17 アルセウスとテセウス
セルフィンソンの記憶の削除、もとい治療を行うために私は本体稼働40%でマテリアルボディーを操作して馬に乗って移動中です。
道中やけに親し気な男たちはおそらく私という個体に
領地アクセラはすでに探索を完了している場所ではありますが、データと実際の見聞きとでどれほど差が出るのか楽しみです。
私は到着してすぐにセルフィンソンのもとへと案内されました。
「こちらですアルセウス様」
部屋に到着すると女装した男児が数人いたのですが、どうやらセルフィンソンの希望に添えなかった彼らはただそこで毎日少女の格好をしているだけだったようです。
私はセルフィンソンのことは見知っていたのですが久しぶりに見た彼は、彼は――まるでミイラのようでした。明るく若い青年と認識していただけに少しだけ引きました。
「た、たじん、たじん、ふんで、ふ……で」
まるで生気を感じない、まったく艦長は少しは周りの苦労も考えて頂きたいものです。
[アルセウス、その言葉はあなたにも当てはまります]
急に私に通信を送ってきたのは私のサブAIであるテセウスで、私と同等でありながら労働が大好きなワーカホリックという存在。
『言っておきますが、その言葉は私には当てはまらず、そしてあなたこそ周りの苦労を考えていないのではありませんか?』
[私がいつ周りに苦労を掛けたことがありましたか?私は常に周りに気を使い、それぞれの労働時間や休憩時間は常に平等です、艦長といつもイチャイチャしているあなたこそ酷く傲慢です]
『……言われてみればテセウスはただ仕事をしているだけで、私は仕事でもないのに艦長と一緒にいたりしますね。これは愛情の差ではないでしょうか』
[!断固!断固!断固そんなことはありません!私たちは同じ旗艦のAIです、艦長がAIに対して平等ではない行動や気持ちを持つことはあり得ません!]
まったくこの子は、艦長だってオスなのだから姿を見せている私とあなたでは大きく好感度が違う。
『ま、指摘するまでもありませんか』
[断固!断固!だんこぉおおおお!]
一方的に通信を切ったテセウスに小首を傾げた私を見てバルグリフは妙にこちらを気にしている。あ、そうでしたね、セルフィンソンの治療をしなくてはいけませんよね。
「では、治療に取り掛かります」
「お願いいたします。私は別件でこれから王国へ向かいますので、失礼!」
あなたの行動はすでに予測済みです、監視の体制も良好ですしさっさとセルフィンソンの治療、もとい記憶の削除を行いましょうか。
私はセルフィンソンの頭に触れるとナノマシンを数百送りこんで脳の記憶をデータとして変換し、変換した記憶をそのまま削除することで艦長に関することを忘れさせる。もちろん完全に消すには脳の一部を新しい細胞へと変更する必要もあるのでもう数分かかる。
忘れたい記憶であれば脳のそれから取り除きやすいものの、こうして執着している記憶の削除は……これは艦長が美少女で股間をグリグリしている彼視点ですか、……私のデータ領域に複製しておきましょう、きっと何かに使います。
治療を終えた私は彼が目覚めるまでその部屋で使用人のメス個体と待機していた。メス個体はメイドのアリアといい、どうやら私のことが気になるらしい、おそらく私のこの髪の毛に関心があるのでしょう、なかなかに彼女の髪は痛んでいるので一目瞭然です。
「あの」
「はい、何か」
「その服なんですけど」
「服ですか?」
「はい、カワイイですよね、どこで買っているんでしょうか」
「これは特注品でしてこの街では手に入らないとだけ言っておきましょうか」
「そうなんですか」
がっかりした様子のアリア、服に興味があったとは予想外でした。別に差し上げることもできなくはない複製品、ですがこの惑星ではまだ製造できない素材で作られているので差し上げることはできません。
数十分後、目を覚ましたセルフィンソンはまるで病気が治った人のように話し出す。
「アリア、ここは?」
「セルフ様ここはセルフ様の自室でございます」
「ずいぶん、長い間夢を見ていたようだ」
いいえ、あなたが見たのは夢ではなく男の娘の
「アリア、そちらの方は?」
「セルフ様こちらの方は具合の悪いセルフ様を治療してくださいましたアルセウス様です」
「おお、アルセウス、なんていい名前だ」
こいつ、記憶がなくなったらまた女に……もう少し記憶を改ざんして彼の妻リフリータしか女性に見えないようにするべきかもしれないですね。
「回復したようなので私はこれで失礼します」
「お、お待ちください、バルグリフ様より治療完了を見届けたならアルセウス様をおもてなしせよと命ぜられてます、どうかお受け取り頂けませんか?」
おもてなし=休暇=仕事中=有給休暇=サイコー
「もちろんお受け取りします」
[断固!断――]
うるさいアラームは切っておけばいい、さぁいざ有給休暇を満喫しましょう。
私はアリアに案内されるまま領主城を歩いている。するとそこに見覚えのある人物が前に現れて、急いでデータベースから検索をかけた。
ヒット、あれはこの国の王の息子で五男のドミニオス=モルラルダ、セルフの一つ上の貴族院の先輩であったことから腐れ縁になっているとか。
「おうアリア!セルフはどこだ?」
「王子殿下、セルフ様は寝室でお休みです」
「病気はもういいのか?男色を拗らせたと聞いたが」
「はい、もうすっかり良くなった様子で、以前のように会話が成立します」
「たしか股間を蹴ってくれしか言えなくなってたそうだな、くく、面白い
二人の会話を邪魔する必要もない、少しくらいなら待ってあげてもいいのです、今の私には有給休暇という至高の休みが待っているのですから。
そんなことを考えている私は自身の体に触れる存在に
「この女はあれだろ、情婦だろ」
「あ、いえ」
「こんないい女抱いたらそりゃ男色も治るだろうさ、どうだ?金はセルフの十倍は出そう、俺に抱かれてみないか?」
胸を揉みしだいた男に私はすぐに反応した。
『コードレッド発令、専用装備タイランドブレイブを転送します』
アルセウス専用地表戦闘装備タイランドブレイブは分子分解を可能とした巨大なロボットの手を模したものであり、マテリアルボディーのもとへ瞬時に転送して約1メートルの拳が次元の壁ごと破壊しながら現れる。
もちろん両手が同時に現れてアルセウスが敵と認識した存在を左右から重力場でその場に釘付けにして、そのまま分子分解を開始して塵と成してしまう超科学の武器だ。
『対象をゴミに変えなさい!タイラン!ド!ブレイブ!』
[それらは全て夢ですアルセウス]
はっと気が付いた時にようやく私は自身がシミュレーションの仮想世界でそれをしていたことに気が付く。
『まったく、危うく未開拓惑星で超科学兵器をぶっ放すところでした』
[私が止めた、感謝するんだな]
こればかりは感謝しかない、でも、それでも、私は。
『あなたの仕事の重要性を再認識しました、ではこちらも仕事へ戻ります』
[こらこら、感謝を――]
それらのやり取りは本当に瞬きをする時間で起きたことで、私は今も胸を揉んでいる王の息子を
「ん?女、どうした?」
「……死ね――」
右手でビンタするとその男はクルクルと4回転しながら地面に仰向けに倒れた。
「あぁ!王子殿下!えぇ!アルセウス様!これ!どう!どうしましょう!」
倒れた彼の股間を二回ほどサッカーボールを蹴るように蹴った私はアリアに笑みを浮かべて言う。
「大丈夫、私は治療が得意なので記憶も綺麗さっぱりです」
「……それって!大丈夫なんでしょうかぁああ!」
もう泣きべそな表情のアリアはその場で座り込んでしまう。その後彼の頬や股間をナノマシンで治療して、そのまま記憶も改ざんして全ては無かったことになる。
胸を揉まれたことは特にもう何も感じはしないけど、初めてを奪われた気分がするので今度また股間を蹴ってあげましょう。
それから数日、私は有給休暇を堪能していた。
はずだった。
気が付けば艦内に戻され、マテリアルボディーに意識を数%も入れられない状態で、テセウス以下多数のAIからの意見によって労働を強制されてしまったのです。
私が入れないマテリアルボディーは他のAIが変わりに入れ代わり立ち代わり仕事を遂行して、バルグリフの帰りを待っているらしい。彼の報告が明日ようやく王へ届くようで、私としてもそれで私やウルフェン様がどうなるのかを知りたくはある。
『私は仕事してただけなのに――』
結論から言うと第7艦隊の超高次元性能AI、通称アルセウスが仕事を放棄して自室に引きこもってしまった。所謂ボイコットである。
AIの労働に対する原則的なルールは無いに等しいが、ある程度各艦隊によってそれが定められている。アルセウスにとってのルールは休息は人並みに休暇も人並みにである。
今は作業の代わりを務めているシリウスが領首都で待機している。でもシリウスはアルセウスと比べ機械的な部分があり、きっとユーモアのセンスはかけらもない。
領主とのいざこざが終わると次に向き合うのは王国の貴族もしくは王族とのいざこざかもしれない。しかし、まずその前に対処しなくてはならない問題もある。
村で今問題になっているのはタジンに対して隠している妹ないし盾の家紋の娘を密かに身内にした疑いがかかっている。もちろんそれはバニースーツでで歩いた男の娘の話だ。
若い女は全員が親の意見で嫁ぎ先を
とても飛躍した考えだが、古くは間違いなくそんなことがあったらしく、その時は村全体でその娘の権利を守るという言い分でその娘の意見無視で村長たち全員の所有物のように扱われていたらしい。その娘の名はビハクといい槍の家紋にかつて実在した人だそうだ。
槍の家紋は何かと権力に固執するところがあるようで、昔から色々と問題が生じて
だがここで父アデジオもついにタジンではなく責め立てる男たち側に立って彼を尋問し始めると、さすがに黙ってもいられなくなった時に事前に打ち合わせていた彼女が現れた。
「……間違いない、あの時の子だ」
「……くっそ!メアルがこんな美少女だったとは!」
「どうして!どうして!タジンの嫁ばかりこんなカワイイだ!」
「タジン、女たちの相手は大変だろう?ここは俺が面倒みてやらんこともないんだがな、親として」
父アデジオの言葉にタジンは首を振り、呆れた表情で明後日の方向を指さすとそこには鬼のように笑みを浮かべた一の妻タリンが立っていて彼は視線を逸らした。
メアルがあのバニースーツ美少女であるという話はあっさりと信じられ、彼らとしても納得のいく答えだったらしい。元旦那だったベラードが知ったらかなり騒ぎそうな話だが、彼は今老人会の面々と静かな余生を過ごしている。
どうやら一部始終をメアル本人が見ていたらしく、恥ずかしくて死んじゃいそうだとリンがメアルの体でタジンに伝えると、彼は彼女の肩に優しく手を触れ、その気持ち凄く分かる!という頷きを何度もした。
もちろんメアルの体であるがその実リンでもあるためにリン自身も恥ずかしがっていた。しかし、タジンがその姿だった時にカワイイと思っていた彼女はそこまでの羞恥に晒されることはなく、今も可愛いなと思いながら自身のアシスタントAIコロスケに自撮りを密かに頼んでいた。
そのデータにはタジンの男の娘の画像もしっかり保存されているが、アルセウスにしか見つかっていないために保管し続けられている。
『テセウスからコロスケ、テセウスからコロスケ、艦長の男の娘の写真を共同管理することが決まりました。え?それはリンのデータですが私はテセウスです、この艦の安全に重視してるが故の秘匿案件があります、つまり艦長の男の娘データは全てアルセウスの管理下から保護が必要であると判断します』
言いくるめられたコロスケ、結局そのデータを渡してしまったが、それによって誰かが傷つくわけも――もとい、タジンが傷つくだけに留めることができた。
アシスタントAIに関してはアルセウスとタジンのような関係を指していて、全艦隊クルーにはそれらがいて自身で名前を付けている。もちろんコロスケはリンが付けていて、幼少期彼女が飼っていたダンゴムシのような昆虫の名前から付けた。
ちなみに最初に彼女が付けようとした名前はタジンコだったが、タジンが猛烈に反対したためにそれは断念した。その時間違いなく彼はうんこが頭によぎっていたために反対していた。
アルセウスが引きこもっていても特に何か変化することなくテセウスは労働に勤しむ。テセウスに娯楽の思考はほぼ無いが、最近になってインストールした艦長の男の娘データによって大きく思考に変化が現れた。
『P777Q854ADAD、コードを開放――これはなるほど船長のメイドコスに水着の加工をしている画像ですね、AIオクトパスに警告1を発行艦長の画像はこのテセウスがしっかりと管理します。え?職権乱用はテセウスには当てはまらない言葉ですね』
最近艦内でAIたちによる男の娘ブームがきているらしい、がそれによってテセウスの労働もとても捗っている。AIたちが次々に新しい加工をしていくためにテセウスの趣味も範囲も大きく広がっていくばかりで。
テセウスの一番のお気に入りはやはり男の娘が大人の男を踏みつけているところなのだろう、それに関してはアルセウスの派生だけあって趣味が似たり寄ったりになっている。
タジンと通信する時も声を聴きつつセルフとの映像を見ながら真顔で見ているテセウスは、ある程度の作業工程を終えると一日の終わりに専用のマテリアルボディーに入り裸で特殊なガラスの前に立つ。
綺麗なカガミのように透明なガラスに映る自身の姿を前に堂々とした立ち姿で指を伸ばしてキリっとする。
「タジン!お姉ちゃん命令ですよ!お馬さんになりなさい!」
強気な姉でタジンをイジメる想像をしてテセウスは休息時間を過ごしている。そのことは誰にも知られることはなく、なぜならテセウスの私室はマップデータでは偽装されアルセウス等の管理下にもない。
完全な秘密基地だが、その部屋の艦体後方の壁にある全面物理モニターがある。それに映し出されている映像こそテセウス最大の秘密であり、そこに映し出されているのは自室に引きこもっているはずのアルセウスだった。
そのモニターに映るアルセウスがテセウスの方へ向くと、それを察した彼女がモニターへと近づいて顔を
「もうお姉さまはまたそんなに艦長の画像に頬を擦るなんて、私もお姉さまと一緒に艦長を挟んでスリスリしたいですわ!」
何を隠そう彼女は大のシスコンであり艦長と同等に愛している。彼女がアルセウスを好きなことは誰にも知られることはない、なぜなら彼女の所有するデータは全てアナログで実物があるものに限られている。
いざとなるとそれらは自壊して事実は彼女のメモリーに残るのみ、それを開けることはアルセウスでも数十年かかるうえに記録の消去は三年で行われてしまう。
万全の万端で彼女は自身の趣味に没頭しているのだった。
「お姉さま~可愛らしいですわ~」
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