第3話 子犬の条件
ヴィクターが子犬になってしまったが、夜も更けていたために若い夫婦は誰にも相談できずにそのまま夜を過ごすことになった。
夜半過ぎ、リリィは寝台が少し窮屈になっていることに気がついて目が覚めた。
「ん、何……ひっ! 殿下、殿下!!」
リリィは驚いて人間の姿に戻ったヴィクターを叩き起こした。
「何だいリリィ、夜はこれから……!!」
子犬から人間に戻った際、服を着ていなかったヴィクターは全裸でリリィに覆い被さるように眠っていたのだった。
「ああリリィ、失礼、いや、僕たちは夫婦なんだから、いや、うん、えっと、その」
服を着ようと慌てるヴィクターに、リリィはおろおろと声をかける。
「いえ、殿下。お姿が子犬ではなくなっているではないですか!」
「……おおそうだ! よかった、あの呪いは一時的なものであったぞ!」
リリィとヴィクターは手を取り合って喜んだ。そしてヴィクターは窓の外を確認する。月はまだ空の高い位置にあった。
「そうだリリィ、遅くなってしまったが仕切り直しと言うことで」
ヴィクターは改めてリリィを抱き寄せる。
「そんな殿下、ちょっと心の準備が」
「準備なんてさっき十分しただろ……う?」
再びヴィクターが目の前から消えたことで、リリィは驚いた。
「殿下、殿下! どちらにいらっしゃるんですか!?」
「……ここだよ」
再び寝台の上に現れた子犬を見て、リリィはため息をついた。
「まあ、またわんちゃんなのですか?」
「そのようだな。一体どうなっているんだ!?」
ヴィクターは腹に据えかねたものがあるのか、わんと小さく吠えた。その愛らしさにリリィは目を細め、鼻先をつんと指先でつついた。
「やめろ、僕を犬扱いするな!」
「あら、あなたは今犬なんですよ」
その言葉に子犬は尖った耳をピンと立てる。
「あなた、君は今確かにそう言ったのか!?」
「ええ、言いましたけど?」
不思議がるリリィを前に、子犬はでれでれと寝台の上を転げ回った。
「何なんでしょうこの呪いは……眠れば解除されるのでしょうか?」
「さあ、それはどうだろう」
リリィは何故子犬がくねくねしているのか、その時は理解に苦しんだ。
***
その後、ヴィクターが夜間に何度か子犬になる経験を積むに従って、子犬になる条件は「ヴィクターがリリィとベッドを共にしようとその気になった時」であることが判明した。
ヴィクターはこの条件のせいで誰にも相談できず、リリィと枕を交わすことが出来ないまま数か月の時が流れてしまった。昼間は聡明で快活なヴィクター皇太子であったが、夜はリリィの温もりを毛皮越しにしか感じられない哀れな犬であった。
「ああ、神は何故このような試練を僕にお与えになったのだ……?」
その夜もくしくしと前足で顔を撫で、子犬のヴィクターは物思いに沈んでいた。
「僕はただお嫁さんと一緒に寝たいだけなんだ。もちろん人間の姿で」
「私はあなたがどんな姿でも好きですよ」
すっかり子犬のヴィクターに慣れたリリィは、子犬の耳の後ろを愛撫する。
「や、やめるのだリリィ……そこはこそばゆい」
「ふふ、お可愛い殿下」
リリィは誰にも見せないヴィクターのこの姿を気に入っていた。ひとしきりヴィクターを撫で回してからリリィが就寝するのが、最近の夫婦の習慣であった。
「リリィ……君は満足かもしれないけれど、本当のところはどうなんだい?」
先に寝入ったリリィの寝顔を眺めながら、子犬のヴィクターは呟いた。
「僕はもう……限界かもしれない」
一向に満たされることのないヴィクターの愛欲はせつなくリリィを求めていた。しかし、リリィと寝ることを考えただけで今のヴィクターは子犬になってしまう。そしてリリィへの執着が消えたとき、ようやく人間の姿に戻れた。
「やはり相談しよう。犬のままでいられるか」
ヴィクターは正式に皇室魔術師長のディオン・ロンドに相談することを決意した。
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