第3話 惚れた理由
ヴィクターが夜の街で面倒くさい子犬になっている頃、リリィは皇室魔術師のイリスと寝室で話していた。
「ディオン先生が今呪いに繋がる因果を解析していますから、じきに正体がわかるはずよ」
ディオンの計らいで、イリスはリリィの話し相手になっていた。どこまでも面倒くさいヴィクターの様子から万に一つも間違いが起こることはなさそうであったが、「他の女を抱きに行く」とヴィクターが出て行ったのではリリィも心細かろうという配慮であった。
「ところで、リリィは殿下のどういうところが好きなの?」
イリスに尋ねられ、リリィはヴィクターの良いところを並べてみる。
「そうね……優しいし、威厳があるし、頭もいいし頼りがいがあるし、あと、素敵な顔立ちよね……」
「他には?」
「他?」
「だって、結婚したのだから二人だけの秘密の思い出とか、あるんでしょう?」
リリィはイリスの質問にきょとんとした顔をする。
「秘密の思い出なんて……殿下がわんちゃんになってしまうくらいしか……」
「そ、そうじゃなくて! 何て言うのかな-、ここに惚れた! みたいなことよ」
「惚れた?」
「例えば、美しい花を眺めてうっとりする彼の顔が穏やかで素敵だった! みたいな、そんなこと」
リリィはイリスの質問に答えようと、最近のヴィクターの姿を思い出す。
「ごめんなさい、どうしてもわんちゃんの殿下しか思い浮かばないの……」
イリスは子犬に変身したヴィクターを見ていなかったが、威厳あふれるヴィクターがリリィによって「わんちゃん」呼ばわりされていることがおかしくて仕方なかった。
「それは仕方ないわよ。だってわんちゃんなんですもの」
「そうよ、可愛いのよ。全身は茶色だけど腹のほうの毛は白くて、耳は尖って尻尾はくるんと巻いているのよ。それでいて声は殿下のものなんだから、もう最初はおかしくておかしくて」
リリィの説明にイリスの顔もほころぶ。
「よかった、幸せそうで」
「あら、殿下は私を幸せにするって約束してくださったのよ。幸せでないはずがないじゃない」
イリスはリリィの顔をじっと見つめる。
「何か変なことを言ったかしら?」
「ううん、そうじゃなくて……ごめんね、こっちこそ変なことを言ったら」
イリスは少し考えた後に、リリィに切り出した。
「どうして求婚を受け入れたの?」
その問いはリリィには考えの及ばないものだった。
「どうしてって……私は結婚してくださいって言われたから、はいって言ったまでで……それにお父様も泣いて喜んでいたし……」
リリィは再びイリスの問いに答えようと、今度は自分の心の中を覗き込んだ。イリスはそんなリリィを黙って見守った。
「だって、殿下が私のことが必要だって言うから、それで、殿下は私が好きだから私も殿下のことがきっと好きなんだって、思って、それで……」
思いがけず自分の気持ちを整理できていなかったことにリリィが気がつき、イリスは慌て始めた。
「ごめんなさい。ただ殿下の良いところを聞いて『その気持ちがあるなら殿下が犬でも大丈夫よ』って言いたかっただけなの。そんなに深いところまで考えた質問じゃないのよ」
「いいえ、皇太子妃としての前に、私はヴィクター・ミストウェルの妻なんですもの。今まで彼や自分の立場ばかり気にしていたのかもしれないわ、私……」
リリィはふぅ、とため息をついた。
「結婚するまで、もっと殿下とたくさんお喋りすればよかった。もっと一緒に歩いて、一緒に互いのことを知り深めるべきだったのよ。そうすれば初めての夜もあんなに緊張しなくてすんだのに」
イリスはリリィの隣に座り、不安になっているリリィのしっかり手を握った。
「まあまあ、まだ夫婦になったばかりじゃない。これから深めればいいのよ」
「これから……そうね、まだ私たち新婚なんですものね」
そのとき、衛兵の交代の合図の鐘の音が聞こえた。遅番から夜番の衛兵たちが引き継ぎを行う時刻であった。
「あら、もうこんな時間。私はディオン先生のところに帰らなきゃ」
「ごめんなさいね、私たちのせいで……」
ディオンはヴィクターから相談されて以来、ずっと呪いの解析を行っていた。助手を務めるイリスも、今夜はディオンにつきっきりで解析を進める予定だった。
「私はいいのよ。また来るから、元気出して!」
そう言うと、イリスはリリィの部屋から出て行った。寝室に残されたリリィは、先ほど現れた自身の心と向き合わなければならないことに気が重くなっていた。
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