10 徴税官来訪


 最近羽振りがいい、そんなことを周囲が思っていることを俺は知っている。この村は均衡きんこうがとれていた、だけど、軟膏なんこう・洗濯・美容関連・女性の下着・子どもの娯楽ごらく・羽毛布団・風呂・ネイル、もろもろがこの村のバランスを完全に壊してしまった。


 それらすべてがリンとヒヒラとシャユランとハクラたちの功績とされているため、四人には次々に縁談が持ち込まれ、なんなら元婚約者たちは肩身が狭い思いをしているとか。でもいい縁談も何もかもかたくなに拒む状況で全員が盾の家紋であることもあって、周囲では俺のことをもう一度見極めようとした――らしいのだが、再度ただの無能であると周囲は判断した。


 だから四人へのアプローチは今も続いているけど、父アデジオの睨みが最近鋭くなって男たちは距離をとり隠れて接近するようになったものの、村の女性陣たちが彼女たちを擁護し始めたことで彼らも隠れても何もできなくなってしまった。


 にしても最近父と母の夜がすごいらしい、と母ユノアと母デリナの会話で聞かされてしまう。あまり母に無理はしてほしくないけど、本人が満足そうなのでそれはそれでと思っている。


「でユノア母さん、これはどうゆう遊び?」

「あらあらこれは遊びじゃないのよタジン。これは血のつながりの無い母子の体と体のお付き合いよ」


 はいはいスキンシップね、言い方ってものがありますよ。


 おっぱいの大きさでならタリン母さんを上回る彼女は最近よく俺を可愛がってくれる。ま、俺の作った美容液などのテスターである彼女が俺を気に入ってくれただけだけど。


 リンから声をかけるのはなかなかにハードルが高かったようで、仕方なく俺は母三人には本当のことを教えたからだ。最初は疑心の視線だった彼女も最近ではすっかり俺を可愛がり、それと同時にリンたちをからかっている。


「またリンが頬を膨らましてこっち見てるから、もうそろそろ爆発しちゃうかも」

「あらあら、たしかにもうそろそろ爆発しちゃうかも~私のおっぱいが~」


 母乳が――と言いたいのだろうけど、搾乳機でもアルセウスに作らせるか?でも宇宙統合機構基準法で未開惑星にて制作不可能なものを制作してはならないとあるし。基盤がないものは作れないし母乳を飲む赤ちゃんがいればだけど、妹たちの食事はもう終わってる。


「ね、タジンが飲んでくれない?」

「……」


 ぜひ!と言いたいところだけど、リンたちが見ているところでそれはちょっと。


「あ、搾乳すればいいんだ」

「ん?さくにゅう?」


 そうさ、搾乳は何も道具ありきではない、哺乳瓶のようなものと滅菌と保存さえ可能なら!


 真剣に考えたけど、結果的にユノアさんは自分で揉んだりリンたちに揉ませたりしてそれに対処した。


 ユノアさんとのスキンシップを終えた俺は、昼食後の運動をしようと南の森へと移動した。そこにはアスレチックの遊び場があり、飛んで跳ねてつかまって重い物も持ち上げて、と見た目だけトレーニングをすることができる。なんてことを本当はする必要もない、てのもナノマシンの加重や拘束で体の運動は十分間に合っているからだ。


 成長さえもナノマシン、筋力もナノマシン、俺はほぼナノマシンで構成されたロボットのようなものだ。だからトレーニングは意味がないし、成長にご飯と栄養が意味があるだけでそれ以外はもう特別製である。


「次は印付きの鎧の製作だけど、現状鍛冶師がいないこの村で木造以外の鉱石製の道具や武具はなかなかに無理があるか」


 本当に包丁さえ石を磨いただけのもので切れ味は最悪で、肉から皮を剥がすのにも一苦労していた。だけど印を印した木剣やナイフを使えばそれに関しては解決して、鉱石のそれと比べても性能は見劣りしない。マナを纏えば鉄だろう木だろうと石だろうと性能は変わらないため、そうなればもう何製だろうとかまわなかった。


 でも防具は違う、他のように瞬間瞬間でマナを流すなら別にそれでいいが、攻撃されたりする時だけそれをするのは誰でもできることじゃない。そもそも常時発動させれば問題解決、だけどそれができる人間は俺以外にいない。だから鎧の家紋の印は盾の家紋の印と比べると実用性が低い。いや、もしかすると他の用途があるかもしれないからまだまだ検証の必要性がある。


「鎧……やっぱり鍛冶師がいるかもな、いや、鎧を買い付けるべきなのか?」


 俺がそんなことを考えながら木の棒を振り回していると不意にアルセウスが連絡してくる。


『艦長、村に近づく人類種を確認しました。武器も防具も装備していないことから敵対している様子はありませんが、導師という可能性もありますが先制しますか?』

「いやいや、せっかく敵意の無さそうな奴が来てるならこの村の発展のきっかけになるかもだし、それにこの領の頭が変わって領地内のいさかいも沈静化ちんせいかしたんだから、これは公務でくる奴か商人かもだろ?」


『商人にしては軽装です、商品らしきものも買い付けの様子もない、むしろただの身なりの良い浮浪者ふろうしゃかもしれませんが。艦長命令を優先して放置することを了解します』


 鎧の家紋の門番がうまく対応してくれればいいけど。


 門番は革鎧と槍を装備した向こうからすると一般的な町の衛兵よりも弱く見える武装で、そうそう敵視されることはない――と思いたい。



 二人の門番に対して彼らは一人と一匹、馬にまたがりやってくる。


「やぁどうも」

「……どうも、で、何用だ?」


 風貌ふうぼうは商人に近いが、どこか身なりの良さもある。貴族ではないが領地に属していることは見た目で分かる。


「私はここの領地を任されているバルグリフ=デイゼ様に仕える徴税官ちょうぜいかんタノモン。バルグリフ様の命によりこの地の収穫から税を徴収したく思う」


 タノモンと名乗った彼の言葉はこの村の人間ならある程度は理解でき、徴税官の意図も理解に及んですぐに丁寧な対応をする。


「お前は里の代表を集めてこい、俺は彼を大客間おおきゃくまに案内する」

「分かった」


 そうして何事もなくタノモンは村の西の田畑近くの旅人たちや来客ようの大客間へと案内された。


 案内された部屋は天井が高く平屋でごくごく平凡な様子だった。彼もそれらをじっくりと見渡すと内心、食料しか税としてとれないだろうと思う。だが、その次の瞬間に彼の考えは大きく変化する。


「失礼します」

「はい……なっ」


 なんという美人!しかも二人いや三・四・五!次々!


 食事の用意に現れたこの村の女たちは彼からすると絶世の美女たちばかりで、思わず唾を飲み込んで口を開けて呆けてしまう。既婚者だらけだった彼女たちは、もちろん全員が出産の経験がある、つまり人妻子持ちの者たちだった。


 村の様子から税は一割取れればいい、そんなことを考えていた彼は頭の中であらゆる計算をして、どうにかこの中の誰かを自分のものにできないものか、そんな考えの中で入ってくる老人集。だが彼は再び奥歯を噛みしめて、入室してきた老人集の女たちに視線が釘付けになる。


 年齢は40から老人集に席を置くこの村では、一番上が52歳でとても老いているとは言い難い容姿をしている。それは男にも当てはまるものの、今の彼には現れた背を真っすぐに伸ばした彼女たちのゆったりとした歩きに見入ってしまう。


 全員と言っていいほど美人が座り終わると、彼は思わず目を閉じて深呼吸した。


 なんちゅう美人だらけの村だ!危うく飛びつく程の色気がある!


「我らはこの村の老人集、本来代表は若いやつらだけど今は狩りに出ていてな、すまないが年寄りばかりで話を聞くことになる」

「い、いいえ、年寄りなどと、女性も男性もまだまだ若いですよ」


「なんだい、うれしいことを言ってくれるじゃないかい、あたしも49になるが抱けるかい?あんた――」


 抱ける、と言いたい気持ちを抑えて彼は言う。


「あなたが30と言っても私にはまだ20ほどに見えますよ」

「そうかい?この村の男集はそんなこと言ってくれないけどね~」


 その言葉に男たちは俯いてウトウトしている様子だった。


 タノモンはその様子でこの村のズレをすぐに認識する。この村の女性は老いていても美しい、が若い女も美しいから年寄りが相手にされないのではないか、と。


「で、あんたは何をしにこの村へ?徴税官ってことは税を納めろってことかい?」

「話しに入る前に、私はタノモンと言いますあなた様のお名前をお伺いしても?」


「私はこの村では最年長のパドメと言う、代表というわけではないけどね、年寄りの中では一番顔が広い」

「あちらの女性は?」


「あたしかい?メルダってんだ、よろしくな坊や」


 彼女が妖艶な笑みを浮かべてそう言うと、彼はにへらと口元を緩める。


 その様子を見ていたタジンはアルセウスと一緒に警戒のレベルを下げてその続きをゆっくり鑑賞し始めた。


「お美しい方々、この村は今私たちの領主によって外敵が訪れないようになってます、それは実感できるものではないでしょうが、私たちは元々はその外敵となりうるこの村のある領地を攻め滅ぼした別の領地の出、滅ぼしたその後を統治しているのです」


「何をどれくらい払えばいいんだい?」


 え?ッという表情で彼は目を丸くする。その様子にパドメは真剣な表情で言う。


「私らもこの土地が外敵が現れない理由ぐらい理解しているつもりだよ。前の領地の主がいなくなって新しい主がいるってのは初耳だが、いつかはこうなると考えてはいたよ。だから何も驚くことも拒むこともない。まぁあまりにも税が重すぎたならこちらも頷けないけどね」


 タノモンは好意的な村の住人に頭の中で素早い計算をし始める。容姿・態度・村の様子はあまり取れる物もない、が少なく見積もればこの村に徴税官として友好が築け、それはこの村の女性との接点が増え長期滞在でいつかは。


 彼の打算はとても的を射ているもので、この村の熟女たちは男とはすでに縁遠くなってしまう。だから少しでも女として扱われると妊娠のリスクも無視して相手してしまうかもしれない。


 そうして徴税官タノモンは意を決して言う。


「一割!作物の収穫物の一割、これでどうでしょうか?」

「ふむ、こちらとしては文句も無いね、書面で何か残してもらえるならなお」


「もちろんです、こちらが領主印が押された同意書となります、これを保管しておけば徴税官が私ではない者になっても覆ることはありません、ですが!紛失だけには気を付けてください」

「ふむ、分かった」


 その後は珍しい客に対し軽い食事会、お風呂や洗髪料はすべて彼の眼の届かないところにあったが、村の若い娘は隠さずその服装は歩けば生足が見え隠れし、谷間も時に見えそうで見えない状況に目移りも加速した。まさに頭隠して尻隠さず。


 そもそもこの村の羞恥心は無いに等しく、それが幼い頃から下女として他人の男の体を洗う手伝いの習慣があったからで。女の体に興味を持たせるために大人たちは英才教育をしているから。


 ぽっちゃりしてる彼に村の娘たちも少し興味があるようで、遠くから様子だけを眺めるだけだった。


「気に入ってたみたいなのに手を出さないんだね」

「おやタジン様かい?まぁ前なら無くはなかっただろうね、でもまぁ~タジン様みたいな到底計れない存在を知って男なら誰でもって言えるならこんなことにはなってないよ」


 タジンとメルダがいるのは老人集の女たちの建物。もちろんそこにはパドメや他に12人ほどがいて、タジンとメルダの会話をニヤニヤしながら聞いている。


「別にその体でもそういうことはできるんだよ、性能は人のそれと同等だから妊娠も出産も問題ない。なんなら産むまでは寿命を延長できるし」

「必要ないよ、この体が偽物でも身も心もタジン様に差し出したんだ。子どもを産み育て看取られながら死ねる……それだけでも満足だったけど、今はそうじゃないのさ」


 この二人の会話の意図を知るためには少し時をさかのぼりタジンとアルセウスのやり取りを知る必要がある。


 ――――――


 それはアルセウスからタジンに定期連絡とは別の形で始まる。


 タジンがリンと休暇を取っている時だった。


『艦長、村のメス型個体に異常が発生、至急私の案を検討されたし』


「どうしたの急に――」


『メス型個体メルダが内臓疾患による異常により昏睡、このままでは急死してしまいます』


「待てよアルセウス、メルダさんが病気なのは今に分かったことじゃないだろ?どうして急に慌てだすんだ」


 アルセウスはすでにこの村の一人一人のデータをすべて取得し終わっている。村の人間が死ぬのは既に二回経験していて、葬儀でアルセウスが何かを言うこともその後何かを言うこともなかった。


『この村のメス型個体は知性や容姿に優れ、単一の能力を所持しているため艦隊クルーとすることを要望します』


「……つまり、メルダさんが死ぬことを回避するってこと?アルセウスがそうしたいのは分かったけど、それをするってことは俺のことを話すだけじゃなくアルセウス自身に乗せることを意味しているけどいいのか?」


『艦にクルーが必要なことは艦長も理解しているでしょう?艦のデータベースからメス型のクローンを作ることは可能ですが、どれもこの村の個体より劣るのです容姿は最小ですが、身体能力神の導はまだマナハートの移植の成功例がなく、その確率も今のところ低いと報告しました』


「だからすでにそれが身にある者を――って?極端な選択だな」


 タジンにアルセウスが懇切丁寧にことの重要度や優先度の高さを説明するも、彼はあまり乗り気ではない様子で。


『艦長、どうして拒むのか説明を要求します。合理的ではないと進言します』


「そもそもリンたちがいるのにって話だよ。俺としてはリンやヒヒラたちもだけど、既にクルー候補といえる人がいるんだ。なのにわざわざ死が近い人に真実を教えてまでと思うけど」


『……成長です!艦長が成長するまでに真実を教えることなく個体リンや個体ヒヒラにクルー教育をするのは無理です、だから村からいなくなるメス型個体は大事に確保して今から教育するのです』


 あまりの押しにタジンも呆れた様子で言う。


「仕方ないな、数人個別で話をして相手が拒むようならそれを尊重することにしようか。で、もちろんマテリアルボディーは用意できているんだろ?」


『百体、今のところ母体となったことのある者たち全員のものをクローンに近い形で製造し保存液の中に保管中です。使用した素材はもう再採取完了しております』


「用意周到だな、ここまでくるとメルダさんはもう船室に移動させマテリアルボディーと交換済みってところか?」


 マテリアルボディーは旗艦アルセウスのコアのネットワークと繋がっていて、数週間前から本物のメルダは艦の船室のベットの上で、そこから意識だけ村にいるマテリアルボディーへ送り無自覚なままそれを動かしていた。


「後は村の方を眠らせ、そのまま艦の本人を起こして話をするわけだ……嫌だな~」


『?何を嫌がることがありますか?彼女たちの年齢ですか?調整剤で30でも20でも好きにできます。もしかすると他人の妻だったことが――』


「違う!そうじゃない!俺まだ7歳だよ?艦長です!ってなんか格好つかなくない?」


『だったらホログラムでお好きな歳の姿になればよろしいのでは?』


 その手があったか。そんなやりとりのあとタジンは20歳の姿でメルダの前に立ち、彼女に大まかな流れを話して彼女はそれを受け入れ、村での死はアルセウスへのクルーの一員になることを意味することになった。


 その後老人集の女たちは全員がタジンとの対話を終え全員が受け入れた。主に若返れること、無病であり不老であり、なによりアルセウスにほぼ無限にある知識が彼女らを頷かせた。


 老いた後の退屈は彼女たちに死を受け入れさせるだけのもので、それを払拭するアルセウスという存在や知識も娯楽も何もかもが死を選ばせなかった。そう死の選択とはつまるところ退屈と絶望の終着地点、体が老い動くことも痛みでままならない、それは退屈を産み育てやがて死を望む。老衰して死ぬことはつまり絶望の中で死ぬのと変わりない。


 誰かに見守られながら死ねるなら幸せ?そんなものは見守る側のエゴでどんな状況でも死とは死でしかない。後悔も絶望も未練も希望もその形は様々な意味であり、最後に死にゆく人たちの思いはその人にしかわからない。


 ――――――


 そうしてメルダやパドメたちはマテリアルボディーが本来の体の死期を迎えるとそのまま土葬され、意識は死と同時に本来の体へと戻りアルセウス内での生活が始まる。


 死ぬまで待てない、そう言う者もいるだろうと思う。その場合は寝ているようで実際は本体に戻っているということも可能で、既にパドメは昼寝と称して毎日アルセウス内の若返った体でデータを読み漁っている。最近の彼女の楽しみは宇宙学らしい。


 タノモンが滞在を終え帰ろうとする頃、彼のぽっちゃり体型は少しだけさらにふくよかになり、その原因がこの村の料理であり彼の胃袋は止めどなく受け入れ、実は美味しいからでもありこの村の男たちが彼を食事の場で逃がさなかったからだ。


 彼が自分の妻に言い寄るかもしれないと男たちは警戒していた。実際女たちは彼に興味深々で浮ついた雰囲気になっていて、男たちは料理により彼を終始監視していたのだ。


「ではタノモン殿、次来られるときも歓迎する」

「はいゴラル殿、この税を見ればバルグリフ様も必ずお喜びなります。あなた方をアクセラの領地の一員に迎えられたこと必ず王都におわすベッテンバーリッツ国王へお伝えしますゆえ」


 タノモンとがっちり握手を組み交わしたゴラルは彼の食べっぷりに関心して、将来娘を――とまだ生まれたばかりの子どもを嫁に出そうとするも、タノモンは子どもに興味もなければ逆に可哀想だと言って断っていた。


 この村の価値観がとことん違うことにタノモンは今もまだ戸惑っている。


 そんなタノモンは帰り道でもそのモヤモヤした気持ちを消しきれず、領地の首都アクセラと中間の都市の酒場で酒を飲みながら同席した男に村の話を饒舌じょうぜつに語ってしまった。それを聞いている外套がいとうで頭まで隠している二人組がいることも気にせず。

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