14 その着せ替え人形は少年である


 私はとても充実した日々を送っている。それはタジン様が出会わせてくれたこのコスプレというものにはまってしまったからで。


「ね、シャユラン、今度は何を着せられるのかな、俺もそろそろやりたいことが」

「あ~動いてはいけません、せっかくカワイイ美少女なのに俺なんて言っちゃダメですよ」


「……私は何をされているのだろうか」


 最近タジン様はずっと私に付き合ってくれている、それはリンちゃんが事件以来がんばって勉強しているからなんだけど、少しだけ申し訳なく思ってしまう。


 あれは去年、リンちゃんが10歳になって成人をむかえた時のこと。リンちゃんが成人として家紋の柱を触る儀式を行っていた時に起きたのです。


 村の東西南北中央にあるお柱に成人した各家紋の子どもが触れるだけのただただ単純な儀式。私も過去に東の森へ向かいそれに触れたことがある、けれどそれは本当に何でもないただの大きな木造の柱だった。


 その儀式がいつ始まってどういう意図で行われ続けていたのかも誰ももう分らない、けれど今でもこうして風習として残っているのだから大切なのだろうと行われてきたことなのだろう。


 言ってしまえばそれは事故のようなものだった。北の狩場が東へ移り、狩場として盛んになっていたことが原因でオダイと呼ばれるクモが柱のそばで巣を作ってしまっていた。


 オダイは危険な生き物であると私や村の者も知っていたし、タジン様ももちろん知っていたんだろう。でもアルセウスさんだけはそれを危険度として低く見積もり警戒していなかった。


 リンちゃんはそのオダイ巣にひっかかり、左手をかまれてしまうと毒で瞬間的に体が固まった。数秒で心臓が止まりそこへ見守りの彼女の父ロダウさんが異変に気が付いて駆け寄り、すぐそばまで急いで移動したタジン様より早くリンちゃんを発見してしまうともう後は流れるまま彼女は死体として村に持ち帰られることになってしまった。


「頼むアルセウス」


 タジン様がそう呟いたのを聞いたのはリンちゃんが遺体として私たちの前に横たわっていた時、その時は何を言っているのか分からなかったでも今ならもう私もヒヒラもハクラも知っている。


 悲しい気持ちが私たちの中にしばらく残っていた、そのうち慣れると思っていたそれは二か月経ってもなくならないまま。タジン様はその頃にはいつも通りだったけど、私たちを心配しているようすで私たちは今でもリンちゃんが彼の隣にいないことが辛くて。


「リンちゃんは私より賢くて、私よりタジン様が好きで、私よりここに必要で――」


 年下のリンちゃんに依存していたと分かったのはこの時だった。彼女の存在は私も他の二人も大切で、何よりタジン様にとっても大切なはずなのに私たちに気を使ってか、いつも通りで。


 いつまでも泣いていては彼女に申し訳がない気持ちもあった。でもそれでも私たちは泣かずにはいられなかった。そんな私たちを見ていられなくなった彼はとうとう秘密を明かしてしまったのです。


 彼の変化の理由、彼の持つ知識と圧倒的軍事力、これまでの謎が全てそれで繋がってしまう、空回りの歯車が全てかみ合いちゃんと回る感覚。


 かなり若返った姿の老人集の女の人たちが生きていることも、アルセウスさんという全ての英知を内包している神の如き方のことも、その方がタジン様の従僕であることも。そして何よりもそこには私たちの悲しみの原因だった彼女がいた。


「み、みんなどうして――」


 そこにはリンちゃんがいた。元気にいつものように木簡もっかんのようなものを手に持って。


「リンちゃん!生ぎてだ~!」

「ちょっとシャユランさん!?」


 あの時ほど嬉しかったことはタジン様のとの出会いくらい、あとはネイルとメイクに出会った時。


 そうしてリンちゃんが生きていたことを知った私たちはタジン様に全てを話してもらうことになり、それに加えて私はまた新しい出会いすることになった。


 オダイによって硬直して心臓が止まった彼女は村に抱えられて帰るまで父ロダウがゆったりしていたせいで本当に危険な状況だった。タジン様はその状況に彼女が実はオダイに噛まれていなかったことにしようという考えを捨て、彼女の体にナノマシン?を投与することを決めた。


 抱えられている間に体内に入ったナノマシンは体の変化をさせている間かなりグロテスクなことになるはずだったけど、でもすでに毒で体が硬直していたこともあって父ロダウは気が付くことはなかったそうだ。


 体の血が全てナノマシンになり、細胞の変化や負傷箇所の治癒が始まり彼女は命をとりとめた。結果彼女は私たちより先にタジン様の秘密を知り、亡くなったと思っていたメルダ様やもうすぐ亡くなると言われていた寝たきりのパドメ様とも会った。


 二人の若々しい姿もリンちゃんと同じナノマシンが理由と言われたら納得するしかなかった。そして出会ったアルセウス様とコスプレという文化、いえ私の生きる意味に出会った。


 キャラだとかなんだのはまだ分からないけど、男の子を男の娘にして可愛くするのも女の子をさらに可愛くすることもできるまるで奇跡。


 コスプレは良い趣味だとタジン様は言って私がやりたいことを伝えると全て受け入れてくれた。もちろんそれを受け入れる代わりに彼は私のマテリアルボディーを時々リンちゃんに貸してほしいと言い、私はもちろんと返事をして今では時々私の体で彼女がタジン様とイチャイチャしている。


 リンちゃんが私の体を使ってタジン様のそばにいるのを知っているのは関係者を除けば彼女の母リミャオさんだけ。リミャオさんはとても喜んで受け入れたけど、そのあと色々と知ったリミャオさんはとんでもない修羅場を迎えて夫のロダウさんと絶縁したことはまた別の時にでも。


「い~や~だ~」


「いいじゃないですか!穿いて下さい!変じゃないですから!」

「いや~だ~!変だし!男の娘の最後の一線だよそれ!女の子の下着は無理だよ!」


 可愛らしいフリルとリボンのピンクの下着なのにどうして嫌なんだろう。彼には間違いなく似合うのに。


 いやいや言ってても結局は穿いてくれるし、ポーズも取ってくれるしローアングルからの写真も撮らせてくれる。


「このドローンってやっぱりすごいわ、映像?ってので撮影してるって本当にすごいわ」

「すごいのはキミのその熱意だからね」


「ほらポーズ変えて下さい、こう可愛くてゴメンって感じのやつで」

「っく!や、やってやるぅ!」



 その全身全霊の可愛いポーズはしっかりとアルセウスの全アングルカメラによってローもハイも撮られていた。鼻息を荒くして口元をにへらと笑みを浮かべると彼女は言う。


『艦長ちゃん……お可愛いこと』


 すでにアルセウスの視界内には秘蔵の艦長コレクションがあるのだが、そのほとんどが男の娘姿なのは本人には絶対に言えないトップシークレットなのであった。



 散々な目に遭った。


 男としての尊厳とかもう艦長になった最初に失ってしまっていたと思ってた。でも実はそんなことは一切なくて、それを本当に失ったのは女息子おんなのこの姿をしたハクラに女の子の下着をつけた男の娘姿の俺がアゴクイされた時だった。


 ぞうさんと玉を自分の意思で隠した時に本当に自分が女の子だったのかもと思ってしまったことも、ハクラに「可愛いね」とか「食べちゃおうかな」と攻められた時にドキッとしたことも。


「全部、全部役だったし、俺男だし」

「そうですよ、私のタジン様はカッコイイ男です」


「リンにそう言ってもらえるのはとてもうれしいけど、こうして慰められているのって男としてどうなのかな?」


 俺の言葉に少しだけリンは眉を困りげにして溜息を吐くと俺の頭を撫でてくれる。


「女の子の下着を穿いても別におかしくはないですし、女の子の服を着てもおかしくないですから、だから自信を持ってください、タジン様は可愛いです」

「うんありがとう」


 俺は自信を持つことができそうだった男の娘として。


「……あれ?」


 なんか違う。


『艦長、ハクラから緊急の連絡が届いてます』


 アルセウスの艦長室の大きなベットでリンとの時間を邪魔されるのはいつものこと。しかもどうせセルフィンソン絡みだろう。


 本当に貴重な時間なんだけど、さすがにハクラのことを放置もしておけない。


「リンごめんね、またすぐ戻ってくるから」

「大丈夫ですよ、こっちはむしろ時間が足りないくらいなので、でもこうして来てくれるのは本当にうれしいですよ」


「マテリアルボディーでしか今はすぐに会えないけど、毎日会いに来るし暇があれば連絡するから」

「はい、愛してますよ旦那様」


 その言葉を聞きながら瞳を閉じてカウント2で村の本体に意識が戻る。そして目を開けると視界の左上でアルセウス艦内のリンの姿がこちらを向いて手を振っている。


「よし!」


 と寝ていた体を起こして気が付いた、服が着替えさせられているではないか。


 バニースーツと呼ばれるものを着ている自分の体にあるはずのおちんが無い。無意識でもアルセウスならそれを操作できる、つまりあいつもグルか!


 こんな格好で今からハクラやヒヒラのいる盾の家紋の工房へと向かうのか?身内にも見られたことないこの姿を?!いや無理無理無理!


「シャユランはどこに――ってヒヒラとハクラと一緒にいるじゃないか!ならここで着替えて!……え?これ一人で脱げない?」


 つまり着替えることはできない、なら上から何かを羽織れば!そう考えた俺に突き付けられた現実は身に着けられるものが女物しかないことで。


 しかもどれを着てもサイズ的に不自然になってしまう、走れなくなり歩いても遅くなりそうなものばかり、スカートを穿けばまだ大丈夫か!ウエスト!


 色々考えた俺に容赦なく突きつけられる第二の関門、ヒールを脱ぐことができない。


「終わった、これじゃ走れない、ここから工房まで数十分……髪の毛も無駄に可愛くされてる、もうこんなの」


 そうして考えるのをやめた俺は、私室から堂々とバニースーツで歩いて出て行った。


 親戚がいる中を歩いて、父たち男衆がいないことがせめてもの。


「おいあれ、あれ見ろ、カワイイ格好した女の子だ、誰だろう」


「おいベラード見て見ろってすごくいいぞ!」


「なにが……は!可愛い……抱きたい誰の嫁だ?」


「いやまだ成人したてだろあの胸は」


「たしかに」


 狩りから帰ってきたんかい!あ~絶対話したくない、絶対触れられたくない、胸も明らかに盛りやがってアルセウスは!もう!


 半泣きになりながらそれでも歩き方は堂々と、近寄り辛い雰囲気で歩くしかない。こんなの親に見られたら――


「ほらあの子、タジンに似てないかしら?」


 か、母さん!


「ん?そうか?カワイイ女の子じゃないか、嫁にほしいくらいだ。ぐふぅ!」


 母さんの肘が脇にがっつり入った父に俺はもう真っ白になった。


「そうだ、私はタジリンなの、この村のどこかの娘なの、そうなの――」


 自己暗示にも似たそれをしなければ、きっとあの場で立ち止まって歩けなくなっていただろう。俺は父や親戚の妙な視線を受けながらハクラたちが待つ工房へと向かった。


 工房に着く少し手前で俺の前に立ちはだかったのは従兄弟ベラードと同世代の盾の家紋のラクライで、全力で女の子の気を引こうとする彼のむなしい努力の関門かんもんだった。


「やぁカワイイお嬢さん、俺この家紋の最年少――じゃなかった二番目に若い男でラクライって言うんだけど、お嬢さんは何て名前だろう?あ、待って!名前を当てれたら俺の部屋に行こうよ!それがいい!」


「……」


 助けてくれぇ~。


 無遠慮に肩を撫でてくるこいつを、ナノマシンによって盛られた胸を上からのぞき込むこいつを、時々妙に全身を舐めるように見るこいつを、誰かぶっコロ――


「もう!待ってたわよ!ちょっと!ラクライさん!うちに手を出したらハクラが黙ってませんけど!」

「ヒヒラ!ち、違うんだ!お前たちのとこの子だと知らなくて!すまない!すぐに謝るからハクラには言わないでくれ!」


 ハクラの名を持ち出してラクライを怯ませることができたのは、格闘術で彼がハクラにボコにされたからで、それ以来彼は彼女の名前を出すだけで逃げ出すようになった。その時だいたいの男をボコにしたためハクラと聞くと逃げる男は多い。


 去り行く背中を見ながら俺は触られた肩を素早く何度も汚れを落とすように手で擦った。


「来るのが遅いと思ったらなんて格好してるんですか」

「……これはアルセウスとシャユランが――」


 足元から頭のうさ耳までを一瞥いちべつしたヒヒラは親指を笑顔で突き出す。


「カワイイからありですね」


 俺は彼女たちにとってきっとおもちゃになってしまったのだ。そんな考えが浮かぶほどに俺の扱いはそこはかとなく酷い。


「で、ハクラが大変ってのは?」

「あ!そうだったわ、あの子のところにまたセルフがきて言い寄ってるのよ、あの子も嫌がってるし巻き込まれたシャユランもだいぶん疲れてるしもう大変なの」


 またあいつか、そう思いながらヒールを履いてるバニースーツの自分のことも含めて溜息を深く吐いた。


 工房に入ると早速机を挟んで左側にセルフがいて反対側にハクラとシャユランが座っている。俺はしれっとヒヒラと一緒に手前側の椅子の一つに腰を下ろした。


 俺が現れて座る間セルフが凝視しているようだったけど、さすがにハクラの前では失言もすることなく頭の中で完結している様子だった。座った俺はとりあえず話の流れを横で聞いていることにした。


「だから嫌だと言ってるんですボクはこの村で十分満足してますし、タジン様のこと好きですし」

「それらを考慮した上で言っているんです!ぜひとも家に来て働いてくださればこの村ももっと豊かになり、旦那さんも喜ぶと思うんです!それに旦那さん、タジンさんもきっと妻が一人でもデイゼ家に仕えているとなれば鼻が高いでしょう!うん!きっとそうだ!」


「だ・か・ら!全部あなたが勝手に妄想してるだけのことですよね?ボクはもう何度も断っているのに!」


 こ、これはあれだ、ストーカー思想に染まってるやつだ。自身のご都合主義で世界を他者を駒のように考えているクレイジーなチンパンだ。


 この手合いは常に自分中心でしか物事が考えれないため、相手が拒否していてもそれを拒絶するし、相手が拒絶するならそれは裏切りと考える。いわゆる化け物だ。


 この状況を打開するのはハクラ自身の場合は徹底的に無視しながら体が触れる距離に近づいたらハサミ等で防衛して恐れを植え付けることだ。


 恐怖はいい、相手より優位に立てる。


「おいアンタ、俺の妻が嫌がってるだろうが」


 まずは机の上に立つ、セルフは丁度テーブルに手を置いてある、なんて踏みやすそうなんだ。しかも俺は今バニースーツでヒールを履いてる、つまりかかとの部分で踏まれたらさぞ痛いだろうなってことだ。


「き、きみはぴぎぃ!」


 手の甲に無造作に下ろした足はしっかりとそれを踏みつけ、セルフの顔は痛みに悶絶もんぜつする。


「がぁああ!痛い!ちょ!やめ!」

「二度と俺の妻を怖がらせることも付きまとうこともするな」


「いだい!いだいた!」

「あ?いいな?俺の妻に二度と」


 踵はそのままでつま先を左右に振るとグリグリと手の甲を痛めつける。その感触は俺の足先から脳まで簡単に伝わり、手の甲の処遇を握っているのが自分の力加減一つであることが分かる。


「いいか?分かったか?」

「わ!わかった!わかったから!踏まないで!踏まないで!」


 ダメだ、まだ恐怖が足りないかもしれない。


 念のために俺は彼を蹴り、椅子から転げ落ちたところを一瞥してテーブルから飛び降り、のたまう彼の一物を踏みつけるのに椅子を蹴ってどかすと股間に足をゆっくりと押し付けた。


 さすがの俺も最初から潰すつもりでは足は下せない、同じ男としてその痛みが分かるからだろう、でも今は男の娘だからいいのかとも考えなくもない。


「な、なにを――」

「体に教えとかないと、またするかもだし」


 約二分、悶絶するセルフの股間をグリグリと踏み続けて、その様子にハクラは泣くほど笑っていて、ヒヒラは呆れ、シャユランはあたふたしていた。


 体を床でピクピクとさせる彼を見つめながら、彼がズボンにお漏らしとしてシミをつくるとその部屋に入ってきた盾の家紋の子どもたちに教えだすヒヒラ。


 まったくどうして……これは異常だ、異常でしかない。


『何でしょうか艦長』


 アルセウス、脳内汚染を確認した。


『?いいえ、そのような事実はありません』


 俺は、俺の脳が男の娘としての快感を認識しているんだ!これは汚染だ!


『……艦長、それはとてもいいことです』


 よくない、ほら俺の頭を精密検査しないと俺の中の漢らしい艦長像が狂ってしまう。


『一言、一言だけ言わせてい下さい艦長。カワイイは正義であり最強であり無敵であると肯定します』


 ……で、その心は?


『男の娘サイコーです、この野郎』


 だめだ、アルセウスもハクラと同じで俺に男の娘を求めているらしい。これはアルセウスも汚染されているようだ。



 この後ハクラに対するストーカーはいなくなった。ただ、しばらく俺を探して村を彷徨さまようセルフの姿を村の全員が離れて見ていた。


 彼は呟く、「」と――


 俺は呟く、「」と――


 村に伝わる一説にウサギ姿の少女を見かけたら注意しろというものがある。そしてこう続くのだ。


 その傍には【踏んでくれオジサン】が必ずいるぞと――

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