2話 うらしま――とかなんとか

 この世界はとても広い、なんて思っていた頃がありました。僕?私?俺?ワシ??とにかく、俺がそう思うのもついさっき自身の人生観が木の枝から聖剣くらい変化してしまったからだ。


 あまりの変化に思考が逆に混乱しているほどで、数十分前まで地面に落ちているウンチに興奮してたクソガキだったのに、今ではすべてのことが科学やもろもろで説明がつくと理解してしまって夢も希望も憧れも期待も失せた老人のようになってしまった。


「うぁあ……」


 こ、声が出ない?そうか!そもそも俺は6歳だから略式型の肉体強化には適していないということ!つまり、今は非常事態なんだな!


 と焦ってみたものの、俺にとってはあまり関係ないことではある。なにせ状況を見ても今すぐどうこうなるような事態にはおさまらない。はっきり言って面倒な状況だ。


 この惑星の衛星上に停止しているだろう第7艦隊の現状も俺の知識へと移植済みで、それによると本隊とは亜空間速域を移動して実時間で70年は経過しているようだ。

 つまり旗艦の修理に加え搭載している大中小の艦船も修復して、さらには失った物資の2割の復旧をした結果の時間経過だ。元の場所へ移動するにしても70年必要で、艦長である俺が現状6歳だから肉体的にあと十数年は必要になる。


 俺としても艦長である以上は責任を果たしたい気持ちはある、でも肉体の成長は科学でも早めることはできないので、残念ながらしばらく現状に甘んじてこの惑星を堪能するしかないようだ。


「あ、あ、声が戻ってきたか」


 体細胞がナノマシンに置き換えられたから6歳児ながらそこらの合成金属より防弾防刃に優れた体になっている。試しに跳んで立ち高跳びからバク宙をして着地してみる。


「足も腕も丈夫になって、これならもう風邪にもならないだろうな」


 ふと足元に目をやるとそこには何やら野生的な犬的な動物が足首にがっつりと噛みついていた。


「……はぐれのバラガーか」


 バラガーという犬のような動物で主に数匹の群れで行動するやつなのだが、生息してるのは南の森ではもっと奥深いところのはず、だからこれほど人里に近い場所に現れるのは珍しい。


 足首に歯が通らなくて徐々にしっぽが下がって戦意が亡くなっていく様子は可愛いものの、放置して村が襲われても面白くはない。


「少し脅かしておくか?」


 銜えて離さないバラガーを左足首に放置したまま、もう一度高くジャンプしてグルグルと宙返りをした。そうすると自然に遠心力でバラガーは口を放して地面に体を打ち付けた。


 着地した俺が視線をそれに向けるとゆっくりと状態を起こしてその場をよろよろと去って行った。


「バラガーを拾ったなんて言って持ち帰ったら親父に即絞められて晩御飯いきだろうからな、悪く思うな」


 それよりもだ、現状の報告義務を果たすべきところではあるが、そもそもどうしてBがこんな森の中に?そんな疑問が俺の中で広がりながらも俺はそれを口にした。


『こちら第7艦隊艦長33、旗艦アルセウス現状の報告をせよ』


 体内に作られた旗艦アルセウスとの連絡手段は電波式のものであるけど、頭の中で考えるだけで使用できるのは本当にありがたいことで。


『こちら第7艦隊旗艦アルセウス、艦長33現状のデータを送信します』


 頭の中に現状がフラッシュのように表示されると、俺はそれを機械的に記録して覚えてしまう。


『把握した、アルセウス、33代である俺はタジンと呼称しろ、こちらの現状は把握しているようだが、この惑星の特異な現象とはなんだ?』


 特異な現象、それはBが旗艦から発射されこの惑星地表に到達する前にハチ状へと変化するはずだったが、俺の記憶の通り変化できなかったことを指す。


『この惑星には未知の能力、力場、波動を観測しています。仮にそれらを呼称するのなら魔法が一番近しいでしょうか、空想的な事象と把握しています』


 ま、魔法だと!星雲を見渡しても存在しないそれが!この星にあっただって!


 驚愕、未知への期待、興奮、それらが一気に自身を埋め尽くしていく。自分の中の知識が何千年分の何万人分の何億冊分の本で埋め尽くされている本棚でも、その中に無いたった一冊を俺は今開こうとしているのだ。


「こうしてはいられない!今すぐ調査しなければ!」

『艦長タジン、現在遂行すべき最も優先度の高い項目を優先すべきです』

「こ、子どもの体なんだから遺伝子採取は難しいだろ!だったら俺の意思でやりたいことを優先すべきだと思うんだが違うか?」


 アルセウスに優先すべきだと言われたのは失ったオス型の遺伝子、つまり男のDNAないし女性体との交わりで得られる男性染色体のことだ。だが、現状得られるのはせいぜい風呂に一緒に入っている女性たちからだ。


「男である俺が入手しやすいのは女性のものの方が必然的に多い、体を数十分密着させるのは子どもでも抵抗があるぞ」

『……旗艦には女性のクローン体の生成が終わっています、帰還してくだされば繁殖行為は無理でも男性染色体を得られますが、血が近しいためできればこの惑星の人類種の男女のDNAを持ち帰ってほしいです』


 だと思っていた、さすがはAIだ。俺が言わずとも俺がDNAを採取するのは年齢を経て成長してからの方がいいと察してくれたようだ。


「分かった、成長した後でならこの星の女性の何百くらいを回収しに努めるつもりだ。だから、今は魔法を優先させてくれ」

『了解です艦長。では、こちらから定期でデータをお送りしますので、艦長も定期で連絡されたし』

「了、俺は週一でアルセウスは月一だな」


 これで魔法というものにしばらくは没頭できる。だが、できるなら艦長なんて役割を別に投げ出してまだ見ぬ知識を満たしていたいものだ。


「あ~、艦長辞めてぇぇ~」


 アルセウスとのやり取りの後、俺は自分の家へと向かい始める。だが、その時にふと思い出してしまった。俺……鼻たれ小僧を演じるのか!?


 タジンであるところの6歳児が急に様子が変われば周囲は疑問視するだろう。だから普通は自分の中身を偽るために元の記憶を使って演じるのだが、のだが!俺は老人のような中身でありながら「うんち~」だとか「ぱぱ~まま~」と言って両親に甘えなければならない!


「……もつのか俺の精神こころ、耐えられるのか?俺のハートは!」


 考えるだけで足が震える、俺がいくら老人的な知能や知識をもっていても物理的に強靭な体でも精神的にはやはり脆弱なのだろう。感情を消せばそれは簡単な話だけど。


「それでも俺は人でありたい……」


 そう思いつつも、魔法への期待とこれから待つ人生初のたわむれが妙に足取りを重くさせていた。


 だけど、時間と歩みは止まってはくれず。


「あれ?もう帰ってきたの?」

「……ま、ま――」


 っく!もう、どうにでもなれぇええええええ!


 俺は狂気じみた気持ちのままその表情に鼻水を(自身の心境により)たらしながら、母である彼女へと駆け寄って行った。


 これからの人生で最も辛い記憶になるかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る