第3話 ドタバタ祝賀会

 厳かな結婚式の後は、国民への花嫁のお披露目として祝賀パレードが行われた。国民たちはヴィクターとリリィの晴れ姿をひと目見ようと沿道に駆けつける。


「ヴィクター殿下、万歳!」

「素敵な花嫁衣装ね!」

「ママ、私もあれ着たい!」

「大人になったらね」


 伝統的な馬車の上で手を振りながら、リリィはあまりにもたくさんの人に注目されて気後れした。そして意気揚々と手を振っているヴィクターの隣で、皇太子妃として本当にやっていけるのか不安に思った。


「怖いかい?」


 緊張で固くなっているリリィを、ヴィクターは気遣った。


「ええ、少し……」

「大丈夫、君は僕が守るから。さっき神に誓ってきただろう?」


 馬車の上で、ヴィクターはそっとリリィの腰に手を回す。その温かな心遣いに、リリィは改めて夫となる男を見つめる。夜のように黒い瞳と夜風のような黒髪、そしてその全てを一心にリリィに注ぎ込もうという熱情。ヴィクターの裏も表もなさそうな明るい表情にリリィは安心する。


「殿下、嬉しいです」


 リリィは素朴にヴィクターに気持ちを伝える。


「嬉しい? そうだ、僕も嬉しい。こんなに嬉しい日があるだろうか!」


 ヴィクターはいつも真っ直ぐにリリィに愛情を伝えてきた。今までも、そしてこれからもその愛情は変わらないだろうとリリィはヴィクターに倣って大きく胸を張った。


***


 パレードの後、ヴィクターとリリィの結婚祝賀会が皇居の大広間で行われた。招待客は若い二人を祝福し、ミストウェル国のこれからを担う夫婦の門出を盛大に祝った。


「ご結婚おめでとう!」


 花嫁姿のリリィの元に現れたのは、かつて魔術教室で席を並べた同輩たちと現皇室魔術師長を務めるディオン・ロンドだった。


「皆さん、このたびはどうもありがとうございます」


 リリィが挨拶をすると、ディオンが瞳に涙を滲ませながら話し始める。


「まさか、私の軽率な思いつきをきっかけにこのような立派な結婚式が行われることになるなんて……」

「先生が取り持った縁ね。素敵なことじゃない」

「それを言うならヴィオラ様こそお二人の架け橋ですよ」


 ディオンの隣で、眼鏡をかけた女性――ヴィオラ・ミストウェルは微笑んだ。


 ヴィオラ皇女はディオンの教えに従ってめきめきと実力を伸ばし、現在は隣国の魔術大学へ留学しているところであった。おっとりとした容姿と裏腹に魔術に関しては天才的な素養を発揮しているヴィオラは、新しい魔術の開発に余念がなかった。


「そうだ、見てくださいこの眼鏡。一見普通のデザインなんですけど、このツルの部分に望遠術の発動式を仕込んでありますの。これでただの眼鏡も双眼鏡と同じになるんです」

「相変わらずね、ヴィオラ様は」


 ヴィオラに従っていたもう一人の学友、イリス・レビゲートが延々と眼鏡の話を始めそうなヴィオラの会話に割って入る。


「イリスさんも、ご立派になられて……」


 イリスはディオンの元で今でも修行を続けていて、今年から正式に女性初の皇室魔術師になっていた。リリィは同輩が立派な皇室魔術師の制服を着ていることに少し気後れする。


「私なんて、ただ魔術しか取り柄がなかっただけだから……」

「それでも、すごいよ。私なんて……」

「リリィちゃんが一番すごいよ! 本当私たちなんて魔術しかやってこなかったんだから!」


 そう言いながら、ヴィオラがドレスの懐から薬瓶を取り出す。


「そうそう、これリリィちゃんにあげようと思ってこっそり持ってきた美容液。花嫁にはとってもいい成分が入ってるから……」

「そういうのは後でいいから……積もる話は後日ゆっくりしよう、な?」


 自由奔放なヴィオラをディオンが窘める。


「え、そうなの? じゃあ後で……きゃっ!」


 薬瓶をしまおうとして、ヴィオラは誤って薬瓶を花婿と花嫁の座るテーブルに落としてしまった。


「ああ蓋が開いちゃった! ああああ!」

「きゃー! ドレスは大丈夫!?」

「大丈夫、私は大丈夫よ」


 幸い、ヴィオラの美容液はテーブルと席札を少し濡らしただけで済んだ。


「全く、お前は昔からそういうところがひとつ抜けているというか……」


 ディオンはため息をつく。ヴィオラは魔術の素養は大いにあったが、魔術以外のことはあまり眼中に入っていないようであった。それはリリィにアプローチするヴィクターと重なり、皇室を守る立場のディオンはこの兄妹の未来が心配でならなかった。

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