはこれないだろう。


 相手の構えは上段、見たこともない構えだがあの構えでは私の横振りに対応できるとも思えない。


「……っふ!」


 駆け出した時に気が付いた。彼女の剣は片刃で湾曲している刃の細い長剣、その振りは予測より速いだが私なら止まれる!


 体にかかる負担は尋常ではないけれど、ここで止まらなければ私は負ける。


 全力の停止に靴底が悲鳴を上げ体も限界を超えて停止をした。完全に間合いには入らなかった、そう思った次の瞬間彼女が口を動かす。


「刻め――」


 彼女の剣が言葉とともに女神の御業テレシアアーツを使用した私の愛剣デュアルセイバーと同じ現象を起こしていた。


 聖騎士!


「駆けろ――」


 相手も女神の御業テレシアアーツを使う、それすなわち退いた方の負け。


「アリーア!」


 私の剣と彼女の剣が互いに触れ合う、すると私の剣はまるで包丁にさばかれる果物のように簡単に切り裂かれて、彼女の刃が私の鎧に当たると女神の御業テレシアアーツを消していたためか鉄の叩かれる鈍い音が響く。


 私は初めて負けてしまった。愛剣が真っ二つになったこともだが、自分よりも剣術におとるとあなどった相手に負けたことが何よりも――


「悔しい――」


 試合が終わり修練場を降りるとクルミが笑顔で出迎えてくれた。でも私はハクラの方を見てそれを見てしまう。


 ハクラが勝利に歓喜してタジリンに抱きつこうとして女神の御業テレシアアーツで加速した。そしてタジリンはその加速を女神の御業で加速したそれをただの片手で簡単に捕まえ、ハクラをお姫様のように地面に寝かせると優しくキスをした。


「……ばけもの――」


 動体視力で追えても捕まえることも至難しなんわざ、それを体も小さいあの少女があんなにも簡単にできてしまう。


「マルトリアス様?」


 私はこの対決によってハクラの強さよりもタジリンの異常さに狂気きょうきと興味を同時に抱いてしまっていた。


 戦いに負けた傷を癒すのはクルミの優しさだった。だが同時にその優しさは私のプライドを傷つけてもいた。


 日々の日課の稽古は続けているのに彼女との夜は本当に何もしなくなっていた。そうしていると次第にクルミも側使いの日課以外では会わなくなり、気が付くと彼女と一緒にいるのがタジリンになっていた。


 食事をとるために食堂へ向かうとクルミを見つけ、対面している相手が後ろ姿でも誰だか分かる。別に嫉妬したりはない、二人は元々仲が良かったし、別に。


 浴場に入ると入れ替えで側使いたちがわらわらとそこへ向かう中に二人が手を繋いで向かうのを見かけても、別に。


 昼食のあの逢瀬おうせの場にもハクラもいないのにクルミとタジリンが二人でいるところを見かけても、別に。


 それよりも最近はハクラばかりを目で追っている。自分でもはっきりと分かるほどに意識している。これはもう自覚するほどに彼女に恋しているのだろう。


 敗北が初恋になるなんて思ってもみなかった。クルミとの間にあったのは友愛の延長で、この気持ちこそ本当の恋に違いない。


 ハクラの肩に手を触れること三回、手を握ること二回、彼女の使った汗を拭く布に顔を埋めること一回。


 あぁなんて綺麗な顔だ、髪だ、目だ、口も、耳も、首、鎖骨、胸、乳房にゅうぼうへそ股座またぐら


「どうしたの?マルトリアスさん」

「……いえ、別に、いや、ハクラさんはいつから聖騎士に目覚めたのですか?」


 これは純粋さを装った誤魔化しだ。湯舟に浸かるまでの時間に脳裏に焼き付けた彼女の裸は二度と忘れまい。


「聖騎士ですか……そうですね、三年前だったかなとある方に教えてもらったのです」

「教えてもらった?自覚したわけではないのですか?」


 なんて綺麗な肌だ、どうしてこんなにも美しい。


「師はとにかく厳しい方でしたので美しさも強さであることを身に染みています、なのでマルトリアスさんも綺麗になりましょう」

「それは小瓶のようですが」


「ええ、この中には美容にいい物がたっぷりです、髪に使えばツヤが出ていたみが消えるし、体に使ってもツヤがでてきずが消える」

「それが本当ならすごいですが、知らない薬を塗るのには抵抗――」


「塗り合いっこしますか?」


 塗り合いっこ?互いに地肌に触れあうということ?


「ぜひ、お願いしようかな」


 背中にハクラが触れているのが分かる、次に髪を洗い出したと言うことは前はさすがに自分でか。


 そしてとうとう私が彼女の柔肌に触れる時、ある意味天の与えてくれた発想が舞い降りてくる。


「私の体はもう薬だらけだ、だから体で洗いながらだと効率が良くはないか?」

「う~ん、たしかに!」


 彼女の了承を得て私はついに彼女に自身の胸を押し当てた。


「おっきいねやっぱり」

「ああ、邪魔だと何度も思ったが、こうしてハクラの背中を洗うのに役立つなら悪くはないなこの胸の大きさも」


 両手で後ろからハクラの胸を優しく掴むと、静かに彼女は声を漏らす。同じ女だ、どうすれば気持ちいいのかは分かっているつもりだ。


 胸と乳首を入念にこねくり回し、ハクラが私にもたれかかるといよいよ胸から下へと手を滑らせた。二人だけではない空間でこうしてみだらになるのは少ないながら興奮を得られる。


「なんだ……マルトリアスさんもその気があったのか」

「あぁ、もう君に興味しかない」


 指がすんなり入りそうだった、でも彼女はそれを掴んで止めると甘く切ない声で言う。


「こんなところじゃなく……私の部屋でどう?」

「これ以上なくうれしい言葉だよハクラ」


 そうして足早に浴場を出た私たちは、手早く体をぬぐうとまだ濡れている部分も気にしないままに彼女の部屋へと手を繋いで向かって行った。


 彼女たちの部屋は編入生だからだろうか、寮の他の私室から少し離れた場所にある別館と呼ばれた場所で、今では掃除でしか人の出入りがなくなったと思っていたところだ。


「この建物いつのまに本館との連絡路ができたんだい?」

「それは私たちの編入後だよ、不便だから~ってタジン――タ・ジ・リ・ンが猛抗議して作られたんだ」


「そうだったのか、修練場からも食堂からも一番遠い場所だからな」


 まるで誰にも見られないための場所のようだ、私はそう思いながらも髪もかわかしていない手を引く彼女の背中に胸をときめかせていた。


 別館の入り口は完全に真新しい扉なのに古臭さも持ち合わせていた。ゆっくりと開いたそこには完全に別空間のような別式な家具や道具たち。


「ここは何というか、神秘的な場所だな――」

「そうでしょう、だってこの文明レベルとはかけ離れているもの~さぁ~ベットへベットへ」


 言われるがままベットへ向かうと私はそのまま押し倒され天上を見上げた。


 柔らかい、ベットが柔らかすぎる。そしてどうしてか私は目隠しをされて、そのまま両手もベットに拘束されてしまう。


「これは……こういうのがキミの好みなのかい?」

「う~ん、これはむしろタジリンの好みかな、縛ったり縛られたりはシリウスさんでしたタジリンちゃんの得意分野だからさ~」


 シリウスさん??知らない単語が多い、それよりも早く服を脱がせてくれないかな。


「じ、自分で服を脱げないんだ、脱がしてくれるかい?」

「ええ、もちろんだよ」


 そんな周りの状況も分からないまま私は服を脱がされている。胸の後ろで止めてあった上着は袖を通さないものだから簡単に外され、ハーフパンツもあっさりと脱がされてしまった。


 見えないゆえの緊張がここまでも興奮させるなんて、私はまだまだ知らないことがあったんだ。


「興奮するだろ?」


 え?


「目が見えないのも、手が自由にできないのも、口がきけないのもさ」


 誰の声だ。


 そう思った次の瞬間、口の中に太く長い生暖かい何かが侵入してきた。


「ぐっ!」


 喉の奥まで届いているそれが何かは分からない、でも私はその声が男のものであるとすぐに理解した。


「だめだよ、マルトリアス嬢、あなたはハクラを抱くのでも抱かれるのでもない。あなたはこれから俺のものをしゃぶるんだ気絶するまで」


「んう!う!」


 誰か知らんが男だ、男の体の一部で太く長く生暖かいものなんて知らない。


 未知が満ち満ちている状況に男であろう人物は言う。


「あぁ……もういいかいハクラ、これ以上彼女をイジメるのは俺は好きじゃないな」


 ハクラ。


「もういいですよタジリン様、お漏らしするマルトリアスさんもカワイイですから」


 タジリン、様?


「はぁ、声も戻すね、ウルフェンの声はこの体には合ってなさすぎ」


 この声は間違いなくタジリンの声だ。


「ところでいつまでこうしていればいいのかな、これかなり気持ちいいけど」

「マルトリアスさんの口はかなり良いものでしょう、でも騒がれてもあれなので先に眠らせてしまいましょうか」


 会話の内容が入ってこない、興奮に恐怖が合わさったこんな感覚は初めてすぎる。


「まったく、それもこれもアルセウスがこの学院の女性たちをマテリアルボディーと入れ替えるなんて無茶を言い出したせいだ。おかげで何人の女の子を口説くはめになったか」


「だからってあんなにテミール=ヒレディングを可愛がる必要もなかったんですよ?それともあれは別だったと?」


 テミール、そういえば彼女はタジリンに気を失わされた日から一度もみていなかった。


「あれはイジメたくなる可愛さがあったんだよ、強気なのにすぐ泣いちゃうなんて可愛すぎるだろ?」

「え~マルトリアスさんだって可愛いですよ~」


「いや、ほらだって怯えてるよ、テミールさんは泣いてたけど強がって怯えたりしなかった」


 私が怯えているのはきっと口に入っている異物のせいだ。


「いやこれは武者震いですよ、口に入れられたコンニャクだって見事に噛みちぎって咀嚼そしゃくしてゴックンします」


 コンニャク?コンニャクは男のナニのこと?


「はぁ~、ごめんねマルトリアスさん、君がくわえているのはコンニャクと言って芋をあれやこれやと加工したもので、簡単に説明すると食材の一種で生暖かいのはさっきまで俺が遊んでいた女の子の中に入っていたからで」


 イモ、食材、食べられるもの、口に入っている、女の子と遊んでいたもの?


 意味不明だが口に入っているのはコンニャクで、でさっきの男の声は何だったんだ?それとこれとは別の話か?見えていないのに彼女の言葉を信用できるのか?ここに第三者がいないと言い切れるのか?


「とにかく、君たち学院の生徒は近く戦争に駆り出されてみんな死んでしまうだろうから、その前に俺のクルーにしておくって話な訳なんだけど、これは死んだあとに効果がでる言葉なので今はまだ分からなくていいよ、どうせ君の記憶は一時的に封印されてしまうわけだしね」


 タジリンの言葉は何ら意味の分からないものだったが、私は抵抗する気もないまま時間が流れていた。



「先輩?マルトリアス先輩?」


「……ん?クルミ、どうした?」


「朝ですよ先輩、食堂に行きましょう」


 昨日は何をしていたか、気が付くと私は自分の部屋で寝ていたらしい。


 いつも通りクルミに起こしてもらい、いつも通り二人で食堂で食事をとり、いつも通りに稽古していつも通りに浴場へ。


「あれ、マルトリアスその髪どうしたの?体も何だか綺麗じゃない?」

「ああ、これだよこの小瓶、何だかわからないけどこれを髪と体に使うと綺麗になるんだ」


 そう、気が付くと毎日その小瓶を使っている。どうしてそれを手に入れたのかも分からないただとても綺麗になるからと使っていた。


 代り映えの無い日々が、不意に学院に掲げられた旗によって一変することになる。剣がクロスを組んだ絵柄の赤旗は戦時下を表すものだ。


 隣国魔導帝国が急に宣戦布告してきた。それによって私たち騎士学院の生徒も全員が参加する総力戦が始まろうとしていた。

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