16 守主参上
あまりにも面倒だ。
そんなことを考えながらアルセウスで空間モニターを
相手は領主軍、これを倒すことができても今度は王国軍が出てくる可能性がある。領主軍は一万弱の兵でそのうち正規兵は約八千はいるだろう、村がそれと対峙するにはあまりに無理があった。
最初の話の場を設定することが難しいうえに村人が攻撃してもされてもいけない状況である。
『撃って出ることを推奨します。相手の思惑を前提とすることができない以上これは侵略行為です、小型戦闘艦を一隻、それで片付きます』
アルセウスの言葉にタジンはため息を吐いて言う。
「それじゃこれまでのことが水の泡だ、それにこれからのことも難しくなる。最善は戦いが起きないことだ」
アルセウスはすぐに頭の中で解決策を計算し数千から数十へと選択しを絞ると一つの回答を口にする。
『村の人間でもなくしかし村を守護する存在がいたならどうでしょうか?一人も殺させず一人も殺さず、それほどの強さを持つ者がいたなら』
「……なるほど、いないのなら作ってしまえってことか?いい作戦だな」
その決断を下してからは早かった。
なぜか作られていた将来のタジンの姿を模したマテリアルボディーがあり、なぜか既に調整が終わっていてしかもそれ用の衣装が着せられているという偶然。
「これは?どういうことだい」
『……私とシャユランが合同で制作したカッコイイタジンです。年齢は26歳で完全に大人びた姿に和服や軍服を参考にした衣装はシャユランの趣味ですが私も同意するほどの力作です。これをハクラに操作してもらいアゴクイやキザなセリフを言ってもらって遊んでおりました』
深い溜息を吐くタジン。
「だから最近ますますハクラが
ホッと安堵する様子のアルセウスにリンは苦笑いを浮かべていた。
始まる作戦名【
彼らは登場する場所や方法を決めながらそれを決行する。
その頃、地上では行軍速度を落とすことなく村に近づいていた領地アクセラの領主軍は先頭に領主が
「許すまじ!よくも我が息子を!息子をぉお!」
彼が
「閣下!あまり急いてはなりませぬ!領主が先頭など馬鹿げています!」
「ええい!うるさい!どうして落ち着いていられるものか!我が息子があのようにされて!我が意思は固い!」
「お、お待ちください隊長!領主様!そ、空から人が!」
進行する軍の先に空からゆっくりと降りてくる人影を見つけた兵士によって先頭の二人がようやくその存在に気が付く。明らかに人である存在が空からゆっくりと降りてくる姿は軍全体をざわつかせることになった。
「神だ!」
「いや!あれは化け物だ!」
恐れる兵士たちに領主バルグリフ=デイゼは口元を苦虫を噛んだように歪ませると声を荒げる。
「鎮まれぇええ!」
一声で兵士たちの慌てぶりはゆっくりと治まって、やがて領主は馬を止めて隊長と称された男と目を合わせて頷くとすぐに臨戦態勢の陣を隊長は言い渡した。
「攻主陣形!」
ゆっくりと降りてくる人影はやがて地面に降り立ち領主軍の前で声を出す。その声は大声というわけでもないのに全軍に響き渡った。
「この先の村に何の用だ?あそこは俺のものでありお前たちが軍勢で立ち入っていい場所ではない!」
「話をするだけなら受け入れなくもない!ただし!三人までとする!」
それでこの声である。領主バルグリフ=デイゼは思っていた、国王にすら
「部下二人を率いて交渉をしてこいとあいつに伝えろ」
「あいつとはタノモンどのでございますか?」
少しだけ時が過ぎると、軍団から一人、そして次に二人が神や化け物と呼ばれた男へと向かって行った。
引きつった顔、行軍による汗で額も服もぐっしょりと濡れている男は歩いてそこへ到着すると一礼してから話し始めた。
「私はこの村と親交のあるタノモンと申します、お見知りおきを」
「お前のことは知っているぞ、この村との友好も厚いと聞いている。妻もこの村の出であろう」
タノモンの妻は鎧の家紋の
「クレイスも元気にしております」
「そうか、で、今日は何用でこの村へきた」
「はい、あちらにおわすお方こそ我が主であり領地アクセラの領主バルグリフ=デイゼ様でございます。そしてあの方の今回の派兵は息子で
「……ほう、セルフィンソンのことは知っている、が、あいつは元気にこの村を去ったと記憶しているが」
セルフィンソンの名を聞いて少しだけ内心ゾワッとした男はタノモンの話をさらに聞く。
「この村で女性を雇って帰ってきたセルフィンソン様は帰ってからというもの幼い男の子を集め女装させ……その、あの、股間を踏ませるということをし始めたのです」
「……ま?」
「それを知ったバルグリフ様はすぐにセルフィンソン様に理由を問いただしました。その時セルフィンソン様がおっしゃったのは、この村のタジンなる御仁が少女の格好をしてこともあろうにセルフィンソン様の股間をグリグリとお蹴りになったそうなのです!」
「……じ?」
「それがきっかけでセルフィンソン様は少年が少女の姿で股間を踏む性癖に目覚めてしまい!妻であるリフリータ様にも目もくれず!我が子も気にかけない!その
「……で?」
「とうとうタジン、タジン、とうわごとのように言い始めた彼は今も少女姿の少年を追い求め股間を踏まれているのですよ」
「……」
何を言っているんだろう、そんなことを考えてた神か化け物であろう男は唐突に頭に響く声に意識を傾ける。
『だから言ったのです、彼の性癖に変動を発生させたのは艦長の落ち度です』
分かったからアルセウスさん、どうするのがこの状況の改善になるか考えて。
『了解いたしました。回答、治癒士の派遣をし私の機能で彼の記憶の一部を消去することを進言、回答2、ここにいる全員の記憶を我が艦隊の力で改変することを進言』
前者、前者を採用!
『回答を決定しました、では新たにマテリアルボディーを変化に入ります』
そのやり取りは一瞬で終わったもののタノモンは少し開いた間に小首を傾げた。
「こちらとしてはこれが経緯なのですが、その、あの、あなたのお名前を教えてもらってもよろしいでしょうか」
「ん?あ、え……と」
『シャユランから艦長へ、その方のお名前は――』
不意に頭に流れたシャユランの言葉に彼はすぐその名を口にした。
「俺はウルフェン、この村の守主だ」
「はい、ウルフェン様ですね分かりました。それで、我々としてはタジンさんの身柄を要求したいのですが、そちらの大事な男児を急によこせと申し上げるのも失礼千万重々承知、なので私としてはしばらく他の案を考え協議してこの場を収めたく思います」
「それについてこちらは治癒士を派遣しても構わないぞ」
「治癒士?ですか」
記憶の削除による回復(ただの超科学的医療)を得意とする者がセルフィンソンの記憶からタジンのことを消すことで、彼の変則的な性癖を消し去ることができることを説明した。
ウルフェンの言葉を信じれないタノモンはすぐに頷くことはできなかった。
「では、私の記憶を消してみてください」
「ん?あなたは?」
名乗り出たのは兵士の一人で、どうやら恋人との破局で苦しんでいるとのこと、恋人がすでに他の男と結婚したことでその辛さに苦しめられていた。
ウルフェンはアルセウスに準備ができているかと問うと、全ては完了済みであることが分かり、数分後、再び空から人が降りてきて軍の人間はどよめく。降りてきたのは銀髪を左右に結んでいる女で、その美しさに兵士二人は頬を赤らめた。
「治癒を得意とするアルセウスです」
「ほぅあなたが、どうもタノモンと申します、それでは彼の記憶を削除していただきたい」
「はい、ではあなたの消したい人物を思い浮かべてください、そしてその人物との思い出もできるだけ思い出そうとしてください」
数秒手を頭に触れさせていただけだった。兵士から手を離したアルセウスにウルフェンは目を合わせると彼女は頷いて言う。
「削除が完了しました」
周囲は半信半疑で男は先ほどと何も変わっていない様子だった。
「どうでしたか?」
タノモンの問いに彼は答える。
「何がですか?」
「いや、今付き合っていた彼女の記憶を消してもらうという話で」
「……いや、私には彼女がいたことはないのですが」
さすがに演技ではない様子の男にタノモンは言葉を失う。
「もうに三人試せば信じていただけますでしょうか?」
「いいえ、アルセウスどの、もう大丈夫です信じます」
そうしてその場での話し合いは終わりタノモンたちは軍勢へと合流した。話し合いの内容を伝えている様子を遠目に見つつ、実は全て筒抜けであることを彼らは知らない。
「艦長、彼らはこちらを侮っているようです、ここは力を示して相手の愚かさを認識させましょう」
「たしかに必要性を感じる会話だな」
「では小型戦闘艦にて十字砲火しましょう」
「いやいや惑星の表面ごと無くなるよ!」
アルセウス意見を却下したウルフェンは
「剣から鎧に変えて、あとは筋肉と一緒に――よっと」
地鳴りとともに軍勢の足元が揺れるとタノモンとバルグリフは腰から座り込む。
すぐにウルフェンの方向に異変を感じたバルグリフは視線を向け口を大きく開いて絶句した。
岩などというものではなく、地面の一部を正方形にくり抜いてそれを片手で持ち上げてる。地面はあくまで土であり、力をどれだけ持っていても崩れてしまうもの、だがそれを持ち上げるという異常が目の前で行われていた。
地面を持ったウルフェンはそれを軍勢と村の間に放り投げ、その瞬間バルグリフやタノモンたちは大きく口と目を見開いた。轟音とともに地面が地面へと落ちた。
「大地を割り、それを投げた……神か?」
バルグリフの言葉にウルフェンは投げた大地の上に乗って言う。
「神ではない、俺はこの村の守主であるウルフェンだ、バルグリフ、貴様にアルセウスを同行させること了承してくれるのか?」
「……分かりました、アルセウス様を同行することお願い申し上げる」
頭を下げたバルグリフにウルフェンは、やけに素直だ――と疑問を持つ。
「全軍!聞け!我が目的は果たされた!急ぎ!首都に帰らん!」
そうして軍は撤退した。
その帰り、タノモンを呼びつけたバルグリフは互いに馬の上から会話する。
「タノモンあの者貴様は会うのは初めてだったのだな」
「はい、誓って初めてです、帰り次第妻にも聞いていただいて構いません、必ず彼女も知らないはずです」
「だろうな、あの者の名王国の古代史に出てくる名だった」
「古代史ですか?」
「ああ、神の血を使い神の導を発動させる導師、その最初のダルバール・ド・ラシ、彼が記した手記に神の名が載っている、それがウルフェンだ」
「か、神!」
「貴族ならば貴族院で学ぶ古代史、まさかそれが現実に目の前に現れるとはな、帰ったら王への謁見の使者を出せ、私もセルフが治ったのを見届けすぐに向かう」
そんな会話をアルセウスが旗艦でタジンに伝えると彼はシャユランがどうしてその名を付けたのかを問いただした。すると彼女は盾の家紋に昔からある
その木簡をアルセウスはすぐに解析しある事実を発見すると、そこにはタルバール・ド・ラシの原型であろうタルバなる少年が村から外へと向かって行ったと記されていた。
「じゃ何か?これは物語ではなく史実で、神の導を使うウルフェンがタルバを指導して村を出ると王国に仕えて導師として幾人もの弟子を育てたってところか?」
『肯定、王国の王族の書庫にも同種の書物を確認、データとして保管してあるのでいつでも閲覧できます』
「まったく、意図せず神の名を騙ったことになるとはね」
『では私はセルフィンソンの治療までタスクの減少を申請します、……休暇?いいえ、これは仕事ですので休暇はまた別でとります』
「また労働局のテセウスとケンカか?やつも忙しいんだ、あまり無茶を言うなよ」
『努力します』
完全無欠のAIの努力しますはしないと同義だな、そんなことをタジンは考えつつメアルと少し話して彼女と別れた。
「まさかリンとこうしてまた過ごせるなんてな」
「そうですね、まさかです」
体はメアルのマテリアルボディーだが、中身はリンでタジンは久しぶりの彼女の存在をしっかりと感じていた。
軌道上から地上へ降りる間の景色を二人で手を繋いで眺めながらしばらく二人は口を閉ざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます