第3話 夫婦の会話
ヴィオラをはじめ皇室魔術師たちが解呪の作業をしている間、ヴィクターは、改めてリリィと話し合うことにした。
「リリィ、今回の件、いや今まで迷惑をかけてすまなかった」
「迷惑って、何ですか?」
その日の公務が終わった後、リリィの寝室でヴィクターはリリィに頭を下げていた。
「だから、君にエドガーと寝ろと言ってしまったり、君の気持ちも考えずに僕の気持ちばかり君に押しつけていたり……皇太子妃なんて本当はなりたくなかったのではないか?」
しょげているヴィクターに、リリィは思わず吹き出してしまった。
「全く、本当にご自身のことしか考えないのですから……」
「すまない! でも、どんなに頑張っても君の気持ちにはなれないんだ! 今の君の気持ちを教えてくれないだろうか!」
本当に反省していると思われるヴィクターに、リリィは半分呆れながら答える。
「そうですね……私は、殿下が好きですよ。プロポーズされた、あの日からずっと」
「そうなのか!?」
「そうですよ。そうでなかったら、皇太子妃なんかやりません」
その言葉を聞いて、ヴィクターは拍子抜けしたように寝台に横たわった。
「どうされたのですか?」
「いや……何だか、どっと疲れた。なんだろう、この気持ちは」
天井を見つめるヴィクターの隣にリリィは腰を下ろした。
「おそらく、安心されたのですよ」
「安心?」
ヴィクターは起き上がり、リリィの顔を覗き込む。
「こちらこそ、私が受け身であったばかりに殿下を不安にさせてしまったのですね。申し訳ありません」
「リリィの謝ることではないぞ!」
「いいえ、これはもう、私の落ち度です。殿下に信頼できる皇太子妃にならなければ、国民も信頼してくれないですからね……」
リリィの感じていた重圧をただ「守る」と言葉だけでリリィを半ば突き放していたことにヴィクターは気がついた。再び自己嫌悪に陥りそうになったが、ヴィクターは更にリリィに質問を投げかける。
「そうだ、リリィ。ひとつ聞いておきたいことがある」
「私に答えられることでしたら」
「前に、女性は肉体的満足は必要ないと言ったな……それでは、女性は一体何で満足するのだ?」
ヴィクターはひとまず立場より前に、リリィ個人の話を聞きたいと思った。
「そうですね……愛、ですかね」
リリィは抽象的な質問に迷いながら答える。
「愛、か」
「はい。女性が満たされていると思うときは、愛されているときだと思います」
「愛される、それは具体的にどういう状態なんだ?」
ヴィクターの続けざまの質問に、リリィもすっかり困ってしまった。
「リリィ、自信がないんだ……僕は、君のことを愛せていたか?」
「私のことを愛していらっしゃるのでしょう?」
「もちろん! 何度も言うが、この国と君を選べと言われたら僕は迷わず君をとる!」
悩んではいるようだが、相変わらずの調子のヴィクターにリリィは少し安心した。
「ふふ、少しはお悩みになってくださいよ。あなた皇太子なのでしょう?」
「そうだ、僕は皇太子だ。でもその前に、僕はリリィ・ミストウェルの夫なのだ。一人の女も守れなくて、どうして国が守れると言うのだ?」
きらきらと話すヴィクターに、リリィは尋ねる。
「では、あなたの命と私、どちらかと言われたらどうなさいますか?」
「僕の命なんか、君の命に比べれば大したことはない。言わずもがな、だ」
いつもと同じヴィクターであるはずだったが、リリィはこのとき何か違う感情を胸の中で感じた。甚だしい勘違いではあったが、自分を犠牲にしようとしたヴィクターの偽らない心がすうっとリリィの中に入ってきたような気がした。
「……どうしたのだ? 僕はまた何かおかしなことを言ったか?」
「いえ、どうしたんでしょう……何だか、ぼうっとして……」
「それはいけない! 熱でもあるのか!? すぐに休まなければ!」
急におろおろし始めたヴィクターを見て、リリィは吹き出す。
「なんだ、やっぱり僕がおかしなことを言ってるのか!? 一体どうしたっていうんだ!?」
「ふふふ、本当に殿下って面白いですね」
「面白い!? 僕はいつだって真剣なんだぞ!」
「わかってますよ。真剣そのもの、そこが殿下の良いところです」
リリィは狼狽えるヴィクターの手をとり、そっと寄り添った。
「大丈夫ですよ、共に歩いて参りましょう」
ヴィクターの動きが全て止まった。そして数秒の後、ヴィクターの姿は消えた。
「あらあら、この姿も見納めかしら。少し寂しいわ……」
服の中から出てきた子犬を抱き上げて、リリィは耳の後ろを優しく撫でた。
「ああ、リリィ……人間に戻っても、耳の後ろを撫でてくれるか?」
「ちょっとそれは考えさせてくださいね……」
子犬は大人しくリリィの腕の中に収まって、それから欠伸をひとつした。ヴィクターはすっかり安心しているようだった。
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