7 神の導と家紋の秘密

 馬、軟膏なんこう、洗濯、美容関連、女性の下着、子どもの娯楽ごらくをいくつか。工房で開発するものは常に話題になる、良くも悪くも村を巻き込んだ大事おおごとだ。


 洗濯が簡単になった後、ヒヒラやシャウランとハクラもそうだけど、母さんや異母たちの下着事情に関して前々から改善したいと思っていた。


 さすがにサラシで胸巻いて股は隠さずのスタイルは目のやり場に困る。装飾華美そうしょくかびになる必要はないから単純でラフな上下の下着は制作した方がいいと思ってリンと他3人と一緒に創作した。


 衛生面でも女性に好まれた下着は女性の日には付けられない、がそれとは別に付けられない女性もいた。それが槍と剣の家紋の女性たちで、男衆の反対でそれらを付けないことが決まったらしい。


 意見の中には下着のせいで即合体ができないことに原因があったらしいけど、お前たちはサルか?と言ってしまいたい。ま、母さんからリンまで全員が付けてくれるようになったのは俺としては思惑通りだった。


 次に子どもの娯楽、トランプのようなもの、あとはリバーシを制作したが、子どもは女性が多く女性は日々忙しく遊ぶ暇なし、つまり需要じゅようがなかった。ただ、少ないながら老人たちにうけはよく各家紋に1セットづつ制作して終わった。


 そこで終わればよかったけど、どうやら大人の男たちはこれで賭け事を始めてしまったらしく、村の会合で金輪際こんりんざいの賭け事での利用を禁止する流れになりそうになった。ま~妻や娘を抱ける権利まで賭けに出したらそれはもうアウトで。


 最終的に賭けるのは食べ物や酒に限るとルールを決めて落ち着いた。が、それまでに賭けに出されたそれぞれはもう取り下げられず、盾の家紋のところに剣や槍の人妻が通うなんてことがしばらく続いたのは暗黙あんもくの了解らしい。


 そんなこんなしてると、やはりリンたちに対して羨望せんぼうや嫉妬の視線は日々向けられて、と同時に俺への嫉妬と嫌悪がますます肥大化してるようで。


「はい、タジン様――」

「……うん」


 最近ヒヒラの俺への過保護が過ぎる気がする。移動の際は毎回俺を向かい合いの抱っこで抱えて移動するし、食事も付きっきりで面倒を見られ湯あみの主導権はすべて彼女にある。なかなかどうして、胸も15にしては大きい彼女に抱えられるのは望むところだけど、それを許容すればするほどリンの頬が膨らんでる気がする。


 リンでは俺を抱えることはできないし、年齢差ゆえに可能なことなので俺の成長とともに抱えることもできなくなるからと言われたら、断る理由がなくなってしまったのも事実。


「もうそろそろ完成しそうだけど、やっぱり薪が問題だよね」

「お風呂でございますね」


 ヒヒラの言う通りお風呂を作ろうとしているところなのだ。正直俺はナノマシンによって滅菌効果はもちろん汚れも簡単に取り除ける体だから気にならなかったけど、さすがに汚い男に抱かれた女性が性病にかかるのを知ってて見過ごすことはできない。


「湯舟に関しては木造で作り終えています、あとは湯を沸かすための薪の入手ですね、建物と違って燃やすためだけの薪は用途が食事に偏ってます、なのであまり盾の家紋では木を無駄にするだけだと言う者も多く」


 そう、森はめぐみであり木は荒れない程度の伐採に限られている。建物以外に使うとなるとこの村の人はいい顔をしない。


 アルセウスに言わせれば『燃料となる地下資源は12種類以上確認してます、採掘?艦隊のヒューマン型ロイドなら一瞬ですよ』とのこと。


 だけど、見知らぬ燃料を扱うのは明らかに不自然で、埋没系資源まいぼつけいしげんとなるとどうやって手に入れたのかを聞かれたら答えられない。


『艦長、調査に進展があり報告いたします』


 最近まったく配慮のない唐突な報告が増えたアルセウスはそれについて『緊急ですので』と言っておけばいいと思っている。ま、だいたいその判断は間違いがないわけで、それが少し俺がモヤるところではあるが。


『現地人類種生命体の調査の結果、一個体がカミノミチを使うドウシであったと分かりました。その個体を細胞再生で脳から知識を洗浄した結果、導師どうしの神の導の用途の一つが判明しました』


 ふむふむ頭部のみの状態で透明のガラスの中で色々電子関連のパーツを取り付けられ、記憶を情報として取り出すことを洗浄などと言ってしまうと創作物に出てくる宇宙海賊にも近しいものを感じてしまう。


 ちなみに、宇宙海賊などいない。その理由としては広大な宇宙で連携なし地図データなしで単独航行など自殺行為で、数百年彷徨さまよって物資が尽きて餓死するのが当たり前。俺たちのように超弩級母艦規模の旗艦なら彷徨えるものの、そうなると宇宙で賊なことをする意味もないから。


 にしても興味あるな、ようやく魔法――もとい神の導の技を知ることができるんだな。この体にあるマナハートの臓器から作られる謎のエネルギーの用途もようやくできる。


「ヒヒラ、リン、俺ちょっと南の森に行ってくるから」


「お供します」

「わ、私も――」


 ん~抱えられてる俺は6歳児、二人が付いてきたがるのは必然だとは思う。だけど、神の導のを使うところを見せてもいいのだろうか?ん?むしろ今更なのでは?俺が知識を隠さないのはその方が便利だからだ。つまり有用だからリンにもヒヒラ達にも話した。


「……今から南の森でとんでもないことをするけど――興味ある?」


 二人はしばらく沈黙したあと、コクリと頷いて意思を表した。だから俺は二人の反応を見てシャウランとハクラにも話すかを決めようと思った。


 森に入って切り株にアルセウスの報告通りに文字のようなものを描く。二人は疑問の表情でそれを左右から見ているけど、実はこれ魔法の魔法陣のようなものなのである。


 ここにマナハートからマナを流せば火が付くのだ。


「少し顔を離して見ててごらん」


 指先からその陣へとマナを流す、するとそれが反応して陣から火が。ボゥ!ととんでもない火柱が立ち上るとあっという間に森の木よりも高いところまで届いてしまう。


「ひ、火が!」

「タジン様!」


 おっと、すまんね。記録と実際との差異が大きすぎたらしく、コンロの火くらいの程度を想定していたのに攻撃魔法のようになってしまった。


 ほんの少しだけ、ちょっとだけ、コンロのつまみを上下させるように。


「よし」

「これは、どうして燃え続けてるんですか?切り株が燃料になってる様子もないですが?」


「いい質問だねリン、これはね俺の体のマナ――ではなく神の導の力を使っているんだよ」


 俺の言葉にリンもヒヒラも顔を見合わせて言う。


「神の血!」


 神の血?なんだいその物騒な名前は。


古伝こでんになりますが、私たちの祖先も元々はカミノミチの使い手で、それを使うための代償を神の血と呼んでいたそうです」


 リンの言葉にヒヒラもその火を見つめて続ける。


「私たちの体の中の血ではなく、それとは別の目に見えぬ渦巻く何かをさしているそうですが……体を開いて見たわけでもないのに昔の人はどうやってそれを知ったのでしょう」


 答えは簡単だ。


「それは感覚だと思います。きっと昔の、私たちの先祖はそれを感じるだけの感覚を持っていた、それを私たちは失った――」


 リンの言葉がたぶん答えだ。この文字に関しても村では衰退してしまったのだろう。


 火はやがて消えてしまったが、それは俺が流したマナ――神の血が無くなってしまったからだろう。俺としては今回はもうこれで用事は終了だったんだけど、リンはじっと消えた火のあとに刻まれた文字に興味があるようで。


「これ……見覚えがありませんか?」


「リンちゃんも?実は私もこれをどこかで見た覚えがあるんですが――どこでだったのかまでは思い出せなくて」


 おっと、これは名探偵の俺がその答えを導き出す場面なのではないだろうか。


「あ!家紋の印に似てませんか?」


「!確かに!」


 名探偵顔だけはその答えを知っていたけど、本当に顔だけで何も語ることがなかった。


 二人が言う通り、この文字のような魔法陣のようなものがこの村にもあって、それが各家紋の印に酷似こくじしているのは見れば分かってしまう。


 ただ、弓の家紋を描いて神の血を与えても何が起こるかはまだ分からないし試すべきかも迷っている。もしもその印から使われる力が、超弩級母艦の単一恒星こうせい破壊兵器のような威力だったら。アルセウスならありえないと一蹴するだろうけど、責任は俺がとるんだよ?千年規模の惑星再生労働なんて嫌なんだよ!もう!なんか腹立ってきた!


「これが私たち盾の家紋の印になります」

「タジン様、これに神の血を――」


 あっれ?俺が臆病なだけ?それとも彼女たちが勇ましい?いや、この眼は好奇心旺盛おうせいの子どもの眼だ。


 俺は彼女たちの期待を裏切れなかった。いや、俺も同じ穴のむじな、むしろ抗えなかったのは自身の好奇心だったのかもしれない。その欲望のまま、指先から溢れ出るそれは器を満たしてこの惑星特有の超常の力を発動させる。


「盾?」

「にしてはまるで膜のようですね」


 これは俺が毎日空を見上げて目にしている空の上にあるものに似ている。でも厚さがまるで違う、それもこれは旗艦の装甲にも負けないかもしれない。


 ゴンゴン叩くとそう跳ね返るほどの密度、そのサイズは俺が流した神の血の量が関係しているのか?印から半径3メートル、人を数人囲える広さだ。腕輪などに印を記して神の血を流せばどこでもバリアになるってわけか。


 艦搭載の光集バリアは優秀だけど危険でもあるためこれはとても便利――かもしれない。何をどれだけ弾けるのか、どれをどういう風に阻むのかをアルセウスに実験してもらわないと。


「確かに、これは盾でしかないね。俺たちの祖先はかなり強い力を隠し持っていたようだね」


 まぁ祖先が俺と同等の神の血を扱えたか分からないからどれだけの規模だったかは想定できないけど。なにせ俺の体は科学的超人域に到達しているから。


 一つの知識欲を満たした彼女たちは次の知識欲に興味深々で、覚えていない家紋の印を記した羊皮紙製の本へと向かうために移動しようとする。


「たしかおおばば様のところよね?」

「いいえ、おじさまのところにあったはずです」

「じゃ、早く行きましょ!ん?!なんで!重いわ!」


 ヒヒラが俺を抱き上げようとするけど重すぎて抱えられない。それは自衛で自重を増やしていたからで、俺は慌てて通常時に設定を変更してヒヒラに抱えてもらう。


「あれ?軽くなった……」

「これもタジン様の不思議に記しておきましょうヒヒラ姉様」


 おっと、いつのまにやら俺のことを記した本が書かれているらしい。今度読ませてもらおうかな。


 そうして抱きかかえられた俺はヒヒラの胸を堪能しながら、リンの視線をチクチクと感じつつ、その様子を見ているであろうアルセウスの呆れる声を脳内再生していた。

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