第2話 呪いの正体を探れ

 皇室魔術師長のディオンに子犬化の相談をしたヴィクターは、今ここで犬になるよう指示されてしまった。


「今ここで犬になれと!?」

「実際の呪いの様子を観察しなければ、対策も見極められないのですが……」


 ディオンの正論に、ヴィクターは鼻白んだ。


「しかし、貴殿の目の前でケダモノになるというのは……」

「話を聞く限りケダモノというより子犬では?」

「うう……仕方ない。しかし、少し時間をくれ。心と体の準備があるのだ」


 ヴィクターは席を立つ。追いかけるようにリリィもヴィクターに従った。


「時間ならありますので、ごゆっくり」


 ディオンはひとり部屋に残された。それからしばらくして、リリィが胸に小さな子犬を抱いてディオンの元へ戻ってきた。子犬は緊張しているのか、リリィの腕の中でぶるぶる震えていた。


「ほうほう、これはこれは……」


 思った以上の子犬の愛らしさにディオンが見とれていると、ヴィクターがリリィの腕の中でじたばたと暴れ始めた。


「これで文句はないだろう! さあ、対策を考えろ!」


 凜々しい皇太子の面影の一切無い子犬を見つめて、ディオンも大いに困り果てた。


「しかしながら殿下、これはかなり難しい呪いかもしれません」

「何故だ?」


 椅子の上にちょこんと座った子犬はうるんだ瞳でディオンを見つめた。


「動物に変身する魔術というのは高度な術でして、あまり使用されないものでございます。ましてや他者にかける呪い、しかもこのような複雑な発動条件となると一体どこから……」


 ディオンも精一杯、この呪いに該当するものはないか考えた。しかし皇室魔術師長のディオンの知識でも、「妻と寝ようとすると子犬になる」という呪いに思い当たるところはなかった。


「殿下、これはかなり複雑な問題かもしれませんぞ……」


 ディオンの声色に、子犬はしょんぼりと俯いてしまった。


「そうか、それでは現段階での貴殿の意見を聞かせて頂きたい」


 ヴィクターは改まってディオンに尋ねたが、子犬の姿では威厳も何もなかった。


「そうですね、解決のためには二つの観点から考える必要があるかと存じます」


 ディオンはつぶらな瞳に見つめられながら、今後の方針を模索する。


「まず、純粋に呪いの正体を探ることがひとつです。そしてもうひとつは、誰が呪いをかけたのかを調べるのですが……」


 子犬は小首を傾げて、鼻を鳴らした。


「呪いをかけた張本人を探す、ということなら現実的ではないな。何故なら私を犬にでも変えたい輩は大勢いるだろうからな」


 ディオンも子犬の意見に頷く。一国の皇太子であり、更に祝福されたとはいえ成婚に至るまでに様々に揉めたヴィクターのことをどうにかしてやりたい連中は両の指でも足りないくらい存在していた。


「そうなると、呪いの正体を探る方向になるのでしょうか……?」


 リリィが不安げに呟く。


「そちらのほうが私も単独で動きやすい。そういうわけで、一度妃殿下はご退出願ってもよろしいでしょうか?」


 ディオンの申し出に子犬が吠える。


「これは夫婦の問題だぞ、リリィを除け者にはできない!」

「いえ、殿下。ここから先は、できれば男同士で話がしたいのですが……」


 リリィは、ディオンに牙を剥く子犬とディオンの顔を見比べた。そして、ディオンの言い分を聞くことにした。


「承知致しました。殿下、あとで私にもお話を聞かせてくださいね」


 リリィが立ち上がると、子犬のヴィクターはリリィにぴょんと飛びついた。


「リリィ、君がいないと僕は!」

「大丈夫ですよ、殿下。ディオン先生にお任せするのがいいわ、お考えがあるのよ」


 リリィは暴れるヴィクターを椅子に座らせると、子犬の首にマントを結んで退出した。子犬はしばらくリリィの消えた扉を眺めて、それからディオンに再度向き直る。


「……それで、今から何の話をしようというのだ?」


 先ほどまでふにゃふにゃリリィに甘えていた子犬がいきなり真面目な皇太子の顔で話し始めたので、ディオンはその可愛らしいギャップに内心で笑いを堪えた。


「単刀直入に申し上げます。リリィ様以外の女性でも犬になりますか?」


 ディオンの問いに、子犬のヴィクターは耳をピンと立てて目を大きくした。


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