第2話 波乱の予感①




とある昼休み



人気も少ない階段の踊り場にてメイが話しかけてきた。



「ねぇ、一樺。これ、見てみてよ」



メイが持っていたのは何の変哲もないブックカバーが付いた一冊の本だった。



「なに、それ?」


「ンフフ~。これはねぇ~…」



メイが気持ち悪い笑い方をしながら、本の中身を見せてくる。



「ちょっとぉ、そ、それは、あ、ああアレのやつじゃ?!」


「そう、ア・レ。いいでしょぉ~?人気の作家さんの新作が手に入ったのよ」



メイは興奮気味に自慢し、悦に入る。



「それ、学校に持ってきても大丈夫なの?お気に入りなんでしょ?」


「大丈夫よ、絶対誰にも渡さないんだから!」



メイは大事そうに本を抱えて自分の世界に入ってしまう。


そんなやり取りをしている二人に暗雲の影が現れる。急に杜門の声が掛かる。



「桐島、こんなところにいたか」



突然の杜門の登場に二人は慌てふためいてしまった。



「……(一樺、よりによってこんなところでオニ先に出くわしちゃったよ…

ピンチ!)」


「……(メイ、早く隠さないと、見つかったら色々と大変なことになっちゃう!)」


「……(わ、わかってるよ、でも隠す場所なんて…)」



波木メイはあたふたしながら隠し場所を探すが何処にも見当たらない。

その間も杜門はこちらに近付いてくる。



「……(一樺、ちょっと持ってて、私がなんとか誤魔化すから!)」


「……!(ぇええ!?ちょ、ええ??)」



メイは、一樺に本を後ろ手に渡すと波木は、頑張って笑顔を作りながら一樺を隠すように前に立つ。



「オニs、じゃなかった…も、杜門先生じゃないですか!どうしたんです、こんな所で」


「お前達こそ、こんな所で何をしていた」



杜門の威圧するような声質に負けないように、波木は大きな声で答える。



「え~、アレです、アレですよ…!」


「アレとは何だ?」


「ほら、あ~…ごはん、そう!一樺とココでお昼ご飯を食べようってことに!」


「……(そ、それは、苦しい言い訳だよ。メイ)」


「ここで、か…」



杜門は眉を潜め、少し怪訝そうな表情で一樺の方を見やる。

あはは、と乾いた笑いをしながら一樺は答えてみた。



「そ、そうですよー、たまには気分転換もいいよねって話になりましてっ!」


「……ふむ、まぁ好きにすればいい」


「「(大丈夫だったぁあああ!!)」」


「それはそうと、桐島」



心の中でホッと安堵したのも束の間、二人に再び緊張が走る。

咄嗟に波木が一樺に近付こうとする杜門の行く手を遮る。



「なんだ?波木。私は桐島に用があるのだが」



杜門の顔を見て思わず一歩後退ってしまうメイに動揺を隠せない一樺は心の中で叫び声をあげた。



「…な、なんでしょ、うか?(ちょぉっと!メイ。なんで引き下がったの、見つかっちゃうって!!)」


「先週提出した宿題について少し話があるのだが、いいか?」


「い、今ですか?」


「そうだが、何か都合でも悪いのか?」


「い、いいいいえ!!問題ありませんよ!」



杜門から本が見えないように答えていたつもりだったが、さすがにあからさまに身を引いてるのを杜門は見逃さなかった。



「ん?桐島。何を隠している」


「(ち、近いっ!)」



一歩下がった一樺に向かい、二歩前に出ると、杜門は一樺の後ろに手を廻し、

持っていた本を取り上げる。


一樺と波木は完全敗北を悟った。



「何故本を隠していた?」


「それは…」



詰め寄る杜門に一樺は何の本であるかを答えられなかった。

いや、答えたくなかったのだ。



「小説にしては、大きいようだが…漫画本か何かか?」



その言葉にギクッ肩を揺らした一樺の様子を見て目を細める。



「来なさい、桐島」


「…え…(私だけ!?)」



「(ゴメン!今度なんか奢るから)」と杜門の後ろで謝る動作をするメイ。

杜門に一樺だけが連行されていってしまった………。



「(うそだ~~~!!!)」








∞∞∞∞∞









そのまま職員室へと連れていかれてしまった一樺は、

なんとも気まずそうにトボトボと杜門の後をついて行く。


職員室に到着するとお昼休みの時間帯だからなのか先生方は疎らにしか居なかった。

自身の席へと向かい、椅子に腰かける杜門に立ったまま俯く一樺。



「さて、桐島。話を聞こうか」


「うっ…」



バツが悪そうに固く口を一文字に結ぶ一樺に杜門は自分から話す様子はないなと判断してこちらから質問をすることにした。



「……(メイめ~、なんつー爆弾を持たせやがった!)」


「先ず、この本は小説か?小説なら学校に持ってきてもかまわんが」


「……(答えられるわけねぇー!!!)」



心中穏やかではいられない状況の中、更に質問が続くが何も答えない一樺に溜め息を漏らす。



「…桐島。どうして何も答えない?」


「……(どうしよう…このままだと本がっ!)」



杜門は本に手を差し伸べると、一樺は杜門が本の中身を見るのではないかと思い反射的に止めようと自身も手を伸ばしたが、本に手が当たり中身が見えてしまう状態で落下してしまう。



「しまっーーー…!」



まずいと思ったが時すでに遅し、一樺は恐る恐る杜門の顔を見るしかできなかった。

すると、今までほとんど眉間に皺を寄せるか、呆れた顔しか見たことのない杜門の顔が驚いて硬直しているように伺えた。



「(オワッタ…)」



杜門は本をそっと閉じて拾い机に再び置くと二人の間に沈黙が続く。

一樺にとっては長い時間に感じてしまっていたかもしれない。

だが、居た堪れなくなった一樺は先に口を開いた。



「あのぅ…」



自分の思考に追いつけていない杜門は少し動揺しているようにも見えた。

咳払いをして、またすぐにいつもの表情に戻る。



「これは…その、なんだ…」


「B、える…です」



完全に全てを白状するしかないと悟った一樺はそう答えたが、杜門は首を傾げ、

表情からは理解できずにいることが見て取れた。

一樺はもうどうにでもなれと自棄になる。



「ぼーいずらぶ…だから、そのっ!お、男の人同士のラブロマンスでーーー…!」


「っ!そ、そうか…」



少し動揺を見せるが、そこまで言われて杜門はやっと理解したようだった。



「…(なんで私がこんな説明をしないといけないのよ!)」


「あー…コホン…これは漫画だったな、一応預かっておく」



一樺は今後の高校生活が詰んでしまったかのような表情をして返事をした。





やっとのことで杜門から解放された一樺は職員室をあとにし、やっとの思いで教室へとたどり着いた。

絶望感とどっと疲れたのが押し寄せてくる感覚にサイナまれた。

教室に入った途端、メイが真っ先に声を掛けてきた。



「一樺、どうだった!?」


「どうだったじゃないよー…もう中身もバレたし、持ち主完全に私だと思われてるし、ちょーー気まずかったんだよ?」



一樺はメイに溜まっていた不満を漏らし一気に早口で捲し立てる。



「ご、ごめん…まさかオニ先に当たるとは思ってもみなかった。

…で、本は?」



メイは一樺の心配よりも本に対しての心配が大きかったようだった。



「は?」


「あの本、返してもらったよね?」


「そんなわけないでしょうが、没収だよ没収ぅ~」


「そ、そんなぁ~…」



一樺は自分よりも本のことを心配するメイに一瞬怒りを覚えたが、

怒る気力も残ってはいなかったのと、メイが只々可哀想とも思えたのだった。







∞∞∞∞∞







職員室にて、自分の机の上には先程取り上げた本が置いてあるのだが、

それを見て渋い顔をする杜門。

訝しげに考えていると横を通った佐伯が声を掛けてきた。



「おや?杜門先生がいつも読んでる小説にしては珍しい大きさですね」



杜門は佐伯が近付いてきていたことにまったく気付いていなかったので、

急に声を掛けられて驚いた拍子にガタンッと脚が机にぶつかった。



「どうしたんです?杜門先生?」


「い、いえ、なにも…」



平静を装うもどこか不自然な杜門に佐伯の目は見逃さなかった。

何の本なのか興味を示した佐伯が更に詳しく言い寄って来る。



「それ、どんな本なんです?気になるなぁ~、杜門先生がこの手の大きさの本を読むなんて、どんな内容かとても気になるじゃないですか~」


「いや、その…なんというか…」


「ちょっと、読ませていただいてもよろしいですか?」



佐伯はニコニコしながら杜門に詰め寄るが、歯切れの悪い杜門に痺れを切らして佐伯は本を手にする。途端、杜門が瞬時に本を取り返そうとしたが間に合わず佐伯の手によって本が開かれてしまう。



「あ…!」


「あー……うん、なるほどねぇ!」


「い、いやこれは違う!生徒から没収した物であっーーー……!」



ほぉ~っと頷く佐伯の顔はそこまで驚いた表情はしていなかった。

慌てて弁解をする杜門に対して佐伯は本を返しながら満面の笑みで言葉を放つ。



「大丈夫ですよ。杜門先生は杜門先生ですから、それに変わりはありませんよ」



佐伯はニコニコして、ふむふむと頷きながら自分の席へと戻っていく。

それに対し、杜門の心中は穏やかではなかった。





その後、一樺は杜門に課題を言い渡されたのだった……。



















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