第6話 杜門という人物とは?



情報室 今日は数学ではなく情報科の授業。

静かな情報室で、カタカタとキーボードを打つ音だけが響く中、眉間に皺を寄せてひたすら考え込んでいる桐島一樺がいた。



「(ん~…ん~…わからん!よくみんなパソコンの使い方わかるよねぇ、

一度言われて出来るものなの?)」



コソッっと辺りを見回すと周りの生徒達は皆杜門の教えた通りに操作をしていた。


カタカタカタカタ……



「(あーあー、誰かに聞こうにもみんな真剣な顔してて聞きづらい、てか杜門先生の授業だからそもそも誰かに聞けないし)」



チラッと杜門に目をやる。離れた所に杜門が生徒達の授業の出来を見て回っている。



「(はぁ、どうしよう…。うわっ、こっちに来る!自分、出来てますから!オーラ出さないと!)」



スー…と杜門が一樺の後ろを通り過ぎる。何も言われなかったことにホッと胸を撫で下ろした。



「(ふぅ…難なく回避成功)」


「先程から同じ画面だが?」


「っ!?」


「どこか分からない箇所でもあるのか?」



一樺の付け焼刃の行動など杜門にはお見通しだった。



「ぁ、えっと、その…(うわぁああ、もう逃げられない!さっき説明してたところがよく分からないって言ったら…“さっき説明したばかりだろう。聞いていなかったのか、まったく。二度も言わせるな”って怒られそう)」


「何処が分からない?」


「え、と…さ、さっき説明にあった、この図式が…」


「あぁ、これか、分かりにくかったか?もう一度説明するぞ。表計算をする時は――」



杜門は至って落ち着いていて先程の説明をもう少し分かりやすく嚙み砕いて説明してきた。



「っはい…(あれ、怒らない?ってか仕方ないんだろうけどさ、顔近いって!)」


「ん?聞いているのか?」


「は、はい…!」


「この表の…ここから、ここまでを――」


「わかりました、ありがとうございます」



分かりやすい説明だったので問題はクリアしたが、次の問題は大丈夫だろうと挑むものの。



「(こっちはこうして…あれ、変な数字がいっぱいに!!?)」


「何をしている」


「すみません…ここをこうして計算しようとしたら数字が…」



タイピングをしているうちに誤って別のキーを押してしまい画面上では変な羅列が出てきてしまった。さすがに怒られると思った一樺は身構える。



「ここは計算には入れない、ここを使うのだ」


「(お、怒らない?そういえば、前に数学の授業で何度も分からないところを教えてもらってた子いたなぁ。もしかして、そういうことでは怒らないのかな?いつもなら“二度も言わすな”って言うのに、授業の事なら言わないんだ…意外)」


「ん?なんだ」


「あ、いえ!」


「また分からない箇所があれば、すぐに聞きなさい。別に、分からないことは恥ではないのだからな」



思わぬ言葉を掛けられて今まで力んでいた肩の力がスーッと抜けるのを感じた。




∞∞∞∞∞




ある日の学校での出来事 小休憩がてら自販機に飲み物を買いに来た一樺。

自販機の前には先客の杜門が立っていた。

杜門は一樺に気付き、チラリと一瞬一樺を横目で見るがすぐに視線を逸らす。

杜門が自販機の投入口にお金を入れている間、一樺は自分の財布の中身を探っていた。



「百円玉、確か残ってたはず…」



この間の廊下での一樺と佐伯のやり取りを、たまたま通りかかった時に耳にした杜門はあの時の会話を思い出す。



“一昨日は杜門先生に呼び出されて購買で買えなかったんですよー”



「……」



ガコンッ



買った飲み物を手に、一樺を凝視する。


“お昼ご飯食べ損ねたんです、2回も連続で”



「…(いや、なぜ私がそんなことを気にする必要がある?そもそも、そこまでする義理はないだろう)」



そういえばお昼に呼び出した日であった数学の授業の出来事を思い出す。

以上にお腹のぐぅ~~~と鳴る音が授業中頻繁に鳴っていたことを思い出した。



“桐島”


“う、すみません…”



ガコンッ



一樺が顔を上げると杜門は再び無言で一樺の顔を凝視していた。

その顔がだんだんと訝し気な表情になっていくとなんだか恐ろしい形相にも見えてしまう。



「(え!なに!?私、何かやらかした!?ぇええ!?すっごい怒ってるんですけど…?)」


「…チッ(さっさと渡して去ればいいだけのことを…私は何を躊躇タメラっている…)」



一樺の顔の前にスッと杜門の手が伸びる。恐ろしさにぎゅっと目を瞑る一樺、

だが、いくら待っても何も来ないのでそっと目を開ける。



「…っこ、この間の…昼は、その…すまなかったな…」


「…へ?」


「っ…詫びだ、受け取れ…!」



買った飲み物を一樺に半端強引に押し付け、颯爽と立ち去る。

一人状況が呑み込めていない一樺はポカーンとその場で杜門が去って行くのを見つめていた。




∞∞∞∞∞




職員室へと戻った杜門は自分の椅子にドカッと座り一息つく。



「あれ?杜門先生、今日はいつもと違うんですねぇ」



そこに佐伯が椅子に跨った状態で向かいの杜門に話しかけてくる。



「なにを…(しまった!渡す方を間違えてしまった!)」


「いつもはコーヒーかお茶ばかり飲むじゃないですか。そんな甘いもの飲むんですね」


「…なんだっていいでしょう…」


「まぁ、そうなんですけどね、ただ、とても珍しいことだなぁ~と思いまして…何かありました?」


「っ…なにも」



ふぅ~んといった目を向ける佐伯の視線に杜門はだんだんと居た堪れなくなってくる。



「…たまには、こういった物を飲むのも悪くはないと思っただけです」


「たまには、ですか?」



何食わぬ顔で作業をしている杜門に、じーっと見続ける佐伯の視線が突き刺さる。

と急に真剣な表情になる佐伯が再び声を掛けた。



「杜門先生」


「何か?」


「そのジュース、自分が飲むために買ったわけじゃないでしょ」



佐伯の鋭い洞察力にドキッとする。



「それ、本当は…」


「(ゴクリ)」


「僕に渡すために買ってくれたんじゃなかったんですかー?」


「…は?」



思わぬ言葉につい拍子抜けした声が出てしまった。



「いやぁ~、だってそのジュース前から気になってたんですよ。新しく自販機に出たばかりだったから、様子を見てたんですよ。どうかなどうかな~…って、

僕、杜門先生に前から言ってたじゃないですか!あら、覚えてませんでした?」



あはは~っとコロッとまた元のニコニコ顔に戻る佐伯。



「なぁ~んだ違かったかー…。で、それ美味しいですか?」


「え、ま、まぁ…」


「そっかぁ~、じゃあ後で買ってみようかな~」



クルクル~っと椅子を廻しながら自分の机に戻る佐伯に脱力した杜門。



「(なんなんだ、あいつは…)」



ホッとした杜門は新発売のイチゴミルクをグイッと飲み干し、少し渋い顔をしてボソッと呟いた。



「…甘いな…」




∞∞∞∞∞




教室では



「ねぇメイ、杜門先生ってさ、そんなに悪い人だと思わないんだけど」


「はぁああああ!?なに、一樺なんか変なものでも食べた!?それとも頭でも打った!?保健室に行こう!今すぐ行こう!!』


「ちょ、ちょっと変なもの食べてないし、頭も打ってないよ…」


「なら、正気か?」


「正気です」



波木は怪訝そうな顔で一樺を見る。



「ん~…百歩譲って、否!十万歩譲ったとして、話を聞こうじゃないか」


「例えば…そうだなぁ、間違ったこと言わない、とか?

ほら、だいたい正論みたいなこと言うじゃない?」


「いや、ないな。だいたいは自論を言ってるだけでしょ」


「ほ、他にも!真面目でマメなところがあったり!」


「それ、ただオニ先の性格上、チマチマしてるだけでしょ」


「ぐぅ…あとは、え~っと…なんだかんだ言うけど、本当は思いやりがあって怒ったり、怖い顔したり、課題を出したり…」


「…それもうさ、いいとこなくない?」


「(ガーン!)…ひ、一つぐらいは、何か…あ!これだ!」



一樺が懸命に考えた結果捻りだした答えはというと。



「授業でわからないことがあった時、何度聞いても怒らない!」


「…一樺。ちゃんと学習しようね」


「(ガックシ…。メイと杜門先生は分かり合えないのだろうか)」


「てか、珍しいねブラックコーヒー飲むなんて。最近は新発売のイチゴミルクばかり飲んでたのに」


「え?あぁ、まぁね…たまには、ね…(本当はあまり得意じゃないんだけど…なんだかよく分からないまま頂いたんだけど、せっかくだし家に帰って砂糖とミルクをたっぷり入れてから飲もうかな)」



もらった缶コーヒーをカバンにそっとしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る