第2話 とても素敵な花嫁

 ミストウェル国の皇太子妃になるリリィ・アルストロメリアは純白の花嫁衣装に身を包み、これから始まる結婚式と皇太子妃という大役を担うことに緊張していた。


「リリィ様、もうじき婚礼の儀です」


 侍女がリリィの手をとり、彼女の父であるアルストロメリア侯爵の元へ導く。リリィと対面したアルストロメリア侯爵の目には、涙が滲んでいた。


「リリィ、立派に務めを果たしてくるんだぞ」


 思えば幼いリリィが「皇室主催の魔術教室へ通いたい」と言い始めたのが、この日に繋がる全ての始まりであった。


 当時、ヴィクターの妹のヴィオラ皇女に魔術師としての素質を見出した皇室魔術師長のディオン・ロンドが「皇女様と魔術を共に学ぶご学友を」と募集をかけたのがきっかけだった。ミストウェル国には当時幼い女性が魔術を学ぶという習慣がなく、まだ魔術は男性のものであるという認識が強い時代であった。


 ディオンはヴィオラ皇女の才能を損なわせず、また女性も魔術を習得するべきという考えのもと貴族の子女を対象に魔術教室を開催することにした。当然「女子に魔術なんて」という声も多かったが、アルストロメリア侯爵はヴィオラ皇女とお近づきになれるかもしれないというメリットを選んだ。


 そして開催された魔術教室には、リリィの他に数人の子女が参加した。ヴィオラは魔術の勉強よりも、同じ年頃の友人が出来たことが嬉しいようだった。こうしてヴィオラ皇女と親しくなったリリィはその流れでヴィクター皇太子に見初められることと相成り、今日に至っている。


「はい、お父様」


 特に素養があったわけではないリリィは、魔術の勉強はそこそこでおしまいにしてしまった。しかし、リリィが魔術教室を辞めてもヴィクターはリリィに猛烈なアプローチをくり返し続けた。それから様々なすったもんだがあったが、こうしてリリィは花嫁衣装に身を包んでいる。


「ヴィクター殿下、そして国民全員の熱烈なご期待だ。わかっているな?」


 アルストロメリア侯爵としては、天から幸運が降ってきた心持ちであった。まさか娘が皇太子妃という名誉に預かれるなど、リリィが生まれたときには思ってもいなかった。まだ幼いヴィクターがアルストロメリア侯爵に「娘さんを僕にください」と申し出て来たときも、十歳かそこらの子供の遊びの延長だと侯爵は判断した。例えその時は本気だとしても、幼い恋はすぐに終わって現実的な伴侶を探すだろうと侯爵を初め、誰もがそう思っていた。


 しかし、ヴィクターはどこまでも本気だった。節目の贈り物はもちろん、ことあるごとにアルストロメリア侯爵邸を訪ねてはリリィの顔を見たがった。そして皇太子としてやってくる縁談の類いは全て断り、リリィと結婚できなければ生きていても仕方ないと駄々をこねまくった。


 皇室外からは様々な意見はあったが、皇室としてはリリィを皇太子妃にすることに異論は特になかった。むしろ「リリィと結婚できないなら死んでやる!」と喚くヴィクターが面倒くさいので、さっさとリリィと結婚させてしまいたいくらいであった。


「承知している、つもりです」


 リリィは多大な期待に圧倒されていた。ミストウェル国を背負う皇太子妃になる不安はもとより、大きすぎるヴィクターからの愛に妻として応えられるかどうかもリリィ個人の課題であった。


「それに、ヴィクター殿下とご一緒ならどんな困難も乗り越えられると思うのです」


 リリィは父に向かってきっぱりと宣言した。様々な不安もあったが、リリィは熱烈に愛を囁くヴィクターの顔を思い出すことで皇太子妃としての務めを果たそうと決意する。


 アルストロメリア侯爵は、そんな大きく成長した娘の姿に感涙した。


「さあ、婚礼の儀へ行くぞ」


 感極まったアルストロメリア侯爵に連れられ、リリィは花嫁衣装を着て歩き出した。控えの間を出て儀礼の間へ向かうと、たくさんの招待客がリリィを祝福した。荘厳な音楽が鳴り響き、建国の神話を摸した壁画の顔が一斉にリリィを見下ろす。


 今は父に連れられているとはいえ、やはりリリィはミストウェル皇室という特殊な場所へ飛び込むことが怖かった。一途に愛を囁き、恋い慕ってくれるヴィクターのことは好きであった。しかし、彼の立場と並ぶ者になるという実感はまだリリィにはなかった。


 リリィが向かうその先には、満面の笑みで手を差し伸べているヴィクターがいる。


「汝、永久にこの者を妻とし愛することを誓うか」


 ヴィクターはリリィの手をとり、壇上の司祭に高らかに宣言した。


「私、ヴィクター・ミストウェルは未来永劫、妻リリィを慈しみ愛するとここに誓う!」


 大きな拍手が二人を包み込む。誰もが素敵な花嫁と花婿を祝福した。

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