第4話 ロマンチック祝賀会

 リリィとヴィクターの結婚祝賀会は大いに盛り上がっていた。楽団が華やかなワルツを奏で、招待客は思い思いに歌い踊った。


 リリィもたくさんの来賓に揉まれていたが、旧友と懐かしい話も出来たようで終始笑顔に包まれていた。そんなリリィを見て、ヴィクターは一段と誇らしい気分になっていた。


「ヴィクター殿下。本日は誠におめでとうございます」


 ヴィクターの元へ挨拶にやってきたのは、ミストウェル国の重鎮であるセロシア・アルゲンテア大公であった。


「わざわざ足を運ばせてすまないな、アルゲンテア大公。本来ならばこちらから顔を見せに伺うところであるのだが」


 ヴィクターはそれまでリリィを眺めていた顔を変え、鋭い目つきでアルゲンテア大公と対峙する。大公は恭しく礼をするが、その心持ちは若いヴィクターより頭を高く構えていた。


「いえ、殿下とアルストロメリア侯爵の御息女との婚礼でございますので、こうして我々が足を運んだまでで御座います」


 その物言いに、ヴィクターの頬が動く。


 リリィとの婚約が正式に決まるまで、皇太子妃としてもっと相応しい女性がいるとヴィクターは様々な方向からリリィとの結婚を反対されていた。他国の皇女や公爵家の女性、中でもアルゲンテア大公家の長女が皇太子妃候補として長く名乗りを上げていた。アルストロメリア侯爵は侯爵の地位はあったがそれほど発言権はなく、皇室からの結婚の直々の申し出に逆に縮こまるほどであった。


「それよりも、私の妻を中傷をしている者がいるという話を耳にしたのだが、ご存じないだろうか?」

「そのような噂、存じ上げておりません。かような者は不敬罪でしょっぴくべきですな」


 アルゲンテア大公は顔色ひとつ変えずに答える。


「そうか、私の調べによるとケイトという女性が噂の発信源ということらしいが?」


 ヴィクターの発言にアルゲンテア大公は言葉を詰まらせる。ケイトはアルゲンテア大公の長女の名であった。


「う、噂は噂に過ぎないでしょう」

「そうだな、くだらない噂など忘れてしまうに限る。今日はめでたい席だからな」


 ヴィクターは真っ直ぐにアルゲンテア大公を見据える。


「私の妻の名を汚す者は、私の名を汚すも同然であるということをお忘れなきよう。聡明な大公殿にはわかりきったことですね」


 アルゲンテア大公は礼もそこそこにヴィクターの元を去った。彼が退出時に顔を赤くして小さく「あの青二才めが」と呟いたのを聞いた者は誰もいなかった。


「……殿下、申し訳ありません。私のせいで」


 二人のやりとりを聞いて、リリィは小さくなってしまった。皇太子妃になればこの先今以上の権力争いを見ていかなければならないことに、リリィは少し怖じ気づいてしまった。


「何、君の心配するところにはない。僕と君の結婚を反対したのは、僕を使って自分の立場を上げようという者たちだけだ。その証拠に、国民は皆僕たちの結婚を祝福しているだろう?」


 ヴィクターは改めてリリィの顔を覗き込む。そして祝宴会場を指し示す。


「大丈夫だ、リリィ。君は僕が必ず守るから。いや、ミストウェル国一丸となって君を守るよう僕が取り計らおう」


 いつでも変わらないヴィクターの愛の囁きは、リリィに勇気を与えた。


「……はい。勿体ないお言葉、感謝致します」

「そんなに畏まらないでくれ。もうじき余興が始まるぞ」


 空が夕焼けの色から夜に移り変わり始めていた。ディオンが前に進み出て、宣言する。


「それでは、これより皇室魔術師が総力を結してお二人のこれからの門出を祝う魔術演技を致します。どうぞ御覧になってください」


 ディオンの合図で、窓という窓に分厚いカーテンが降ろされた。差し込んできていた薄明かりも消えた会場内で、招待客はこれから始まる魔術ショーへの期待を膨らませる。


 突然、小さな光球がひとつ会場の真ん中に現れた。頼りない光の球はふらふらと漂ったかと思うと、ふたつに分かれた。ふたつから四つ、四つから八つと光球はどんどん増え、あっという間に数千の光球が会場の上に現れた。


「きれい……」


 会場のあちこちから感嘆の声が聞こえた。


 それから光球は動き回り、音楽に合わせて様々な形になった。空を飛ぶ伝説の天馬となって会場の上を飛び回ったかと思うと、今度は伝説のドラゴンになって光球の炎を吐く。炎は会場中に広がり、色とりどりの花火になって招待客の上に降り注ぐ。そして会場の中央に集まった光球は、最後にヴィクターとリリィの姿を象った。


「素晴らしい!」


 会場から割れんばかりの拍手が起こった。そのまま光球は会場の上部に移動して、招待客を明るく照らし始めた。


「練習してきた甲斐があったな」

「ええ」


 皇室魔術師のエドガーとイリスは、魔術演技を終えるとそれぞれ壇上の花婿と花嫁に手を振った。二人はたくさんの人に祝福されるヴィクターとリリィが、大変に誇らしかった。


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