6 争いの種

 困ったことになった。この村に近寄ってきた者が何者かは分からないけど、彼らの乗っていた馬のような動物を確保して南の森でいたところを連れてきた、そういうことにして我が家の納屋近くに五体ともを繋いでおいた。が、それを最初に見たリンが慌てて洗濯物を落とすほどに驚いて、次にいつも冷静な父が口を開けて、ウマ!とこれの呼称を呼び捨てて中央へと駆け出して行った。


 この村には馬がいない、そのため田畑を耕したり重い荷物を運ぶのはすべて人力になる。だが、馬さえいればかなりの手間が省ける、だからってこんな大ごとになるとは。


 各家紋の当主と年寄り衆が集まり夕方からの会合は、俺が艦長になる前もなってからも一度としてなかったことだ。五体いるのだから各家紋にという意見には繁殖できるメスが人気過ぎて流れて、次に弓の家紋の所有にするべきだという言葉には争いになりかねないと反対された。


 共同の使用、共同の飼育、共同の財産、その話の中でただ見つけただけの俺に対し彼らは何らかの形で報奨をと言い出してしまう。


「アデジオのせがれか……あの鼻たれは南の森で毎日遊んでおるらしいからの~、それが功を奏したというところだろうの~、運ええの~うんこだけに」


「ハウダ爺さん、たまたま手に入れた功だあまり大きすぎる報奨はこの村の知識至上主義をというものに反している」


「ブランド、それはお主にとってこの話が不利益になりそうだから言っているのであろうがの~、今回の馬はこの村ではあまりにも大きな功績だ~、違うか~?」


 ハウダ爺さんは知識の盾の老人で、こういう話し合いでのまとめ役を担っている。対するブランドは槍の家紋の家長で、二人は別に喧嘩をしているわけではない。


「だが、ハウダ爺さんは家の娘をあてがおうとしているでしょう!気立てがいい者が多いからと家の娘をあのタジンへ嫁にやるなど!」

「子を想うのは当然じゃの~だが、槍の家紋だけ特別というわけにはいかん、他の家紋は前回の報奨の時にゴラルに嫁いでおる」


 ゴラルとは剣の家紋の中年でその力は家紋随一であったため、過去に現れた狂暴な野獣を村に入る寸前でほふったことにより報奨に若い嫁を数名与えられている。


「それは剣の家紋のあいつと血の遠い娘がいなかったからで――」


「ブランド、お主がごねて何か変わるわけでもないぞ、の~?」

「ハウダ様――」


 二人の会話に急に入ったのは盾の家紋の家長であるバタラタの妻リリルア。鎧の家紋の出でありながらその知性は盾の中でも高く、その美貌はリンの叔母であるから当然で。


「ブランド様の言葉、大変理解できます。ですので、今回は既に弓の家紋へ下女として行かせているリンを報奨とするのはどうでしょうか?」

「リリルア?急にどうしたんじゃ?」


 疑問の表情のハウダ爺さんに彼女は笑みを浮かべながら口を覆い隠す。


「今回の功績、私としては我が盾の娘から報奨を与えるべきと考えてます」

「……その心は?」


「最近リンがタジンとよく遊んでいるそうですが、あの二人の仲はかなり良好でリンも嫁ぐなら彼が良いと」

「ふむ、あの子が鼻たれをの~」


 少しだけあごひげに触れると瞳を閉じて言う。


「ま~関係性があるならそれが最良だろうの~」


 ハウダ爺さんの言葉にホッと胸を撫でおろすブランド。


 そこまで俺の評価は低いんか?ま、俺でも鼻たれうんちのガキに娘はやれないだろうけど、まだ6歳だから、これから成長するかもだから。


「にしても馬か……かなり北の動物がどうしてここの南の森に?」


 ブランドの言葉に回答できる者などいるはずもなく、話はそのまま終了してその場は解散の流れとなった。


 

 困ったことになった。この家に下女がいるんだけど、どうやら俺の嫁になるようなんだ。しかも、そのことに対して従兄いとこがガチギレしているらしい。


 16歳の大人が6歳の子どもの前でさっきから鬼の形相ぎょうそうでこちらを見ている。鼻息を荒く吐き出しながら、何かを言いたげだが我慢しているようで。


 いやいや顔近、顔近いから、鼻息荒いし、マジ離れて。


「タジン様!」


 俺は後ろから声をかけられて腕を引かれると、そこにはリンが立っていて俺とベラードの間に体を置く。倍以上身長差がある相手に正々堂々立ち向かった彼女に彼は少し身じろぎ両手を広げて言う。


「リン!いつからタジンと仲良くしていた!」


「ベラード様、そんなことを聞いてどうするのですか?私の居場所は既にこの村の総意で決まっています」


「リン!そいつが!そいつさえ報奨を断れば!」


 じゃ、ジャイア――。


「あまりにもしつこいようですと、あなたのお父上やアデジオ様をお呼びしますが、いかがなさいますか?」


 叔父さんや父さんを呼ばれたらさすがのベラードも何も言えまい。まったく、男で力があって前の俺よりましな知性があるだけで3人も4人も嫁をもらえるんだから。ったく、面倒なことだなこう侮られているってのも。


 俺は別に影で実力を隠していたいわけじゃないんだけど、未開拓の惑星で無茶しすぎるのは艦長としてはやっちゃいけないことなんだよ。


 手を出すなら出すでさっさとすればいい、と思うがこの村の人間は喧嘩になると臆病になる性質がある。


「覚えてろよ!タジン!」


 去り際の言葉さえ滑稽こっけいだけど、ようやく面倒ごとが去った。


「いや~助かったよリン、もう少しで俺もちょっと腕が出るところだった」


「……た――」

「ん?」


 ガッと抱きつかれたと思ったら、その耳元で「怖かった」と聞こえて少しだけ震えてるのが分かった。


 賢く大人びて見えてもまだ子供だ、体も歳も倍以上違う男相手なんだ怖くて当然か。


 少しだけ背の高い彼女を強く抱きしめてあげることしか俺ができることはなかったけど、それで彼女の震えが収まったのならそれで良しとしようじゃないか。



 困ったことになった。この場におけるすべてが理解できない。どうして軟膏なんこうごときでここまでのことが起きるんだ。


 俺が完成させリンが女性らに配った軟膏はとても評判が良くてリンに対して報奨をという話になった。


 女が報奨をと言われたのは随分昔の話で最近は全然なかったことらしい。だからだろうけど、リンに対して工房という形で報奨が与えられ、それが俺とリンとの家になり、手伝いとして3人の盾の家紋の娘が同居することになった。


 一番年上の15歳ヒヒラは本当なら来年鎧の家紋の25歳の末席まっせき次男に嫁ぐはずだった。でも、リンの報奨を受けて自らその下につくことを願い出た人だ。


 上から二番目14歳シャユランは剣の家紋32歳、近い将来剣の家紋の家長になるゴラルの息子で、すでに5人の妻と2人の妻予定がいてそのうちの一人だった人。


 最後14歳ハクラは剣の家紋20歳の末席長男の二の妻となる予定だったけど、どうやらよほどお相手が嫌いだったらしくこの話を受けたらしい。


 つまり、結論から言うならリンは俺の嫁になることは確定していて、俺の本来の嫁だったはずのメアルがベラードに嫁ぐことになった。そして、リンが軟膏で功績を得て報奨で家兼工房が手に入り、加えてその彼女の手伝いに3人が同居することになった。


 同居するということはつまるところ、将来は俺の嫁にそれぞれがなるわけで、14歳離れている彼女らは俺が16になるまで生娘であることが決定したということになる。


 この村で女の婚期は早いが、それが遅れることは村で数百年ぶりらしい。


「で、リンちゃん私たちは何をすればいいの?」

「ヒヒラ姉様、実は私もこれから何をするのか分からないんです」


「あなたも何するか分からないって、ここの工房はあなたのでしょ?」

「そ、それが――」


 俺が次に作り出したのは洗濯機で、川に副流を作りだして水路へと繋げ、その途中で木製の板を広い桶のように置いて水路から落ちる水の流れで渦になるように作ってはい完成。


 これなら洗濯物を手で擦る必要もないし、繊維を傷つけることも最小限にとどめることができる。


「こ、これなら確かに勝手に洗濯ができますね」

「そうなんだよ、洗濯しながら他の事をできるし、川に近い方から順番に桶に洗濯物を入れることで三回までは順番待ちしなくてもいい」


 俺の言葉にリンはなるほどと自分の理解した理由を口にし出す。


「後から川に近い方に汚れた洗濯物をいれるとその汚れが洗っている洗濯物にも移るから、だから三回までなんですね」

「そいうこと」


 俺とリンとが作ったそれを見て、ヒヒラとシャウランとハクラは少しだけ考える様子で自分たちで導き出したある結論を口にする。


「もしかして」

「軟膏を作ったのって」

「タジン様?」


 これから一緒に過ごす3人には俺の事を隠しておくことはとても効率が悪い、だから自分たちでその結論を出してくれたなら色々と打ち明けようと思っていた。


 にしても盾の家紋の人は全員リンみたいな賢い子ばかりなんだな~、これは将来尻に敷かれる気がする。



 困ったことになった。最近で一番困ってしまっている。アルセウスが何故か怒っているのだ。


『軟膏!?この細胞活性剤の足元にも及ばず!洗濯機など我が艦で製造している最新型をそのまま使えば陽光のみで1週間は使えるというのに!それに馬?!原始時代ですか!我が艦隊のヒューマン型ロイドが一体いればすべて一瞬で終わるものを!』


 怖い、頭の中でグチグチと真夜中に……これあれだ、反抗期ってやつだ、うん。

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