12 導師が野盗で艦長が戦闘


『艦長、接近する武装集団を確認、導師も複数いるもようです。このままなら四日で目視できます』


「野盗だろうな、多分前回の五人組もしくはタノモンの口からこの村が噂になってしまったかだろう」


 俺はアルセウスのステルスドローンによって映像で姿を確認する。もちろん顔の毛穴だって見ようと思えば見えるほどの画質で、強化された俺の眼ほどの鮮明さがあるのは必然。


 対象、導師4、歩兵23、なかなかの規模。戦闘慣れしているところを見ると近領から狩りをしながらここまで来たのだろうが、どうやら目的はドレイを手に入れたい様子だ。


 後続の馬車、荷台にはから牢屋ろうや、ドレイ以外に必要のない積み荷だ。この惑星のことはすべて把握している。今この領地にいる敵対する可能性のあるやからも把握済みだ。


『前回同様私が相手をしましょうか?艦内の者たちも彼らのこれまでの行いを見て村を心配しております』


「心配か……彼女たちはまだアルセウスの性能も俺の実力も知らないからな、こればかりは経験がものをいう。よし!俺が今回は戦おうかな。印の使い方も実戦次第で何か分かるかもしれないし」


 相手がどうのではない、これは訓練に丁度いい。


 ――――――


 彼らは北の領地で長らく野盗として幅を利かせていた一団。自らを黒砂鉄くろさてつと名乗り、その名の通り一度繋がった仲間とは黒い砂鉄の塊のように一塊ひとかたまりとなり物事に当たる。


 奪う物は価値のある物全て、女も男も売り物になるなら生かして捕らえる。作物が育ち終えてなければそれが育つまで足踏みするほどの集団で、農具すらも売り物にするハゲワシのような生き方をしている。


 かつて彼らはただの農民だった。もしくは商人、いや兵士、騎士、父、夫、息子、それらだった。


 奪われ。


 奪われて。


 奪われた。


 だから彼らは奪う側になった。


 血が沸騰するような、はらわたの奥が掻きむしられる感覚。怒りも憎しみもすべては快楽へと変換される。


 その変換は時間が無理やりに行い、誰も彼もがきっとそうなる。命など排泄物に混ざる宝石と同じだ。磨かれ飾られてさえいれば綺麗なものだが、一度排泄物の中に混ざればその瞬間から誰にも気にもとめない、気づかれずただただそこにあるだけの小石と同じだ。


 食う寝る食う働く食う寝る食う寝る――それをただ、食う寝る食う殺し奪い食う犯し寝る食う寝る食う――に置き換えただけ。


 家族はなく、友もなく、いるのは戦友だけ。食い飲み語り笑い合う戦友、それさえあれば彼らは過去を忘れることができた。


 今だけを生きれば過去は忘れられる。過去さえ気にしなければ奪われたことさえなかったことになる。


 酒はいい――

 忘れられる。


 殺しはいい――

 忘れられる。


 女はいい――

 忘れられる。


 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて――

 忘れる。


「どうだ?」

「見たところ門に二人だけだ」


「つまりざっと百くらいの戦力ってとこだ。いや、子どもの数が女に偏ってたらもっと少ないだろう」

「どこの村でも同じもんだ。森に囲まれた地域、北側に大運河があってダン橋の通行料的に行き来は少なく、しばらく外と繋がりの無いとみえる」


「本当に美男美女の村なんだろうな、閉鎖的な村は近親者が多くて顔面が似たり寄ったりになる。だから美男美女ってことは村を潰すより繁殖させてまた襲う方がいいかもな」

「たしかに、半永久的な美女美男製造工場になるな」


 二人の斥候が遠目からそんな会話をしてる。戦略のための状況把握、敵の面だけでその腕前をいかに把握できるか、それがケンカでも略奪でも戦争でも生死を分ける。


 賢さを大事にしている奴は強くはない、が、個で強くなくとも集になるとそれがくつがえる。個と集では強さの質が違い、それ以上に増えるとさらに質が変わってくる。


 それを知ることは弱さを知ることだ。弱さを知り弱さの強さを知る、すると自然につどいになりしゅうだんになりむれなりちからになる。


 先制は弱さゆえに起きうる現象でも状況でもなく、先制は相手の力量を測り終えたから起こる必勝の計略だ。


 それをしないのは戦略知略の弱さからか、すべてを測り終えた上で取るに足らないと相手を侮ったから起きうる傲慢ごうまんだ。


「やぁやぁ、こんちわ」


 小さい子ども、青い髪はサファイアのような見た目で、海より深くそれでいて光によって空のようにも見えた。


 軽快な軽口に不敵な笑み、警戒して身が得物を手に取ることを優先した。敵?いや、村の子だ。まだ子どもなのに随分顔立ちがいい。


「やぁ坊や、きみあの村の子かい?オジサンたちは旅の者でねここで休んでたんだ」

「……やり過ごそうって?まじかよ」


 相手は子ども見た目は普通。ただ、容姿がいい、連れて行けばあいつらのやる気も上がって士気も向上する。


「どうだろう、オジサンたち髪飾りとか売ってるんだけどね、この辺の案内の前賃として一つあげるから取りにこないかい?」

「まえちん?ちんちん?」


「あ~まだ分かんないか~お手伝いのお礼ってことなんだけどね」

「あめ?飴玉?」


「そう!それでもいいよ!」


 ちょろい、やはり子どもは楽でいい、大人のような駆け引きもなく、純粋にこっちの話を信じて講じる策が全て通る。内側のどこまででも入り込めていくらでも内から操れる。子どもがちょろいってことは大人もそうなんだろう、閉鎖的なら普通は警戒心が高いものだが、外敵との接触が少なければそれも育たない。


 平和で恐れることもない、俺らとは違う世界の住人だな。


 子どもを仲間のところへ連れて行くと、ようやく噂が真実だと皆が納得しだした。門番の男二人もそこに弁当か何かを運んでいた女の面も整っていた。そもそも髪の色が綺麗だ。


 この村は他のところの、俺たちとの違いが明らかで、ウンコのような色した髪や栗のような髪がいる中でこの青色の髪はもう別格だ。とんでもない価値が付くに違いない。


「これは上玉だな、貴族様にでも出せるぜ」

「女もボンキュッボンだったらしいぜ!一人飼いたいな」


 悪くない考えだ、一人と言わず何人かほしい、俺だって一人ずっとそばにいる女がほしい。嫌われてもゆっくりと無気力になってもそばに置いておきたい、そう思わせるくらいには美しい女たちだった。


 欲望は貪欲どんよくなほど生存につながり、それと同時に死にも近づく。死は身近だがいつもこちらから近づかなければ向こうからも近づいてこない存在で、いつのまにか気づいたら目の前や真横や真後ろにいたりする。他人を見ているとそれは全く感じられないが、自分自身には常に感じられるそれが死なのだ。


 けれど、油断は時にその存在を忘れさせる。誰もが気にもしてはいなかっただろう。この俺がもうすでに首だけになっているなんてな。


「う!うあぁぁああ!」

「は?」

「え?」

「待てよ――」


 誰もが平等に武器を持つ、それがまさに自身でも気が付いていない武器だ。でもそれは使うことはない武器でもある。何せ生きていることこそが武器であり、死こそがそれを失うということだからだ。


 最初は誰もがそれを木の剣だと思っていた。だがそれは枝だった。何の変哲もないその辺に落ちている木の枝。


 子どもの右手に持たれた木の枝が仲間の首をなぞるように振る。するとその首が鉄の剣でぐように宙を転がるように地面へと落ちた。


 体が考えるより前に剣を鞘から抜いて手にしていた。振り下ろすには丁度いい高さ、子どもだ、その鋼の剣ならば容易く頭蓋ずがいごと体を二つにわかつことができる。


 振り下ろされた鋼は子どもの頭蓋に届かず、いつも目にする空の果ての膜と同質のそれに阻まれてしまう。


「ど、導師だ!」


 叫ぶと同時に杖を持った仲間がいかづちをその杖から呼び出し、子どもの体を貫こうとせまった。しかし、再び膜に阻まれた雷はその半透明な膜の形状を沿うように左側へと流れて空を貫いた。


「盾だと!」

「見ろあいつ手に神のしるべの印を刻んでいるぞ!」


 手に神の導を刻むだと!そんなことをすれば体が神の血の力に耐えられず斬られたはらわたのように飛び散るぞ!


 そんな考えが目の前で否定される。手の甲に刻まれた印により神の導の盾がまるで本当の盾のようにそこにある。常識というものがそうでなかったと思い知らされることがある。それは王立導師試験で天才にあったあの日もそうだった。


 杖に刻まれたそれを四つも使いこなす女は俺の杖を奪い簡単に降伏させた。あの後家に帰るとそこは敵国の兵士の借り拠点になっていて、俺の身内や知り合いは全てを奪われていた。妹が男に乱暴され、女房が乱暴されたあとの姿を目にし、その後はただただ敵を燃やし続けた。


 雷の神の導は炎の上位にあたるが速攻を目的としている。盾は熱を防げるわけではない、なら炎で蒸し焼きにしてやる。


「炎の導よ!我が敵を燃やし尽くせ!」


 仲間の導師の放った神の導が轟音と炎を同時に発生させ子どもを囲う。10、20、30、これだけ時間をかければいくら導師だって燃え尽き――


「な!」


 燃え尽きない。いや、それだけじゃない炎が右腕に集まって、やがてそれは子どもの右手に火球として留まる。


 導師が発生させた炎は神の血のそれ、他人の神の血を操るだと!それはあの女があの天才が!挫折した領域の技!


 震えろ。

 おびえろ。

 おそおののき叫べ。


 三乗さんじょうの言葉、それは今しがた放たれた炎をさらに業炎へと昇華させた神の導。それを知るのは一部の導師だけ。


 右手から放れたそいつはとてもゆっくりこちらへ向かってきた。どうやっても避けられる、そんな考えのまま右へ体を移動させながら左手の盾を前へと突き出した。


「ぎやぁあああ!」


 三人巻き込まれた!盾を瞬時に溶かし、そのまま背後の導師を含む仲間二人を通過していった。残されたものは炭なのか何なのか分からない何かだけだった。


 刻め。


「また木の枝だ!盾で守るな!斬り伏せられるぞ!」


 咄嗟に鋼の剣で受けることを判断した。とんだ馬鹿だ、導師の炎で鋼の剣を燃やされ熱くて手放したことがあっただろう。あの時落ちた剣は火が消えないまま燃え続けたのを覚えているだろう。


「ば!」


 鋼の剣ごとあいつは逝った。それを見てる間に頭の上を木の枝が通過して、兜が斬られたと思ったらその兜の先が手の中に落ちてきて、そこに鍋の具みてぇに赤いぐちゃぐちゃの何かが。


「俺の脳――」


 無理だ、導師の中でも最上位の者の炎に耐えた。勝てるわけがない、どうしてこんな子どもが。


 時々あることなんだ。理不尽というものが形として目の前に現れることが……、そしてそれを前にすると必ずおもうことがある。


「に、逃げろ!」


 逃げろ!

 とにかく遠くへ、とにかく速く。


 逃げろ!

 振り向くな、足を止めるな。


 逃げろ!


 その背後には死神の鎌がずっと先っぽだけ当たっていて、少しでも足を止めると嫌な感覚とともに死を予感させる。


 子どもの頃に高い崖に上ったことがあった。自分の足が地についているようで気を抜けば崖の下へと落ちそうな、でもそう思っているのは自分だけで実際には絶対落ちることのないしっかりとした大地に立っている。


 その恐怖とはそれではない、そんな子ども騙しで未知に怯えている恐怖とは違う。死とはそうではない、理不尽なまでの現実がそこにはある。崖の下が見える、崖から落ちたら死ぬ、そんな優しい死は恐怖とは言えない。


 自分の在り方、自分選択、自分の考え、そんなものが一切関係ない死。それこそが本当の真実の恐怖。


「か、母ちゃん――」


 導師とは何か、それはかつて父上に聞かれた言葉だった。導師とは血筋を重んじて貴族としての在り方を示すこと、そう言った翌日には貴族という地位を失っていた。


 弱い者を守り悪を退治して人々の理想であること、それが導師であると父上は言った。それは自身の描いていた導師とは違う在り方だった。だから俺は子どもの頃から弱さを嫌い強さを求めた。


 お前のような子を育てた自身の血を恨む、父上の最後の言葉だ。雇ったゴロツキは強さをあるべき姿を受け入れてくれた奴らだった。領地の小貴族だった父を殺し母や兄弟たちを仲間に殺させ、父上の専属の筆頭導師の女を犯して殺した。


 後悔など何もない、そう思っていたのに今になって父上や母や兄弟たち、使用人や町の人たち、女導師の顔がはっきりと思い出せる。


 描いていた導師とは何だったんだろう。


「強者とはこんなにも理不尽なものなんだな」


 振り上げられた足に神の導が展開されている。雷でも炎でもない神の導、ただの神の血の塊と言っていいそれに最後の導師の頭蓋が砕かれ、折れた歯が散乱する光景は今まで見たどの死に方よりも痛そうだった。


 仲間たちが死に逃げたやつら以外で最後の一人となって気が付いた。これはきっとこれまでの行いの罰だ。昔神父様が言っていたことが正しかったんだ。


 悪に染まりし者天罰をもって壮絶な死を迎えるであろう、そしてその死後も癒えぬことのないあらゆる苦痛や苦悩の前に絶望するだろう。


 その言葉を思い出した途端に剣を捨て振り向いた。愚かだった、振り向かなければこれ以上の絶望は知ることもなかったのに。


 銀の髪を持つ女、右手を振るうと逃走している仲間の首が胴より離れて地面に転げ落ちる。


「か、神さま――」


 神に殺された者は永劫えいごうの業火によって燃やし続けられる、そんな迷信が目の前に体現したなら誰でも子どもの悪魔に殺されるのを望むだろう。


 振り向いたことを後悔しながらもう一度振り向いて子どもを目にすると、そこには人ではないが人の形をした白いめんのようなだが首もその面と同じく白で、もう何が何だか分からないが化け物がそこにはいた。


「化け物!」


 胸を一突きされ、その怪物の後ろから顔を覗かした子どもは関心した様子だった。その表情はとてもここまでの惨忍ざんにんなことをするようには見えない。


 ああそいうことか。彼らにとってこれは別にそれほどのことでもないんだ。仲間たちとこれまでしてきたことと何も変わらな――


 彼の意識が無くなって、黒砂鉄と名乗っていた者たちは全て死んだ。それは真昼に起こったことではあったが、他の誰も知ることのないできごとだった。


 ――――――


『状況終了しました艦長』


「そうだね、かなりいい感じに戦えてた。強化細胞単体での戦闘記録と一緒に保管して仮想戦闘データを量産しておいてくれ」


『了解、意識混入型ロイドも回収してデータをまとめておきます。操縦者の彼女たちにも休息をとってもらいます』


「パドメさんたち休息をってのは賛成、疲労回復もせず何かしらに熱中するとこがあるからね、脳疲労はナノマシンの劣化にもつながるからちゃんと説明しといて」


『もちろん伝えてあります、ですが……』


 今は新しい未知との出会いに夢中だから無理もないか。今回の意識混入型は複数人で一体のヒューマノイドを操作する最新型で、これを可能にしたのはこの惑星の人の脳がこれまでの人類種とは別物だったからだ。


 数世紀前に提唱された意識混入型は、互いの意識が反発して足元も脳バランサーが互いに反応してこけるような代物だった。でも彼女たち、正確にはこの村の人間なら互いに阻害せず自分の役割をしながら他の役割もサポートすることができる。


 今回の試験で彼女たちがしたことは、前を見ながら左右や後ろも見て、さらに両手両足を最適解で動かすことによって戦いのプロに一対一で勝った。


「一対一の状況を作るまではよかったけど、恐怖で相手は実力が出せないままだったから、あれだ」


『敵と想定するには脅威度が低すぎたことをデータに記載しておきます』

「頼む」


 戦いの残骸も鋼鉄の檻も資源とみなしてドローンが回収している様はシュールではある。血も毛も歯もサンプルでしかない、だからといって全て回収して再利用はパドメたちには見せられない。


 今回の体に印をナノマシンによって浮かび上がらせることは、鎧の家紋の印が気づきのきっかけになった。だからすべての印が物ではなく人体に有効であるとアルセウスの試験データで分かった時はとても心が躍った。


 アルセウスのは、非人類種への対抗策として仮想データで数万回の戦闘データを得ています、なんて言って張り切っている様子で。


「で、彼らの拠点はもう探索しているんだろ?」

『はい、すべての物資を回収し終えてます』


「生存者は?」

『皆無、すべて売買が終わっていると思われます。全ての品物の位置は把握済みです、回収いたしますか?』


 捕まった人たちを全員救うのは少し荷が重いだろうな。


「いや、回収はいいよ。俺たちは別に――」


 神でも何でもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る