15 成人


 成人とは大人になることではなく一人前の村人の第一歩である、そう父アデジオは成人たちの前で言う。


 男1人女15人、圧倒的女の数の暴力で全てのことが決まりそうな状況にもかかわらず、彼女らの結婚の自由はなく同じ歳で彼と婚約している女はいない。


 もちろんそれが全て大人の事情というわけでもないが、半分は彼女たちの中で彼の存在がほぼないに等しいからだ。


 それはなぜか、彼女たちは剣や鎧や槍の家紋の娘たちで、盾の家紋の工房にも弓の家紋の彼の本家にも寄り付かないから。知らない人は知らない、これはこの村では普通で、しかも成人したばかりの彼のことなど気にしている者もいない。


 他の家紋がどうのと話しが回ることはないし、彼女らは婚約者も決まっていて8歳からすでに嫁ぐ家と実家とを行き来するだけ。ただ、最近のメイクやネイルの普及で成人以上の女たちは彼のことが大きく関係している。


 販売はされておらず、母世代のみが使うことができる貴重な化粧製品は若い彼女たちには関係すらない物。もちろん盾の家紋や弓の家紋になるとそれを手にしている若い女もいるだろう。ただ、それを常に使えるわけではないためどうしても彼と彼の周囲にコネを作りたがる。


 成人の儀式が始まると西の田畑の奥にあるお柱に触れに向かう弓の家紋の彼は父と一緒に並んで歩いていた。特に話すこともないため何も語らない彼に父アデジオは唐突とうとつに話し出す。


「俺の息子がとうとう成人か」

「そうだね」


「弟のとこの子どもが男だった時、あれほど情けなく思ったことはなかった」

「そうなんだ」


「でも今思えば別にユノアやタノメとミリア、デリナやルナとアナは悪くなかったんだ」

「それはそう」


「……最近タノメとミリアの元気がないそうなんだ」


 姉たちは結婚相手とあまり仲が良くないらしいことは彼も知っていて、長女タノメもミリアも槍の家紋に嫁いだ。槍の家紋は嫁に厳しいところでタジンも父同様心配していた。


「俺はもう何もしてやれないから、だから今はルナとアナ、クルアとメナを大事にして結婚相手を真剣に考えている」


 ルナは最近剣の家紋へ嫁ぐことが決まったが、温厚で優しい男に嫁ぐと分かって安堵あんどしていた。


 アナも最近嫁ぎ先を探していたが、セルフィンソンのところで働くことを選んだため、彼女は来月にはセルフのもとへと向かう。


 クルアは二の妻ユノアの2歳になった娘でタジンの妹になるが、まだまだカワイイ盛りでタジンも度々顔を出して妹たちを可愛がっている。


 メナは三の妻デリナの2歳になった娘でタジンの妹。クルアと少し違いタジンが近づくと泣き始めてしまうので遠巻きに見てることしか彼はできない。


 ちなみにもう一人妹がいるが、それが母タリンの娘でクオンという1歳の女の子で実はタジンに一番なついている。やはり母が違うことでクルアとメアはタジンと壁を作っているのかもと考えているが、実際には別にそういうことではなく子どもながらにタジンの存在に敏感かそうでないかで反応が違うだけなのだ。


「そういえばクオンがとうとう話たらしいぞ、俺は聞いてないんだがタリンがお前に聞けば分かると言っていたんだが、クオンはなんと言ったんだ?」

「……う、ん――」


 それ以上先を言えなかったタジンに父アデジオはガクッと肩を落とした。


「うんこ、そう言ったんだな。すまないタジン、お前と同じでクオンもやはり言ってしまったのか。全て俺のせいだ家の中で俺は何かにつけて用事をと言ってしまうからな、それを聞いたお前とクオンは最初に話した言葉がうんこになったのだろう」


「……ま?」


 予想外の真実にタジンは少し足を止め、頭を抱えつつ再び歩き出した。


「まぁなんだ、お前もそれを口に出していた頃から随分と賢くなった、だからクオンも大丈夫だろう」


 即急にクオンの環境を改善すべきであるとタジンは思う。


「あと一つ聞いてくれるかタジン」

「な、なんですか」


「メアルのことなんだが」


 メアルと言うとリンと一緒に弓の家門の下女に来ていた本来のタジンの嫁候補。しかし、馬が原因でリンがタジンの嫁になると彼を嫌がっていたメアルはベラードを選んだ。


「ベラードにどうやら暴力を振るわれているらしいんだ」

「暴力」


 女と男が同等のこの村で暴力というものはかなりの大事おおごとである。そのためタジンは急に真剣な表情で父アデジオの話を聞き始めた。


「もともと手の出やすい弟の子どもだから男同士のケンカで手が出るくらいだろうと思っていたが、どうやらリンをとられたのがきっかけで今の妻やメアルに暴力を振るうようになったらしい」


 リンがタジンの妻となることが決まってから次々に手柄てがらを上げて村でのタジンの地位が向上したことでベラードは嫉妬してしまった。そもそもリンは自分のだったと言ったり、リンの手柄は本来自分のものであると主張していた。


 そしてタジンが盾の娘を三人妻にしたことがきっかけで妻たちやメアルに暴力を影で振るいだした。身内の恥としてそれを父アデジオとその弟は老人会に相談し、そこで決定したのはベラードの被害者と子どもを彼から離し彼自身は老人会で暮らすことが決定した。


「髪を引っ張ることや頬を叩く程度だったが、もし腹を蹴りだしたり殴りだせばベラードの追放にもつながる。ベラードは全てを失って年寄りたちと早い余生を過ごすことになったが、あいつもそれを受け入れているようだ」


「だから最近見なかったのか」


「ベラード妻たちはベラードの兄が引き取り、子どもも同じく引き取った、だがメアルはまだ未婚だったため愛情もない相手からの暴力にすっかり男に怯えるようになってしまったそうだ」


「……でどうして俺にそれを話したの」


「あの子を娶ってやってくれないか?お前の母タリンと同じ剣の家紋の親戚であったからお前の妻になるはずだったんだ、無気力だったリンもあれだけ笑うように変えたお前ならメアルのことも」

「……リンが死んだから?」


「ま、それもあるがな、リンのことは大丈夫そうには見えるが、まだ引きずっているのか?」


 引きずるも何もリンは生きていて彼は依存中であるため、メアルのことをすぐに引き受けることはできないでいた。


「時間が必要なことは分かっている、だから考えておいてくれ。そういえば、お前のところにいる女の子、タジリンとかいったか、あの子はお前の何なんだ?」

「……」


 急に黙り込んだタジンは速足になると父アデジオを置き去りにして話もうやむやにしようとした。だが、アデジオはそれでは退くことはなかった。


「どうした、答えろタジン、お前のところに出入りしてるのは先日アクセラに帰ったセルフどのから聞いて知っているんだ」

「……そんな奴はいません」


「嘘を吐くな!」

「そんな奴!いるわけない!」


 父親が自身の男の娘姿に欲情しているなど認めたくない、そんな気持ちが彼を速足で駆けさせた。


 結局お柱に触れてからも父のしつこい質問に苦しめられた彼は、そのまま広場に帰って急いで私室へ帰り父から逃げた。


「成人の儀ってこんなにも地獄なんだな……」


 そう呟いた彼は疲労困憊ひろうこんぱいの様子でその日はただただ怠けて過ごすことにした。



 成人の儀から数日、俺はメアルを呼びつけた。話はもちろん彼女の現状を知りどうすることが彼女のためになるのかを決めるためだ。


 俺たちが生活する弓の家紋の敷地にある工房は基本他人が入ることはないけど、今日は特別に彼女を招いて二人きりでこうして面と向かっている。昔の彼女を知っている身としては今の彼女はまるで大ヘビに睨まれたウサギのようだ。ウサギ……バニ――


「……危うくトラウマが呼び覚まされるところだった」

「な、なんですか?」


「いや、こっちの話だよ」


 あの頃とかなり雰囲気変わって、剣の家紋の女の豪胆ごうたんさが見る影もない。怯えている様子が少しだけ庇護欲ひごよくを掻き立てられる。


「聞いていると思うけど、メアルは俺の嫁になることが決まりかけている。リンが死んだことで正妻という立場がいなくなったこととメアルの元婚約者のことが大きく関係しているのは言わなくても分かるよね?」

「は、はい」


 俺としては正妻とかどうでもいいし、ただ単に彼女が立ち直るきっかけになれたならと考えて行動することにした。


 彼女を救うことは別に難しくない。シャユランやハクラのように趣味や生き甲斐に出会えれば彼女も変わることができる。だから今日はそれを知るための会話の場で。


「メアルは何か好きなものはある?興味あるものとか、最近オシャレが流行ってるけどそれなんかどう思ってるの?本とか興味ある?」


「え?あ、あの、これは何ですか?尋問的なやつですか?こ、怖いですよ」


 質問が多すぎたのか彼女はさらに怯えてしまって、俺は彼女が落ち着くまで待ってから一つ聞いていくことにした。


「私が好きなものは……食べることです、お腹いっぱいご飯が食べれるのは幸せなことなので」

「……ベラードはご飯を食べさせてくれなかったの?」


「はい……私がリンみたいに何かを思いつくまでご飯は粥だけになって、お野菜とか麦蒸むぎむしとかしばらく食べられませんでした」


 麦蒸とは蒸しパンのことで、食を奪うのはこの村では暴力に次ぐ重罰。とてもじゃないけど少女へすることじゃないな。


「興味のあることは何かあるかな、昔からしてみたかったことや最近してみたいこととか」


「……興味があるのは、夜空に光る石に興味があります」


「石?」


「はい、ばぁちゃが言ってました、夜に空で光っているのは石でそれぞれが自分の大切な亡くなった人の魂が光っているんだそうです。私もあそこに行けたら、石になれたら大好きなばぁちゃとまた一緒にいられるのにって――」


 星のことを石と称するのは村ではよく聞くことだけど、まさか死んだ人が石として夜空に散りばめられているって考えだったとは。


 宇宙へ彼女を連れいって真実を知らせるのは感受性を失わせる気がして少しだけもったいない気がする。


「ばぁちゃが見守ってくれてると思うとちょっとだけ元気になれるんです。メルダのばぁちゃはとても優しくて強かったので」

「たしかに、メルダさんは――」


 え?メルダさん?アルセウスの最初の搭乗員にして今では完全に無類の将棋やチェス好きのあのメルダさんかね?


 状況がまるっきり変化したと感じた俺はどうせ嫁にするならと色々考えた。


 考えた結果考えるのを止めた俺は彼女を連れて工房の奥にある小部屋へと連れこんだ。


「な、な、なんです、叩くですか!叩くんですか!いや!嫌!痛いのいやぁあああ!」


 彼女が怖がってしゃがんでくれたおかげで、エレベーターは軌道上まであっさりと上昇している。光学迷彩の筒は上空にある神の導と同じ膜で干渉せず通過できる。そのおかげで今では軌道上のアルセウスの本体に直接帰還することができるのだ。


 膝を抱えて震える彼女の後ろに回り脇に手を入れて体を起こすと、彼女の視界にはさぞ綺麗な景色が――


「叩く?叩かれる?ヤダ!やだぁあ!」

「仕方がない、ほら手を広げるよ~」


 後ろから彼女の両手を左右に広げるとそこには宙に浮いた涙が漂っていて、体がフワフワと浮いている状況に脳が恐怖を失せさせた。


 涙がフワフワと空中を進んでやがて透明の壁に当たると防水効果で跳ね返ってそのまま服に当たって消える。視界に広がる惑星と惑星を囲む雲を見つめながら彼女は言葉を失った。


「今メアルは雲の上のそのさらに上にある場所にいるんだよ。ほら、あっちを見てごらん」


 反対側へと彼女を向けるとキラキラと光る星々が目に入る。彼女はそのまま食い入るように見つめ続けていると、唐突に頭上の扉がふすまのように開いて、俺は彼女の体を抱えながら中へと移動した。


 中へ入るとそこには一人の女性が待っていた。


「あ、え、え?え!ば、ばぁちゃ!」


 若い姿のメルダさんにすぐに気が付いたメアルは、俺が背中を押すと慣性に従って彼女の胸へと収まった。


「なんだいしばらく会わない間に体は大きくなったのに泣き虫になっちまったようだね」

「ばぁちゃ!ばぁちゃ――」


「よしよし、大変だったねぇ。でももう安心だろ?タジン様も傍にいるんだ、だからもう元気を出しな」

「うぅう、ばぁちゃだ~」


 しばらくはこのままだろう、そう思いつつ俺は彼女らを二人きりにしてあげた。きっとたくさん語ることがあるだろう、きっとたくさん知ることもあるだろう。


 その後、メアルは色々祖母メルダからたくさんのことを聞いた。俺やアルセウス同年代の船員のことも、そしてリンが死んでいないことも知って、いつの間にか恐怖は小さくなり好奇心が彼女をしっかりと歩ませ始めた。


 彼女は知る。石は遠い星なのだと聞いた驚きも、宇宙が広大で惑星はここにあるだけではなく無数にあることも、死んだ人間は星にならないことも、最後に何よりも彼女にも無限の可能性がある事実を。


 そうして彼女は結論にたどり着いた。


「私、ここに住みたい!」


「……え?」

「ばぁちゃと一緒にここで毎日星のこと宇宙のこと知りたい!」


「いや、それはちょっと」


 ここで住むことは問題ない、けれどメアル自身は俺と同じで地上にいる必要がある。マテリアルボディーがあれば解決できることは多いけど、それでも誰かが操作している必要がある。


「私がメアルちゃんになります!」

「え?リンが……そうか、それなら問題ない」


 リンは仕方なくここで生活しているけど本人は村での生活が恋しいと思っていた、そこにメアルのマテリアルボディーの接続者が必要となると、これは両者の合意と言ってもいい。


 そうしてリンがメアルのマテリアルボディーで地上で生活することになり、メアル本人はメルダさんと一緒に宇宙で生活することになった。



『艦長、進言します、セルフィンソンの父バルグリフ=デイゼが領主軍を率いて村へと接近しています』


「……うそ~ん」


 一件落着、そう思った次の瞬間には問題というやつは目の前に現れるんだ。

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