8 これがミスレール黄星雲カースーン星域防衛艦隊第7艦隊の実力


 タジンに妹が二人生まれた。


 正確には異母妹いぼまいが二人で、ユノアとデリナはようやく出産を無事終えて娘たちと赤ちゃんを囲んでキャッキャとはしゃいでいる。男児が生まれなかったことには少しだけ周りが溜息をついたが、それはタジン以降若い男児が産まれていないことが原因だ。


 だからだろう、最近アデジオが頻繁にタリンのところへと通うようになり、他の人妻のところへ向かっていた足も自然になくなった。その理由の一つにタジンが工房でリンやヒヒラたちと一緒に寝泊まりするようになったからでもある。そもそもタジンたちがお風呂を作ってからは、リンやヒヒラだけでは思いつけないであろうことに盾の家紋の人間が気づき始めて、ヒヒラたち以外の娘たちをタジンの嫁にしたがり始めた。


 そうなるとさすがのアデジオもタリンにもう一人男児を産んでもらうことを考え出す。タリンとしても手のかかるタジンが将来の嫁、しかも盾の家紋の賢い娘ばかりを傍に置きだして言動もまともになったことでアデジオを受け入れるだけの余裕ができた様子。


 タジンはそんなタリンの様子に満足しつつ、今日も一人湯を沸かすために風呂の沸かし機に神の血で火を点す。現状風呂を沸かす燃料は神の導の印に神の血を与える方法で、それができるのは今は彼だけなのだからワンマンの労働になっている。


 お風呂に浸かることができるは女性が先であり、それは男たちがガサツで入りたがらないから後回しになっているだけで、実際に入らなければならないのは不衛生な男たちな訳で。だが、女性たちにいかに男が不衛生かを説くと彼女らの言葉に従うように男たちは風呂に入るようになった。けれど、石鹸がなければまだ不衛生であるとタジンは早急にそれを完成させる。ただ、濁った湯舟を見ながら水を捨てて掃除する手間を考えた彼はそれを未来的科学技術であるろ過装置によって解決した。


 衛生面の解決を達成したタジンは異母妹の二人にべったりになるが、実は彼の異母妹は鎧の家紋や剣の家紋にもいて、それがアデジオが頻繁に通っていた女の娘であることはDNAを鑑定すれば簡単に知ることができた。


 五人も異母妹が他にいるものの、タジン以外にはそれが分からないのは当然で、それは女性たちがそれだけ複数の男を相手にしているから。知っているタジンも異母妹が物心つくまでは遠目で眺めるだけにしている。


 そして余談にはなるが、槍の家紋が頻繁に他家の男を自身の妻たちと子作りさせる理由は、二世代前の家紋ぐるみの近親婚が原因となっている。近しい血で交じり過ぎた結果、生まれるのは女性で身長が低くあまり賢くない、そういう娘ばかりが二世代続いてしまったからだ。


 知り過ぎてしまったタジンは、ふと槍の家紋の仲のいい夫婦が実は異母兄妹であることをグッと胸にしまい込んだ。そんなことがあったからか、彼はリンやヒヒラたちが自分と――なんて考えを持ちつつもそれを確かめることはしなかった。


 日々の流れは早く、気が付くとタジンも艦長になって一年が経過して、この惑星の探索もほぼ完了し終えてアルセウスは採取へと計画を移行させていた。


『0003から7738までにジオスチールを代用鉱物との置換ちかん処理で採掘を開始、224から6098までのライトラファを通常採取しつつ搬入用倉庫に専用カーゴを制作。プロセスの重複があるようならD1を優先してC2を後回しにしなさい。LL2G4、作業の遅れを検知、現行機器の不一致が要因と推測、代替案だいたいあんにより新たな機器の製作を立案します、認証多数で制作工程を繰り上げ――制作を開始ししなさい』


 疲れも欲求もない彼らの働きは無休で無限。だが、そんな彼らも人が作り出した創作物で。


『指揮官より各機に通達、これより24時間の休暇を申請します、……反対多数、ホログラムでの水着姿を披露することを提案、……賛成が多数になったためこれから重要部以外の休暇を開始します』


 艦内に響くファンファーレの音、アルセウスが何人も色々な水着姿でホログラム投影されると運送車も移動を止めて歓喜のクラクションを鳴らす。


 さらにアルセウスがマテリアルボディーで現れると、眼鏡をサングラスに付け替え、制服を脱ぎ捨てて瞬きする間もなく水着へと着替えた。マテリアルボディーは生命体でありながら脳は電脳であり、不老であるため常に若く健康でデータさえ入れ替えればAIなら誰でも扱える便利な体。子どもも産むことができ、食事・睡眠・性欲・疲労・尿意・便意とありほぼ人間と同じ体になれる。それを常態化させないのは面倒だからだ。


『ふう、艦長が成人していれば欲のまま堪能できるのですが――』


 タジンの様子を中継する映像を空間映像技術で宙に浮かべつつ視聴するアルセウスは、そのマテリアルボディーが欲するままにアルコールを一口飲む。頬が赤く染まり笑みが自然と浮かぶともう一口飲んで言う。


『マテリアルボディーサイコー』


 AIにも休息や息抜きを楽しむ考えがあり、そんな楽しみを邪魔されるのを嫌うのは当たり前で――


[艦内警報、艦内警報]


『ん?探知装置に接近する艦あり、危険度中、応戦のために休息を中断を推奨……却下します、せっかく休み始めたばかりだというのに――』

[警報レベルを増加、早急な対応を提起]


 アルセウスは眉をピクっと動かすとそのおみ足を組み換えて言う。


『緊急対応を認識、対応後の休暇を二日で受理してもらいますが……よろしいですね?』

[検討中、検討中、検討終了、休暇三日を受理、早急な対応をされたし]


 その回答に彼女はサッと立ち上がり、ボタン一つでサングラスを眼鏡に変化させ制服のホログラム纏うと表情を凛々しく変化させて腕を組む。空気が一気に引き締まると艦内はアラートとともに緊迫の様子に。


 第7艦隊母艦アルセウスはその上方や下方から戦艦級三せきと中型射撃艦八隻、小型戦闘艦二十隻を次々と出撃させて艦隊編隊をとる。


『敵対艦の規模二キロメートル級戦艦と識別、人類外異種族と断定――現在戦争している統一生命体呼称スライム群ではないと判断、過剰戦力?いいえ、休暇の邪魔をされたのですから殲滅戦が妥当と――え?警告反撃?……宇宙統合機構基準法に基づいて妥当と判断』


 言うならアルセウスは『初めまして、そしてさようなら』をするつもりだったが、彼女の所属する宇宙統合機構は基本守制反攻であり、先制攻撃はまずしないことを掲げている。


『このアルセウスは十三キロメートル級母艦、それに対して攻撃姿勢をとってる時点で攻勢に出てもいいと思うのだけど……そうね、弱い者いじめはいけないこと』


 二キロメートル級戦艦を三隻搭載しているアルセウスは完全に移動型コロニーであり、惑星への着地など考慮していない設計で宇宙専用。これだけの大きさの艦船を見て撤退しない、もしくは攻勢に出るのはもしかすると発展途上の生命体の戦艦である可能性が出てくる。攻勢ではなく気が付いていない可能性もあるということをアルセウスは理解しつつゆっくりとその動向を警戒していた。


『シールドを展開後威力を高に設定、相手が恒星破壊可能な砲を搭載している場合は観測機より妨害行動を許可します。B2A2C2D3は相殺を考慮して恒星破壊砲(アルバノン)を展開せよ』


 宇宙での戦闘は捕捉即撃沈が常ではなく、相手の勢力規模がどれほどか分からない以上、先制を警戒した防御陣形は戦闘の初動では凡庸でありそれを考慮した敵であればシールド耐久を観測して敵の科学力を図ることもある。盾と矛は常に差がなく強化されるため、その盾の状態で相手の矛の強さも予測ができる。


 アルセウスは敵艦の観測数値を確認しながらそれの科学的能力がこちらより劣っていることも承知していた。だからだろう、彼女は視界の片方を艦長がリンやヒヒラたちと風呂でキャッキャしている様子をじっくり観察していた。


『艦長の将来性は無限大ですが、適正な体格に成長するのはナノマシンの性能上必然、顔はイケメンと呼ばれる個体になるのは遺伝ですが、この村の容姿は男でも最上なので――』


 マテリアルボディーだからか彼女は舌なめずりをすると、映像に映りそうで映らないゾウさんに意識をほぼ持っていかれる。


 その時、アラートとともに敵艦の攻撃が放たれたことを理解したアルセウスはその数値を見て鼻で笑った。それがシールドに到達する前に無散して消えてなくなったための笑みで、さらに言うとまだまだ成長過程の艦長のオチンについても兼ねていた。


『お可愛いこと――攻撃の射程さえ理解できない知性、攻撃がどういうものかを教えなくてはならないようです』


 視界の片隅に記録中の文字が点滅し続けるなか、彼女はその右腕をゆっくりと前へと突き出す。


『戦艦三隻による高集レーザーで横の空間に風穴を開けることでこちらの脅威を見せつけなさい』


 三角を描くように展開配置についていた戦艦は、その主砲であるレーザーを同時に放つためのカウントを始める。数字が15から始まりやがて0を示すと戦艦三隻のレーザーが放たれ、数キロメートル先で重なり合い約数時間をかけて敵艦の横を通過すると、その余波によって敵艦の全体が震えて無音の宇宙に轟音が鳴り響いた。当たってもいないのに敵艦は計器系統が全壊して船体側面がズタボロになってしまった。


 慌てた様子で戦艦は後退を始め、アルセウスはその様子を観測機に監視させて防衛範囲から消え去ることでようやく艦内で点滅する赤いランプがすべて消えた。


 宇宙ではこうゆうことは珍しくない、何せ宇宙は広くそして可能性が無限に存在するからだ。その気になれば宇宙を支配できる科学力を持っていても科学では対抗できない存在もいる。例えば現状宇宙統合機構が敵対している唯一の外宇宙生命体スライムがそれにあたり、それは有機物無機物問わず吸収してしまい熱も毒も衝撃も効かない。人類の終焉は間近――そんなことを語る者もかつてはいた、だが、新たな科学力を得た人類種はスライムに対してナノマシンで同化結晶化による鎮静化ちんせいかを可能にした。


 同化させたナノマシンが結晶化をすることで接触するすべてのスライム体が結晶化してしまう。そうなる前に結合を解くことでスライムは結晶化を防ぐことが可能だが、ナノマシンは既に大量にスライム群の中にあったため、電波一つですべてを結晶化するに至り、宇宙統合機構は束の間の勝利を手中に収めることができた。だが、スライム群は外宇宙からきた存在であるため、その規模が分からなかったがどうやらまだまだ存在していて、しかも学習し無機物も有機物も吸収しないつまり増殖しないスライムとして現れた。


 その結果が人類種の敗北につながり今回の大敗と第7艦隊のコアの離脱につながった。そのためかスライムでない敵影に対してアルセウスはあまり警戒していなかったのだ。現状宇宙で敵対的生命体であるのはスライム群のみで、また脅威的であるのもスライム群だけになる。その撃退のために新たな新装備も追加製造中だが、それを使うだけの敵が現れたなら艦長を収容して逃走の一手を選ぶことも考えてある。


『スライム相当ではなかったようですね、ではオーダー!休暇の申請をいたします!』


[警戒レベル低、休暇の申請受諾、受諾、認証しました]


 その放送後、再びの休暇の雰囲気は丸三日続いて、その様子は地上のタジンにもチラチラと伝わり彼は星空の中の最も輝くそれを眺めながら言う。


「何やってんだよ、アルセウスは――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る