4話 神の導

 結論から言うと魔法はあった。


 だけど、それは知識としても方法としてもこの村には存在していないもので、知りたいなら惑星の探索が必要になり、アルセウスに惑星の探索するための方法をあらゆる形で試してもらった。けど、今のところ大気圏内の膜がナノマシンを非活性化に影響してしまう、なのでわざわざ近くへ何機かを投下してもらい地上で再活性化させて探索させることにした。


 その方法が効率的だとは思わないが、あの膜の解析ができないわけだから今はこれが最効率としか言いようがない。


 地上で活性化したBを原生渡り鳥に寄生させて広範囲の移動を可能にし、その後人の密集する地域でペットや家畜に寄生させる。この方法なら数年で惑星全域を探索できるだろう。


 本当なら俺が直接出向けるならよかったんだけど、その気はこの村にいるだけで少しづつなくなってしまった。


 理由はこの村の女性の美しさ――も一つの要因かもしれない、けど、一番の理由は魔法――神の導と書いてカミノミチと呼ぶそれを使うための方法に当てがついたから。


 この体をスキャンして発見した人類種にはない特有の臓器、それがどうやら魔法で言うところのマナを生成しているようなんだ。ただ、その使い道は今のところ体中へと行き渡せるだけしか用途が見いだせていない。


 将来的にそれが何かしらの役に立つだろうと思いながら、日々日常生活で常にどこにでも溜めることができるようにはしている。


「リン、そこのカツイをとってくれ」

「はい、タジン様」


 俺の言葉にカツイという木の実を重そうに持ち上げる。彼女は俺が最近している工作の手伝いをさせている弓の家紋の下女として働いている盾の家紋の女の子だ。歳は俺の二つ上、聡いだけではなく将来は身内になるため仲良くしている。


「カツイは実は固く食べるにも苦みが強いのですが、何に使うのでしょうか?」

「これは塗り薬に最適なんだ、だから今から加工して各家に配るつもりだ」

「塗り薬……初めて聞きました」


 本当なら俺は阿呆の子を演じるつもりだったけど、美しい容姿の女が手を荒れさせて水仕事をしているのが我慢できなくなってしまった。だから、こうして賢いリンを替え玉にするべく協力させて薬を配らせるつもりなのだ。


「タジン様は最近お変わりになられましたね」

「な、何がだ?」


 8歳には見えないその顔立ちに名前の由来である凛とした瞳を俺に真っすぐ向ける彼女に少しだけ目を逸らしてしまう。


「話し方、態度、仕草、考え方、上げればまだまだありますが、一番はやはり知識でしょうか。私も知らない知識をさも当然のように語ることが多々あります」


 グーの音もでないツッコミ。まぁある程度は怪しまれることも織り込み済みではあったけど、どれだけウンチにしか興味なかったのかは俺自身の記憶からも分かるため、正直誰でも気が付けるだろうとは思う。


 ただ、俺が何かをしても後で素知らぬ顔をしておけば誤魔化しはいくらでもできる。父であるアデジオなんかは俺が何をしていても、タジンには好きにさせておけばいい、と言ってすべてを許してくれる。放任主義と言えば聞こえは悪いが結局は種馬程度にしか考えられていない。


「リン、君が何を察することになっても誰も君を信じないだろう、だからこれから作る物もその後からできる物も君が作ったということにしてほしい」

「……ねぇ、どうしてタジン様はそこまでして本当の自分を隠すの?」

「どうしてって、それはもちろん――」


 面倒だからだけど、それを言ってしまうとアルセウスに小言を言われてしまう。


「もちろん、なぁに?」


 グッと近づいたリンの目は青く綺麗に光っていて、その肩にかかるエメラルドのような髪束もやけに煌めいて見えた。


「っ、俺には崇高な使命があるからさ」

「――そうなんだ」

「――そうなんです」


「嘘つき」


 そう言った彼女は笑っていた。


『艦長、その建物に近づいてる生命体が二体、個体名メアルとアナです』


 リンと同い年の下女メアルと同い年の俺の姉アナか、これは母さんに頼まれてリンを呼びにきたな。


 ノックも無しに扉が開くと二人が勝手に入ってくる。無遠慮にと思えるかもしれないけど、この小屋はリンとメアルのための下女の部屋だ。


「リン、タリン様がお呼びよ」


 メアルの言葉に続いて呆れ顔で姉で四女のアナが俺を睨む。


「またリンの邪魔してるのねタジン!」

「うん!リンに遊んでもらってた!」


 ガキの振りは上手くなったが、リンのこの視線は少しだけくるものがある。


「リンもこいつに付き合う必要性はないからね」

「……平気ですアナ様、タジン様はとても良い子なんですよ」


 不意に体を抱き寄せられる俺は少しだけ、まずい――と思ってしまう。


「ん?……え?……??」


 抱き付いたリンだけが理解できる違和感、恐らくは体の硬さもだがその重さも6歳児には思えないからだろう。


 違和感があるからってそう撫でまわすなよ。


「リン?早く行かなきゃ」

「……うん、分かったわ」


 二人の後をついていくようにアナが出ていくとホッと溜息をついた。


 その後は黙々と軟膏を作っていくんだけど、その最中もアルセウスに惑星の衛星上に出撃させた小型艦のカメラを使い上空から地上を眺めながらだ。


『艦長、よろしいでしょうか』

「ん?どうした?」


『探索用のドローンを百機ほど制作し終えました、いつものように艦長のそばへ落下傘投下いたします』

「ん?んん?んんん?いやいや、アルセウスさん冗談ですよね?」


『冗談とはふざけて言う話、転じてふざけてする事、おふざけの小話』

「いやいや、冗談の意味ではなくてね。ドローンなんてどうするの?もうBとかは結構色々なところへ到着してるし、今更ドローンなんて」


『――艦長、どうやら無用なプロセスが自動で組まれていたようです、単惑星域における単純計画による弊害へいがいが発生していたようです』


 複雑に言い換えているけど、それってつまりミスってことでいいんだよね?間違っちゃいましたテヘペロってことだよね?


 アルセウスは基本的に優秀だけど、それを扱う艦長が放任主義だと基本的にマニュアル思考になりがちで、そうなると重複や単純な失敗が増えてしまう。


「以降、何かを制作する時は俺に確認をとって、緊急時は今まで通りの優先度でいいからさ」

『了解しました艦長、ではこれからドローンのナノマシンを回収し新たなプログラムをインストールします。それと並行してこちらからBを数十投下しておきます』


「一つ目には同意するけど、二つ目のBを投下ってどうして?」

『そちらの人類種は体組織が脆弱です、艦長のサポートに関していうなら強化しておいた方がよろしいかと存じます』


 確かに、ナノマシンでの強化は体を丈夫にして老いを遅くさせることも任意にできる。


「それを進言するということは……もしかして」

『はい、数体おそらく人類種がこの村へ移動しているのを確認、移動速度から神の導の使用者であると推測しています』


 おそらく、この村は数百年以上戦いとは無縁の生活だっただろう、だが、観測で得た情報によるとこの村がある領地は最近戦争に負け、現在は勝者がこぞって土地の占有や人や物の略奪をしている。


「想定内だったな、おそらくは斥候もしくは独断のはぐれ部隊か」

『最も可能性が高いのは敗戦して夜盗に落ちぶれたものでしょう』


 ぐっお前それ正解だろうが。何があるか分からない辺境へくるよりも、首都周辺で家探しした方がいいものが手に入るというものだしな。


「相手はこの領地の兵士崩れ数名、先手を取らなければこの村の男たちだけでは負けるだろう」

『この村の人類種の容姿は美の頂にあるので戦利品としても絶対にあきらめることはないでしょう』


「そのまま通り過ぎるという可能性は?」

『遠くからでも麦や米が見えてしまうので集落があると理解してしまえます』


 そんな可能性はないってことか、ならやることは一つだな。


「アルセウス、未開拓惑星での殺傷の許可を申請する、記録しておいてくれ」

『はい艦長、裁判に提出するための建前として記録しておきます』


 建前ではあるけれどこれで超科学の現象を用いても他の艦隊に合流後に言い訳がつく。


「さて、お仕事の時間としますかね」

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