第4話 皇太子という人
話し相手のイリスがいなくなって、リリィは急に心細くなってきた。
「殿下、今頃どうなさっているのかしら……」
ふと、リリィは他の女を抱いているヴィクターを想像してしまった。ヴィクターに限ってそんなことはないとすぐにその想像を打ち消したが、やはりヴィクターもひとりの男であるためにそういう欲求が一切ないというのも変な話であると思い直した。
「本当に呪いがかかっているのが私だったらどうしよう……」
リリィは不安な気持ちが溢れてきそうな胸をそっと押さえる。
「大丈夫よ、ディオン先生もイリスも、それにエドガーさんだってついているんだから」
励ますように呟くが、余計不安な気持ちが溢れてくる。
「だって、殿下は守ってくれるって仰ったから」
リリィの脳裏に、幼い頃の思い出が蘇った。
『君はなんて美しいんだ! 是非僕の妃になってくれ!』
ヴィオラからヴィクターを紹介された際、いきなりヴィクターはリリィの手をとってそう叫んだ。あまりにも突然のプロポーズに、リリィは驚いて「ええ」としか言えなかった。
『やった! 君がお嫁さんなら我が国も安泰だ!』
喜び勇んだヴィクターは、その後はしゃぎすぎて転んでしまった。驚いた従者がヴィクターに駆け寄ると、彼はきっぱりとこう言い放った。
『僕よりも驚かせてしまったリリィに詫びの品を持ってきてくれ!』
その後何故かリリィはヴィオラや他の学友たちから離されて、ヴィクターと二人でお茶を飲むことになってしまった。
『君についてもっと知りたい! 君のことをいっぱい教えてほしいんだ!』
リリィはその時のヴィクターのキラキラした瞳を思い出す。その瞳は今でも変わらず、リリィだけを見つめているはずだった。
「殿下に限って、そんなことあるわけないじゃない……」
まだ胸の中に残っている不安を押し出すように、リリィはため息をつく。それから滅入るような気分を抱えて寝台に横たわった。おそらく今夜はヴィクターが戻らないのだろうと思うと、胸の辺りがせつなくなってくる。
「不思議ね、会えないと思ったら会いたくなるんだもの」
これまでリリィは、不思議とヴィクターに会いたいと思ったことはなかった。ヴィクターのほうから熱心にリリィを訪ねてきていたから、リリィはヴィクターが会いに来るのが当たり前だと思ってしまっていた。それはこれからも変わらないだろうと思っていたが、新婚早々にしてリリィはヴィクターについての自分の気持ちがすっかりわからなくなってしまった。
「やっぱり、私は殿下のことが好きだと思う。でも、それって本当に男女の関係という意味で好きなのかしら?」
ヴィクターにプロポーズされたその時から、将来は皇太子妃になるのだろうとリリィはぼんやり思ってきた。そのため、恋愛というものがよくわかっていなかった。恋愛においてはヴィクターに愛され守られるというイメージしかリリィにはなかった。
「そうでなければ私は何のためにここにいるのかしらね……?」
リリィは今の自分の立場を思い返す。ヴィクターがこのまま他の女を抱くことが出来て、それで自分はいらないと言われて皇太子妃の座を追われたらどうしようと考える。しかし、不思議とリリィは皇太子妃という座に執着していなかった。それよりもあの瞳のキラキラした青年から見捨てられるということがとても怖かった。
リリィがひとり不安とせつなさを抱えていると、部屋の扉を叩く者がいた。
「まあ、今日は帰ってこないと思ったのに……」
リリィが扉を開けると、茶色い子犬を抱いたエドガーが困った顔をして立っていた。
「リリィ! 今すぐこいつに抱かれてやってくれ!!」
子犬は尻尾を振りながらそう叫んでいた。リリィは一体何があったのかとエドガーを見つめた。
「申し訳ありません、こいつ言い出したら聞かないから……」
子犬はエドガーの腕の中で悲壮感あふれる表情をしていた。先ほどのせつない思いはどこかへ飛んでいき、リリィはヴィクターが何を考えているのかさっぱり理解できなかった。
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