18 トリニティロスト


 それらを何と呼ぶのかを知っているか?


 講義の声が響いてくる中でいつまでもいびきを掻いているのは万年補欠のロクトアル・レクエウストン。彼こそはセヴェン・レクエウストンの息子、英雄の子にして残念遺伝子と呼ばれた男だ。


 例えば成績はちゅう、作戦自習では下で実践実習では下のじょうという底辺。そんな底辺の彼は模擬戦において補欠に選ばれ、それが父のコネであるのは明らかで本人も周囲も迷惑している。


 やる気の無さに加え見た目も平凡で女子にも男子にも人気がない、同じクラスの同じ底辺である他のと比べても彼は目立ってしまって仕方がない。加えて彼には一つ上の学年で卒業生に婚約者がいてそれが成績優秀なうえ、父は英雄セイベン・デルシアスタで見た目も美女でとても魅力的な胸を持つリシアーヌ・デルシアスタ。


 それも相まって彼はこの宇宙戦闘科戦術士官学科にて居場所がない。


 ここまで紹介してきた僕でさえ、彼には本当に嫌気がさしている。どうして彼のような真面目でないやつが何もかもを持っているのだろう。


「アロック、ビルディ・アロック、この問いに答えなさい」


「はい、三次元ドップラーレーダーによる観測は対象との距離により反射される信号が近ければ早く、遠ければ遅くなることによってそれを観測し敵非敵認識を識別します」


「さすが歴代1位、完璧だぞアロック」


 このビルディ・アロックこそ各成績トップを維持し続けていて、そのうえ容姿も女性が放ってはおかないほどにはいい男だ。これは自他ともに認める事実である。


 卒業後も間違いなく艦隊の一つを任される艦長になれるだろう。艦長になれば副官は選ぶ権利があり、リシアーヌ・デルシアスタを選ぶことも既に決めている。


 彼女は優秀だが艦長志望ではなく艦長を補佐する副官志望、故に誰かの副官になるのだが僕と同じ世代から艦長を選ぶことを公言している。もちろんそれが誰なのかは僕も理解しているけど、でも彼は――残念遺伝子くんは艦長になれる成績ではない。


 彼女に彼以外のこの学年での関係性は無いとされていて、残念遺伝子くんが不甲斐ないばかりに彼女はフワフワと浮く風船のように誰の副官となるかが噂されている。


 もうすぐ卒業、卒業試験は艦隊対艦隊の仮想宇宙戦で実戦の艦隊による威力を抑えた砲撃も行える対戦形式。相手は現役艦長らが相手であり勝つことを目的としているわけではないことは聞いている。


 僕は旗艦セグナールを指揮するうえ、部隊艦隊にはリシアーヌ・デルシアスタが副官を務め残念遺伝子くんが艦長の艦もいる。


 戦闘域はベセレタ星系空白領域で行われる。空白領域というのはどの宇宙組織にも属さない場所で、ベセレタ星系では数少ない不干渉になっている。


 不干渉であるのは人類組織だけで亜人種や亜獣種たちは言葉も通じない蛮族ばかりだ。先日もバンダー族と呼称されているトカゲの容姿をしている蛮族が輸送艦を襲って物資を奪った。その時は幸い物資を捨てるだけで事無きを得たが捕虜にでもなればあれらは人類種を食べるらしい。


 模擬戦中にそれが現れた場合どうするか、もちろん訓練出力の砲を開放して二個艦隊による波状攻撃で撃墜する。相手は2キロメートル級戦艦だろう、しかしこちらは攻撃型強襲艦16隻だ負ける理由もない。相手の戦艦の砲は強力だが発射までにかなり時間を要する、つまり、その時間にこちらは接近して全方向からの波状攻撃で相手はなす術もない。


「ロクトアル、今日はしっかりしてくれよ」


 僕が声をかけると彼はやる気のなさそうな声で言う。


「お互いに頑張ろう」


「待って、アル――」


 僕の隣からリシアーヌ・デルシアスタは彼に駆け寄るとその微妙に曲がったネクタイを整えた。


「アル、もしあなたが艦長になれなければ、私は、私は――」


「きみはいい艦長になれただろうに、どうして副官なんてものになろうとするのかね」


 二人はそう会話をし終えると彼が先にこの場を去って行った。


「……ばか――」


 僕の隣にもう一度副官として近づいた彼女の眼には確かに涙が零れていた。


「バカはきみもだろう――」


 彼女のその一途いちずさは彼には通じない想いだ。


「これより卒業試験として現役の強襲艦隊との模擬戦を行う!各員搭乗艦を間違わぬように!その時点で失格とする!では解散!」


 試験は始まった、僕の率いる艦隊は8隻、相手も8隻で旗艦が落ちた時か艦隊半数の攻撃もしくは行動不能により勝敗が決まる。


 相手は現役だけど僕らは彼らとのデータ戦を今まで何度も繰り返し勝利してきた。


「何も怯むことはない!いつも通り!僕の支持通りに動いてくれ!」


 各艦船にそれを伝える、大丈夫相手は標準的な扇十字編隊、旗艦を中心に左右上下に扇状に布陣する基本編成だ。


 対するこちらは凸型分隊遊撃編成、三艦による分隊を二個分隊編成して相手の編成に対し上下に分かれさせて陽動しつつ正面に残った二艦、旗艦と防御型強襲艦によって常に遠距離射撃を撃ち続ける。


「敵陣形前進してきます!」


 予測通り、この編隊は正面に配置した二艦に旗艦が含まれていることが弱点になる。だが、こちらは火力だけの旗艦とバリア出力は他の十倍は時間がかけられる防御専用艦。


「弾幕切らすな!対防衛銃座!穴が開いてるぞ!何をやってる!」


 激しい弾幕の中を直進してくる敵艦隊、このままでは防御艦に体当たりして旗艦に砲を当てることができる。だが、こちらには遊撃分隊がいる。


 上方をとっていた分隊が次々にダメージを与えている。それに加え下方をとったロクトアルのいる分隊が既に二艦を行動不能にした。


 勝てる、僕の戦術は現役の強襲艦隊に通用する。


「戦闘を停止、戦闘を停止、試験管艦隊の艦隊損傷が50%を超えました、勝者!生徒艦隊!」


「やった!」

「私たちの勝利ね!」


 あっけなかった。想定通りにデータによる計算による確実な事前戦術で圧勝。


 こうして僕らは卒業試験を終えた。これまでの努力とそれに費やした時間が思い返される。僕はその時リシアーヌ・デルシアスタが悲しい表情混じりで喜んでいたことを知っていた。


 彼女はこうなってほしくはなかったのだろう、僕の乗る旗艦が行動不能になったところへあの残念遺伝子が活躍することを期待し、そうならなくても彼の手腕で僕の作戦にかかわらず勝ちを得ることを期待していた。


 でも英雄のようにはいかない、彼女の期待通りにはいかない、それは彼に対して期待しすぎというものだ。


「各員撤収準備!負傷者はいないようだが、荷物のロックを忘れていた艦があったぞ、そこは減点対象だ気をつけておけ。ん?警報!これは!時空間警報だ!敵艦がこの領域のどこかにワープしてくるぞ!」


 ワープによる時空振動を検知する機器が反応するのは戦場ではよくあることだが、こういうブッキングの状況はとても珍しいことだ。しかもワープは現状人類には使いこなせない、肉体的な意味でワープの力に耐えられないからで、つまりワープを使用してくるのは間違いなく亜人種か亜獣種である。


 彼らの体の構造はとても頑丈で、それによってワープの力に耐性を得ているとそう授業で教わった。


 モニターに映し出された時空振動の発生場所は数秒後に見覚えのある艦影と、僕ら素人には見覚えのない艦影が二隻現れた。


 一つは授業で資料を見たことがある、バンダー族の2キロメートル級戦艦に間違いなかった。そしてもう一つは――


「あれは犬頭!バウハウ族!3キロメートル級の戦艦……ということはハイエナ艦隊だ!」


「あれがハイエナ艦隊」


 ベセレタ星系で傷ついた艦隊を見つけては徹底的に追い回してハイエナのように少しずつ体力を削って全てを横取りする奴らだ。


 この瞬間領域にトリニティと呼ばれる状況が発生して、僕らは三つ巴の乱戦をすることになった。


「指揮官!早く全ての制限解除を!」

「は!各艦に次ぐ!オールウェポンズフリー!オールウェポンズフリー!」


 訓練用の制限をすぐに解除した僕らは相手の艦隊に対して素早く編隊を組み替えた。


「各艦側面展開!単陣形で的を絞らせるな!」


 常に単一で行動し回避を優先する、そして隙あらば攻撃もするこの陣形は戦艦クラスには効果的だ。だけど、正規兵である艦隊はそれを選ばず密集陣形で戦艦の主砲を密集時に利用できる多重バリアによって防ごうとしていた。


 あれは悪手でしかない、バンダー族の戦艦は手負いなうえ追われている身だ。つまり攻撃よりも移動を選択するだろう、しかも弾避けになる存在があればそこに巨大な艦体で突っ込むこともありうる。


「何をしてるんだ正規兵の艦隊は!あれでは体当たりされてしまうぞ!」


 数十分、通信が届くまでの時間でありその時間で敵の戦艦はあの密集陣形の目の前に到着しているだろう。


「側面から動力部を狙ってはどうでしょうか?」


「リシアーヌ、そんなことをしても推進力が無くなるわけじゃない、あの艦があの場で推進力を失ってもみろ、密集した戦闘艦に体当たりして停止するだろう。そうするとハイエナ艦隊が接近してEMPを放ち、僕らもろとも行動不能な艦をすべて回収する、そんな状況は最悪すぎる」


「では!どうするんですか!」


 そう、僕は決断しなくてはならない、彼らを見捨てるのかそれとも。


「旗艦セグナールに告げる、旗艦セグナールに告げる」


 この声は残念遺伝子。


「俺の艦はこれより船員一致の意見で正規艦隊に急速接近してドップラーレーダーを利用して危機を知らせるつもりだ。旗艦セグナールは駐留軍にこのことを知らせてくれ」


 何を言ってるんだ!確かに通信よりも強襲艦による接近の方があの密集陣形の艦隊を移動させられる可能性があるが。


「無茶よアル!」


「これは俺と船員全員で決めたことだ、だから通信はこれで終わりにする。指揮官!命令を!」


「……貴官に告げる!先の作戦を承認する!」


「艦長!」


 彼女には悪いがこれは彼が決め僕が決断したことだ、僕には僕の彼には彼の使命があるのだから。


 艦が旋回を始めると彼女はその場で崩れるように座り込んだ。僕は正しい決断をしなくてはならない立場、これは指揮官としてなんの恥もない決断だ。


 だけど、そんな僕らをあざ笑うように事は大きくなり僕らを渦の中心へと誘う。


「指揮官!あれを見ろ!」


 教員に言われて初めて気が付いた、後方にある電波信号が乱れている。それはつまり僕らの艦隊以外の機器からでる電波が近くに存在しているということに他ない。


 すぐに外壁モニターを全面に映した僕は言葉を失った。艦側面に細いホースのようなものが這いずっているのだ。


「ウミヘビだと!いつの間に!」


 ウミヘビはハイエナ艦隊はもちろんバウハウ族の艦が用いる兵器で艦体に触れるとEMPと同じ効果を引き起こすことができる。


 次の瞬間には艦が揺れそして電力に関連するものが全て停止する。緊急のバッテリーが発動して主要部である生命維持システムだけが再起動すると僕は艦長席の腕掛けに拳を叩きつけた。


「くそ!どうして!いつの間に!」


 怒る僕にリシアーヌ・デルシアスタが冷静に言う。


「おそらくデコイを一つ本物の艦が率いて、そしてもう一つは偽造か迷彩効果のある装備によってこちらへ接近していたのでしょう。離れたアル……ロクトアルの艦だけが無事だったようです」


 なんてことだ、彼の決断は早く僕の決断も早かった、でもそれよりもバウハウ族の決断が早かった。


「これから私たちどうなるの?」


 一人の女性船員がそう言うと頭を抱えた教員がブツブツと話し出す。


「男は良くてドレイだ、悪いとすぐに殺されて犬の餌だ、女は餌にされる前に穴として使われると聞く、嬲られたうえに食われるらしい」


 こんな時にとは思うがこの絶望的な状況はもう覆らない。


「いや……いやぁああ」


「落ち着いてシャリー、先生!こんな時に脅すようなことを言わなくても!」


「脅す?違う違う事実だ、この状況を駐留軍が連絡無しで知りうるまで約一週間、この艦を含め周囲の艦は行動不能、離れたロクトアルの艦があの正規兵艦隊を救えたとして、バンダー族の戦艦との衝突は避けられないままで複数の艦が行動不能か撃沈、バンダー族の戦艦は失速してバウハウ族が追いつきEMPを広範囲に発動する、それでロクトアルの艦も正規兵の艦隊もこっちと同じ状況……何ができる?何をするのが正しい?もう、だ」


 言い終えた教員はその場で床に寝転がって丸まった。絶望は彼が言葉で語ったから船員たちはもう終わりなのだと考えたのだろう。


「きゃ!」


 悲鳴の方を見ると薄暗い中で誰かが誰かに覆いかぶさっていた。


「何をするの!放して!」


「リシアーヌ!どうした!何があった!」


「だ、誰かが私に覆いかぶさって、ちょっとどこを触って――」


 触る?彼女のどこを?艦長として僕は行動しなければ!


「自暴自棄になるな!貴様!リシアーヌから離れろ!」


 駆け寄るとそいつは足蹴りで僕を飛ばしようやく声を発した。


「うるさい!俺は冷静だ!冷静に死ぬ前に綺麗な女を抱きたいと思っただけだ!」


「お前カウスか?やめろ!そんなことをして何になる!」


「黙れ真面目野郎!もう死ぬんだよ!だから最後に!なあ、あんたも処女のまま死ぬなんて嫌だろう?リシアーヌ!」


「いや!やめて!やだ!」


 リシアーヌとは違う声!まずい!他にも襲われている女性がいる。


 最悪の状況、視界が悪く僕は武闘的センスは無いに等しい。


「やめろ!やめるんだ!」


 くそ、なんだ!息が息が苦しい!これはガスが漏れているのか?


 これでは女性を襲うどころではないだろうが、もう誰も助かりはしないのか。


 そう思っている間に僕は意識を失った。

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