第7話 新たな一面



いつも通り数学の授業前の教材運びと課題運びをしている一樺が階段を上がる。



「なんか、いつもより課題多くない?」



よいしょっ、と言いながら懸命に紙の山を運んでいると、

途中、階段に足が引っかかってしまい課題の紙束をばら撒いてしまう。



「うわぁあ!いっててて…、もう~…!」



そこへ優しく一樺に手を差し伸べてくれる男子生徒が現れた。



「大丈夫?」



一樺はその差し伸べられた手を取り立ち上がった。

男子生徒は散らばった課題の用紙を手にして、紙束を搔き集めた。



「これ、うちのクラスに持って行けばいいんだよね?俺も運ぶの手伝うよ」


「え!いいよ、そんな悪いし…」


「大丈夫、これぐらい平気だから!」


「ありがとう」



紙束を拾い一樺と男子生徒は一緒に教室まで向かう。

その男子生徒の名は善 陽千賀ゼン ハルチカ。一樺と同じクラスで、男女関係なく話し掛ける気さくな男子生徒だ。


「桐島さんって、いつもこんなことしてるの?」


「うん、まぁ…慌ただしいけど、最近は慣れてきたよ」


「授業が終わったら、すぐ次の授業の教材運びしないといけないなんて、大変だ。

でも桐島さんは頑張り屋さんだね」



教室に着く間、二人は何気ない会話をしながら歩いていた。



「ところで、桐島さんって何か部活やってるの?俺は弓道部に入部してるんだ」


「何も入ってないよ?弓道部かぁ、朝練とかあるの?」


「もちろん!朝練の曜日は決まってるけどね。朝早いから眠たいけど、朝練始めたら清々しくて気持ちいいよ」



いつもは一人で課題運びをしていたので特に何も思わずに運んでいたが、今日はもう一人善という男子生徒が一緒に手伝ってくれているので、なんだか楽しくなる。



「そうなんだぁ~、善くんは弓道好きなんだね」


「あのさ、苗字じゃなくて、名前で呼んでよ?だいたいの人は名前で呼んでるし」


「えっと、陽千賀ハルチカくん?」


「…ッ!みんな、ハルとか、チカとかって呼ぶから、改めて名前で呼ばれるのってなんか気恥ずかしいなぁ」



少し照れくさそうにハニカミ頬を掻く。



「ぁ、ごめん」


「いやいやいいんだよ!むしろその方が嬉しいんだけど…」


「じゃあ、ハル君でいいかな?」


「え、あ、うん。ありがとう」



教室に到着した二人は教卓の上に課題用紙の束と教材を置いた。



「よいしょっと…ハル君、ありがとう。助かりました」


「いえいえ、何か力になれることがあればいつでも声かけてよ」



二人の様子を見ていたメイが一樺に話し掛けてきた。



「なになになに?一樺~、善くんとなんだか親し気だけど~?」


「何にもないって、教材運び手伝ってもらってたの」


「ふぅ~ん」



ニヤニヤと不敵な表情で一樺を見つめる。



「なによ」


「べっつにぃ~」



∞∞∞∞∞



ロングホームルームの時間になり、佐伯が今年の修学旅行の話しをする。

それぞれ各班で現地を回るグループ決めと、クラスのまとめ役としてクラス代表を二人決める話となった。



「男子はもう決まってるんだが、女子がまだ決まっていないんだ。誰か代表をやってくれないか?ちなみに、男子は善がやってくれるそうだ」


「ハイ!」


「お!波木、引き受けてくれるのか?」


「いえ、推薦です。桐島さんがいいと思います!」


「ちょっ、メイ!」


「ほぅ…そうか、桐島か。どうだ、引き受けてくれないか?」



みんなの視線が一気に集まる中、断れない雰囲気になってしまった。

一樺は仕方なく渋々クラス代表の役目を担うことにした。



「わかりました…。なんでこんなことに…」


「ちなみに、代表は夏休みに何度か説明会があるみたいだから、よろしくね~」


「マジか、うわー帰宅部なのに、わざわざ夏休みに学校に来ないといけないのぉ~…これもメイがあんなこと言うから―――」


「桐島さん、一緒に頑張ろうね。よろしく」



いつの間にか善が近付いてきていて笑顔で握手を求めてきたのでそれに答えるように苦笑をしながら握手を交わした。



「よ、よろしく…あはは」



∞∞∞∞∞



次の日 情報室にて。



「失礼します、教材運びに来ましたー。あれ?先生いない?」



一樺はいつも通り課題が置かれているデスクに近付く、隣には先生用のパソコンが設置されてある。



「…(いつもパソコンばかりいじってるけど、パソコンで何してるんだろう?実はいやらしいものとか見てたりして)」



ちょっとぐらい、見てもいいよね…なんて思いながらパソコンの画面を覗き込む。



「これって…」



画面には数学の課題に出されている紙と全く同じものが映っていた。



「へぇ~、課題ってどこかの教材の問題集みたいのからコピーして出してるのかと思ってた…書き途中のもある、これ全部自作?しかも数学が苦手な人用に別で問題作ってある…だって私の名前があるもん…。ほんと、マメな人だな…」



感心しながら一樺は教材と課題用紙の束を持って情報室をあとにした。


入れ違いで杜門が情報室に戻ってくる。

デスクに置いてあった課題がなくなっていることに気付く。



「…なんだ、取りに来ていたのか」



∞∞∞∞∞



休み時間 佐伯が教室に来ていた。佐伯は手招きして一樺と善を呼び出し、

束ねた紙を二人に手渡す。



「修学旅行のことで二人に一つ伝え忘れがあったんだ…。はいこれ、修学旅行で各班が観光で回るルートを把握しておきたいから、この紙に記入して提出することになっているんだけど…大丈夫?」


「わかりました。提出期限っていつまでだろう…え!!終業式前日までって書いてあるけど…あと2日後じゃん!」


「とりあえず、各班に聞いて回ろう」


「そうだね」



提出期限前日、二人は各班の観光ルートを聞き回り少しずつ紙に書き留めていた。



「んー…まだグループ内でまとまってない班があるみたい…」


「ハル君の方はどう?俺の方はあとはこの班だけ。よし!もうひと踏ん張りだね」



提出期限当日の放課後。


善は弓道部の活動があるため最後の班のルートを集めることが出来なかったので

あと1グループの件は一樺に任せることになった。



「ごめんね、桐島さん、俺部活の時間が…」


「ああ、いいよいいよ。部活の時間始まってるのに、残ってくれてありがとう。

あの感じだといつ纏まるかわからないし、あとは任せて、なんとかするから」


「ほんと、ごめん。ありがとう、それじゃ!」



最後の班の話し合いが纏まったのはそれから三時間後だった。



「やっと書ける…さっさと書いて提出に行かないと!提出先は杜門先生だったよね」



書き終えた紙を持って情報室へ歩みを進めるが、情報室の鍵は閉まっており、

中の灯りも消えていた。



「ここじゃないの…。もう帰っちゃったかなぁ、職員室にまだいるかな」



廊下をパタパタと駆けて行き職員室に到着する。



「失礼します、杜門先生いらっしゃいますか?」



職員室内はシーンとしていた。



「あれ、桐島じゃないか、こんな時間にどうしたの?」


「佐伯先生!修学旅行の提出する紙、やっと集まったんで持ってきたんですけど、杜門先生居ませんか?」


「杜門先生?あ~、此処には居ないねぇ」


「帰っちゃいましたかね」


「ん~、いや…まだ校内には居るみたいだよ」



教師用の名前が書いてある木札を見る。



「たぶん、この時間帯なら弓道部に居るんじゃないかな」


「弓道部に?」


「あれ?知らなかった?杜門先生は弓道部の顧問なんだよ」


「知らなかった…」


「昔は優秀でけっこう凄腕だったみたいよ~、今はたまに弓道部の生徒達が帰った後に、弓を引いてるみたいよ。こっそり覗いてみるといい、迫力が凄いから」


「わかりました。ありがとうございます」



佐伯に弓道場の場所を教えてもらってから一礼して弓道部に向かうことにした。



パーンッ!



「(音が聞こえる…)」



そっとドアの窓から覗いてみると、弓道着を着て弓を手にしていた杜門がそこに居た。

再び弓構えをする。



…スパーンッ!



「(わぁあ…これが佐伯先生が言っていた杜門先生の弓道…)」



ドアの隙間が開いていたので一樺はこっそり中に入ることにした。



「……」



呼吸を整え、心を澄ませ、集中力を高める。

杜門のいつもとは違うその真剣な表情に見惚れてしまう。



ス…パーンッ!



「…(すごい…あんな先生初めて見た…)」



いつの間にか心奪われていた一樺はつい持っていた紙束が手から擦り抜けてしまう。



パサッ



「誰だ!!」


「!!!す、すみません!!」


「桐島…?桐島がなぜ此処にいる」


「あの…修学旅行の用紙、今日までが提出期限だったので…やっと全班の予定が決まったので、その、遅れてすみませんでした!」



杜門に近付き、頭を下げる一樺。



「それを提出するために、わざわざこの時間まで残っていたのか。

まったく…遅くまで、それならば明日、提出すればよかっただろう」


「でもそれだと…!」


「確かに今日までが期日だ。が、無理をしてこんな時間になるまで残るのは感心はしない」


「…はい」


「だが、その意気込みは汲みとることにしよう」



シュンとして俯いていた一樺は顔を上げる。



「本当に、お前はいつも遅れてやってくる。教材運びの時も、今回もだ。

…それでも、必ず来る。私から逃げずに…必ず、な。

お前のそういうところは、良きことだと、私は思う」


「先生…!」



パァッと嬉しそうに笑顔になる一樺の表情を見て、杜門は一つ咳払いをする。



「あ、先生の弓道勝手に拝見してましたけど…凄かったです!驚きました!」


「…まったく、勝手に入りおって」


「佐伯先生の言っていた通りでした、杜門先生の弓道は凄いって!」


「何…?」



思いもよらぬ言葉に眉間に皺を寄せる。



「昔は凄腕で優秀だったって。やっぱり、先生の腕なら全国大会に出たりしてたんですか?」



その言葉を聞いた瞬間杜門の表情が曇る。



「今は大会とかには出ないんですか?大会に出たらきっと優勝できますよ!だって先生の弓道は―――」


「…て行け」


「へ?」


「今すぐここから出て行けと言ったんだ!」


「っ!!」



突然大きな声を出す杜門に一樺は驚いて固まってしまう。



「…今日はもう遅い、早く帰るんだ…」



声のトーンを落とし一樺に背を向ける杜門の背中からは何か辛そうに感じ取れた。



「…そ、そうですよね、あはは、すみません、長居してしまって・・・失礼しましたっ…!」



ただならぬ雰囲気に慌てて走って帰る一樺。



「……もう、遅いのだ…」



一人弓道場に残った杜門は自分の手を見つめポツリと呟いた。

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