第4章 惨めなしばもふ

第1話 夜の街と子犬

 子犬になってしまう呪いの検証のため、早速ヴィクターはエドガーを伴って渋々夜の街へ繰り出すことになった。


「全く落ち着かないところだな……」


 威厳ある皇太子の服から平民の着る服に着替え、いざというときのためにわざとくたびれたマントを羽織っているヴィクターを皇太子と認める者は誰もいなかった。


「しかし、お前とこうやってここを肩を並べて歩く日が来るとはなあ」


 父である皇室魔術師長のディオンからヴィクターの呪いについて聞いたエドガーは、最初ひどく笑い転げた。その後、数か月も妻を抱くどころか性欲を満たせていないヴィクターが大変気の毒になった。皇室に仕える者として、幼い頃からの親友として、そしてひとりの男としてエドガーはヴィクターの呪いを解く方法を共に模索することになった。


「嫌だ、絶対嫌だ、でも、ああ、どうすれば……」


 皇太子という立場でありながら、猥雑な夜の街にいることがヴィクターには耐えられなかった。


「でも、正式にそういう女をお前の名前で呼びつけるわけにもいかないし、だからと言ってその辺の侍女連中に自分から手を出すのも嫌だろう?」

「それは、当然だ……皇室トラブルなんて自分から起こすものではないからな」


 ヴィクターは悩みに悩み、結局エドガーの出した『後腐れ無く抱ける女をさっと抱いてくる』という案が採用された。エドガーによってヴィクターの呪いの検証が行われている間、ディオンはイリスと呪いの解析を行うことになっている。


「まあ、そこは俺がサポートするから安心しろって」


 やけに手慣れているエドガーに背中を押されて、ヴィクターはとぼとぼ歩いてた。


「サポートとは何だ? お前が女を選ぶというのか?」


 ヴィクターの耳にも、エドガーの激しい女遊びの噂は入っていた。同時に二人以上の女と遊び歩いて両方からフラれたり、一人の女に激しく入れ込まれて連日付きまとわれたりとヴィクターからすれば呆れるようなことばかりであった。


「いや、そうじゃなくて犬になったときに何とか誤魔化すんだよ」


 既にヴィクターがこれから子犬になることを確信しているエドガーは、どうやってヴィクターを守るかばかり考えていた。


「あら、あなた皇太子に似てるんじゃないの?」


 派手な化粧をした女がヴィクターに声をかけてきた。


「やだなあ、皇太子殿下がこんなところにいるわけないじゃないか。こいつは俺のツレのニッパーだよ」


 すかさずエドガーが、声をかけてきた女と硬直しているヴィクターの間に割って入る。


「あらそうかい。それにしてもいい男だね、うちの店で飲んでいかないかい?」


 女は再度ヴィクターに声をかける。ここまで馴れ馴れしく女に声をかけられたことのないヴィクターは、いよいよどうしていいのかわからなくなった。


「ダメダメ、こいつ堅物でさあ。全然面白くないぞ」

「あーら、そういう男の方がモテるのよ?」


 ヴィクターはちらりと女を見る。ぴったりとした服の胸元からは白い肉がはみ出して、そこを食ってくれと言わんばかりにヴィクターを挑発しているようだった。


「あの、私は……」


 ヴィクターは何とか声を絞り出す。皇室にいる間はリリィ以外を女性として認識したことがなかった。男として淑女たちのゆったりとしたドレスの中を想像しないでもなかったが、それが許されるのは花嫁にするリリィのみとヴィクターは勝手に強く誓っていた。


「いーじゃない、安くしておくよ?」


 女がヴィクターに近寄る。花の香りとも香油とも知れぬ、いい匂いがした気がした。


「あの、その……」


 どうにかヴィクターは断ろうとした。しかし、視線は女の胸元を捕らえて離れない。


「どうかしたかい? お兄さん」


 エドガーが異変を察知して、急いで立ち尽くすヴィクターを連れて女の元から走り去った。誰もいない物陰にヴィクターを引き込んだと思ったが、エドガーの手の中にはヴィクターのマントしかなかった。


「お前さあ……本当にどうしようもないな」


 後からとぼとぼと子犬がやってきた。子犬はわん、と一声鳴くと途端に顔を前足で覆った。


「ダメだ、僕はもうダメなんだ。一生犬のままで暮らすしかないんだ」


 エドガーが思っている以上に、ヴィクターは相当参っているようだった。

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