第6章 さよならしばもふ

第1話 呪いの正体

 リリィの部屋に飛び込んできたディオンは、呪いの正体がわかったと一同に告げた。


「して、どのような仕組みでこんな厄介なことになっているのだ?」


 ちゃっかりエドガーの服を着たヴィクターはディオンに向き直った。子犬のエドガーは、リリィの膝の上で突然の父の来訪に震えて小さくなっていた。


「そもそも人間を動物に変えるという種類の術は種類が少ないので、特定は容易でした。しかし問題はおかしな発動条件です」

「女を抱くと、という部分か?」


 先ほどの情けない惨めな負け犬から一転して、ヴィクターは立派な皇太子の顔に戻っていた。


「その通りです。姿を動物に変える術だけでしたら、狼牙草ウルフベインという植物の根から抽出される魔力成分を使うのが一般的です。しかし、そこから先の発動条件に繋がる成分の特定に手惑いまして……」


 ディオンは液体の入った薬瓶をヴィクターに見せた。


「こちらは先ほどの狼牙草ウルフベイン月光花ルナブルームという女性を健康にするという効果のある魔力成分を加えたものです。古来より女性向けの効果ばかり研究されていましたが、こちらを男性に用いると妙な強壮効果を持つことが判明したのです」

「妙な強壮効果とは?」

「元々女性的な気の流れに効果を発揮する成分ですので、男性に使用するとかなり変わった効果が得られました。これを単独で使うと、強壮効果はあるのですがその代わり男性の機能が少々変化しまして……」


 ディオンはそこで口ごもった。


「具体的には?」

「副作用でとんでもなく遅漏に……」


 その場にいた男性陣はため息をついた。ディオンはさらに説明を続ける。


「そして、その効果が狼牙草ウルフベインと混ざり合い、おそらく獣化と強壮効果が変に呪術反応を起こした結果、こうして妙な呪いの薬ができたというわけです」


 一同はディオンの手のひらの薬瓶を見つめた。


「して、その呪術が私にかけられた経緯は把握しているのか?」


 ヴィクターは肝心な部分を質問する。


「呪術として人を縛るには、名前を用いるのが一般的です。そこでとりあえずうちのバカ息子の名前を書いた紙を薬瓶に入れ、今度バカをやったら犬になれと念じておいたのですが……」


 ヴィクターとリリィは子犬のエドガーを見つめる。その視線の先の子犬にディオンも気がつき、みるみる顔が青くなっていく。


「もしや、そいつが……」


 すると子犬のエドガーはぴょんとリリィの膝から降りて、ディオンに向かって前傾姿勢で威嚇のポーズを取る。


「やい! いくら親だからって、やっていいことと悪いことがあるぞ! 勝手に俺に犬になる呪いをかけやがって!」

「それはこっちの台詞だ!」


 ディオンはぴょんぴょん跳ねる子犬のエドガーの首根っこを捕まえ、ぶんぶん振り回す。


「お前という奴は! ついに妃殿下にまで! わかってるのかこの恥知らず!」

「違う! これには深い理由が!」


 子犬も負けじと、ディオンの腕の中で暴れ回る。


「言い訳など聞きたくない! 勘当だ! 一生犬のままでいろ!」

「いくら何でも妃殿下なんかに手ぇ出すわけねえだろ! 落ち着いて考えろ!」


 ディオンの手から逃れたエドガーだったが、すぐにヴィクターに拾い上げられた。エドガーは助かったと思ったが、ヴィクターの目はとても冷ややかだった。


「貴様、今リリィなんかと言ったか!?」


 子犬のエドガーは不機嫌なヴィクターの様子を察して、その手から逃れようとした。


「あのなあ、それは言葉のアヤって奴でなあ……」

「言い訳など聞きたくない! リリィを愚弄する奴は誰であっても許さない!」


 そのままヴィクターに床に叩きつけられた勢いで、エドガーは人間の姿に戻った。


「何だよ……俺が何したっていうんだよ……」


 相変わらず真っ青な顔をしているディオンと、何故か勝ち誇った顔をしているヴィクターと、全裸で床に倒れ伏すエドガーを前にリリィは両手で顔を覆った。


「もうどこから説明すればいいの……?」


 その後のリリィの事情説明により、エドガーの潔白は証明された。しかし、ディオンは最後まで何故エドガーがリリィと事に及ばなければならなかったのかは理解できそうになかった。

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