第2話 呪いの元凶

 子犬になる呪いの正体がディオンによって解明された。エドガーが服を着てディオンが落ち着いたところで、ヴィクターが首を傾げる。


「しかし、呪いの解析が終わったところで術者本人が特定できなければ解呪も適わないだろう?」

「それは、殿下に呪いをかけそうな家臣を片っ端から取り調べてみればわかるでしょう」


 ディオンは、あくまでも呪いはヴィクターに恨みを持つ者の犯行と考えていた。


「でも、ディオン様でも特定が難しかった呪いですよ? 秘密裏にしても、そんなに面倒くさいことをするでしょうか……? だって、犬ですよ?」


 リリィの言葉に、一同は首を傾げる。呪いをかけたい者がいるのはわかるが、何故このように回りくどい呪いをかけたのかは理解に苦しんだ。


「それより、この呪薬の製造ルートを調べればいいんじゃないのか?」


 エドガーが呆れたように呟く。


月光花ルナブルームは最近美容効果が確認されたとか何とかで品薄らしいし、狼牙草ウルフベインなんて物騒なものと組み合わせて何とかしようとする奴なんて物好きでもいないだろう。普段混ぜ合わせないものの調合にも特殊な器具が必要だし……」


 ディオンとエドガーは腕を組んで考え込んでしまった。


「だとすれば、一体誰がこんな手の込んだ真似を……」


 ヴィクターが呟いた時、リリィはあることを思い出した。


「美容効果、ですか?」


 それと同時に、ディオンもはっと顔をあげてリリィを見る。


「美容効果……名前を濡らす……まさか!」


 二人の脳内で、ヴィオラ皇女が美容液を抱えてニヤニヤ佇んでいた。


***


 急に「内密の用件」として留学先から本国に呼び出されたヴィオラ・ミストウェルは不服そうにしていた。


「全く、私だって忙しいのよ……?」


 ヴィオラの前には当事者であるヴィクターとヴィオラの師であるディオン、そしてヴィクターとヴィオラの父である現ミストウェル皇帝がいた。ある程度解決の糸口が見えたことで、ディオンは今回の一件を皇帝に報告した。呑気に孫を楽しみにしていた皇帝は真っ青になって、ヴィオラを本国に召喚した。


「元はと言えば、全部お前のせいなんだ!」

「えー、だって不可抗体力じゃない? 私だってそんな効果があるなんて知らなかったしー」


 弟子の不始末にディオンはヴィオラを激しく叱責した。


「全ての効果が試されるまで実験中の薬品を持ち出すなとあれほど言ったのに!」

「でも月光花ルナブルームが男性のソッチに何らかを働かせるなんて論文、読んだことないですよ」

「それはなあ……しかし、未知の効果だってあるんだからな!」


 ディオンの説教を受けながら、ヴィオラはふてくされた。


「はいはい、解呪すればいいのよね。でも今他の実験で手が離せないから、来月になってからでもいいかしら?」


 不機嫌そうなヴィオラにヴィクターは詰め寄った。


「今からやれ!」

「えー、だって死ぬわけじゃないし、緊急性は低くない?」


 ヴィオラはディオンと父である現皇帝をちらりと見る。


「ダメだ、今すぐやれ」

「これは死活問題だ、今すぐやらないとダメだ」


 二人もヴィクターの肩を持った。


「えー、だってセックス出来ないだけでしょう? 来月になったらちゃんとやるから……」


 それでも渋るヴィオラに、ヴィクターは更に詰め寄った。


「女の貴様にはわからないだろうが、事は一刻を争う事態なんだぞ。いくら妹でもこれ以上ふざけた真似をしたら許さないからな」


 ヴィクターに凄まれて、ヴィオラも小さくなった。


「わわ、わかったよ……でも偶然できちゃった呪いの解呪だから、本当に少し時間をちょうだい。同じものを作り上げなきゃいけないから、少し時間がかかるの」

「どのくらいだ!?」

「えーと……一週間?」


 ヴィクターの目が殺気だったところで、ディオンが間に入った。


「殿下、解呪には事情を知っている皇帝魔術師全員で取り組みますので三日もあれば可能かと」

「三日!? 私眠れないじゃない!」

「一体誰のせいでこうなったのか、少しは考えろ!」


 ディオンに叱責され、ヴィオラはしゅんと項垂れた。


「……でもさあ、これ性犯罪者とかに使ったらすごく良さそうな呪いね。ふふふ、後で犬じゃなくて虫とかに変えられないか研究してみよう」

「なんでそんな残酷なことを考えつくんだ……?」


 ヴィクターが呆れていると、ヴィオラはけろりと言ってのける。


「あら、男の人だって女の生理を我慢しろとか言うじゃない。それと一緒よ」


 その言葉にヴィクターは何も言い返せなかった。ヴィオラが皇帝とディオンから説教を受けている声もどこか遠くなり、ヴィクターは今すぐにでもリリィに会いたいと思っていた。

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