11 シャユランとハクラの特別な日


 三か月、まったりと時間が流れる日々。タノモンのような不意で非日常的なイベントはそうは起きない。


 今日はシャユランと一緒に彼女の姉の結婚式の準備の手伝いで、どうして俺が呼ばれたのかだけど、どうもシャユランの姉が鎧の家紋へ嫁ぐのを俺と彼女に手伝わせたかったからだそうだ。


 彼女の姉はリャオメンといい、今でこそ幸せそうなシャユランが前の婚約の時には何度も実家に泣きに帰っていたから、リャオメンからすると泣き虫な妹を置いて結婚することを心配していて、しかも相手が村で有名な頭の悪そうな年下男だというのだからもちろん心配もするだろう。


 16歳の誕生日の一週間以内には結婚式を挙げることがこの村の当たり前。男の比率が高かった頃も当然のように女は16で結婚していたため、年齢的には今までと何も変わらないが、やはり結婚相手と恋愛結婚できる確率は男の比率が高い時だけ高い。


 そんな中実はリャオメンが恋愛結婚で相手は幼馴染というかなりのレアケース。もちろん相手と同年齢で幼馴染は9人いるが、その中で唯一彼の心を射止めることができたリャオメン。実は完全に彼女の手のひらの上で彼がおどった結果であるのは彼女と妹のシャユランだけが知っている事実。


「タジンくんだっけ?妹のことよろしくね」

「……」


 で、どうしてリャオメンと2人きりなの?と俺自身も思うけど、それは彼女のわがままが原因なのだが、どうもシャユランのことで話があるとかなんとか。


「あの子、あいつ……ダオのことが好きだったの、ダオと私が幼馴染なように、ある意味あの子もダオと幼馴染だったのよね」

「……」


 それを俺に話すことの意味は何となく分かるけど、俺がもし普通の7歳なら年相応に分からないと思うけど大丈夫そ?


「あの子が婚約してた人、悪い人ではなかったんだけど、ダオと比べてしまって受け入れられないあの子の気持ち、そういうの全部私だったらって考えちゃって」

「……」


 いやいや、シャユランの考えはシャユランに聞かないと分からないからね?


「そうしてるうちに私とダオは結婚するし、あの子はきっとそこから目を背けるためにタジンくんのもとへ行ったんだと思ってたんだ。でも今日あの子を見て分かったことがあるの……あの子は今恋をしているわ、あなたに――」

「……」


 いや、彼女が好意を持ってはいるけど、今恋しているのはおしゃれになんだよね。ネイルも口紅だってそうだし、本来の美しさをさらにそのスキルで向上させることに今まさにどっぷりと浸かっているんだけど。


「まるで初恋のようなあの子の笑顔、きっとあなたがそれだけ魅力的だったのよ」

「……なるほど~」


 彼女に対して阿呆あほの子を演じる俺が急に真面目になることはない。だけど、どうやら見透かされているようで。


「言っておくけど、リンに色々押し付けてるようだけど、あの子が私たち盾の修学の中で一番秀でていたわけではないのよ?凡人より少し上というところよ。あなたが裏で色々やっているのは見てればバレバレなんだから」

「……ですな~」


 そんなことは百も承知なんだけど、気づけるのは盾の家紋の女の人たちだけなんだよ?他の人は、親でさえ気が付いてないんだ。


「にしても、化粧については妹に教えてくれてありがとうね。私の結婚式に間に合って良かったわ」

「……」


 いい結婚式になりそう、そう言った彼女はようやく俺を開放してくれた。その後はリャオメンとダオの式に参加して、美味しいとも言えなくはない鳥の丸焼きを食べて一日を終えた。


 帰り道、シャユランは俺の手を握って普段は絶対しないであろう抱っこを試そうとする。が、その腕力の無さから数秒で俺をズルズルと下ろしてしまう。


「シャユラン、無理しなくてもいいよ」

「ご、ごめんなさい、私腕力には自信がなくて……あの、タジン様、今日はありがとうございました。お姉ちゃんとても幸せそうでした」


 綺麗なエメラルドグリーンの髪の毛を胸の前でいじりながら、彼女は俺に少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。こんな彼女は珍しい、というか初めてだ。だからだろうか、俺は彼女の手を握って少しキザに笑いかけた。


「可愛いなシャユランは、ほら、帰ろうか」

「はい!」


 その日から俺たちの距離はグッと縮まった。とともに彼女とリンやヒヒラたちの距離もかなり縮まった。


 にしてもシャユランはリャオメンと似てるし、胸のポテンシャルはヒヒラより高い可能性を秘めてるな。ただ、身長は低いから胸の重さでめっちゃ肩こりそうだけど。ん?身長が低いと肩こらないんだっけ?あれ、記憶のデータが曖昧あいまいだな。


 アルセウスにメモリーのキャッシュを整理してもらわないと、なんて思いながら家に帰った。



 さらに一か月、あれからもう少し時間が流れ、今日はハクラの用事に付き添いで今日は彼女に抱っこしてもらっているけど、ヒヒラよりも胸の反発がなくて掴まりやすい。


 ハクラが今俺に頼んで楽しんでいるのはもちろん実験だ。と言っても普通の化学的ばけがくてきなものでも科学的なものでもない。それは恋の実験――


 互いの唇に指が触れる、頬や鼻や首筋になぞって指をわす。そのうちのどれが最も胸がときめくのか、ハクラは俺の唇に興味があり俺は彼女の弱い耳を優しく撫でる。


 最初は冗談半分の恋人ごっこを俺が始めたことがきっかけだった。始まりは皆がいるところだったけど、今ではとある監視者以外には見ているものはいない。休日も彼女はシャユランの手伝いをしたあと俺に付きっきりになる。


 まるで隠れて誰にも見られてはならないことをしてる、その状況を彼女が望んでいるようだった。


 俺が7歳の体でなかったなら、俺の理性の牙城がじょう堅牢けんろうでなかったなら、一線は間違いなく越えてしまっていただろう。


「ね、タジン様」

「なんだい?ハクラ」


「私って大っ嫌いだったの、剣の家紋の男がガサツで汚くて、だからタジン様を選んで別の人と結婚したかったんです」

「知ってるよ」


「でも今はタジン様がいい、タジン様の将来が楽しみ」


 まったく、エメラルドの髪が光の加減で藍より青くなって、身長は低いのに色気がヒヒラよりも出てるんだハクラは。


 ようやく15になったばかりなのに、もう女の振る舞いができている。男が男の振る舞いができるようになるまではもう10年は必要だろけど。ま、リンと比べても仕方ないけど彼女よりも精神面も肉体面も大人だ。


 リンはもう三年もするとハクラのようになるだろうけど。時はゆっくりと流れるもので、待ちどうしく思うこともまだまだ早い。


「ね、タジン様は何者なの?」

「何者?ハクラは俺が何に見える?」


「そうだな~、神様がその体に入ってるのかもしれないし、天使様がその体に入ってるのかもしれないわ」

「そう見えるんだね、面白い」


 彼女が何度も胸に手を当てる意味がようやく分かった気がする。俺の心臓が動いているかを確認してるんだ。


 この村での神や天使というやつは心臓の鼓動がないらしいというのを見聞きして知ってる。だから、彼女は俺を神や天使なら心臓の鼓動が聞こえない、そう思いながら確かめているんだ。


 別に信心深いわけではなく、それを言い訳にして俺とのスキンシップを楽しんでいる。もちろん俺も楽しんでいる。


「いつかは結ばれることが決まっていて、いつかはあなたのものになる。ああ、なんて幸せなんだろう」


 彼女はそう言いながらまた俺の鼓動を確かめる。


 きっと彼女も俺の大切になるのだろう。


「あ!やっぱりここにいた!また二人きりで隠れて!もう休憩時間終わりですよ!」


 こうしてリンが見つけて連れ戻すまでが日常。この日常はきっとずっと続くのだろう。明日も明後日も来年も再来年も十年後も五十年後も。


 多分場所は時とともに移り行くだろう、けれどそれも日常になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る