第20話
翌朝目を覚ますと、もう傍らに月子はいなかった。
「月子なら、俺が部屋へ連れてった。さっきまで座ったまんまそこで寝てたんだ」
体を起こしてぼんやりしていると、突然晴希の声がして驚く。声のしたキッチンへ目を向けると、晴希はいつも通りの無表情で水を飲んでいた。
「あの、俺……」
「いつまでもおどおど喋るな、鬱陶しい」
ぐっと眉根を寄せて、晴希は俺をにらむ。思わず身がすくんだ。
「お前が、全部話してここに帰ってくるって決めたんだろ。じゃあ、もういい」
そう言って、ぐいとコップの中の水を飲み干し、部屋を出ようとする晴希を引き留める。そんな一言で、片づけてしまえるような話ではないと思った。
「なんだよ。俺がお前を犯罪者だって罵って追い出すかと思ったか?」
俺がためらいがちにうなずくと、晴希はふん、と鼻を鳴らした。笑っているような、あきれているような表情を浮かべている。
「俺もお前に言えた立場じゃねえだろ。宗教で人から金騙し取ってんだから。よかったな、似た者同士で」
その言葉に、俺は何も返せなくなる。必要に駆られて、よくないと知りながらもそうすることしかできなかった。確かに、似た者同士かもしれない。
「別に、お前が出てくってんなら止めない。好きにしろよ」
そう言い捨てて、晴希は部屋を出た。まもなく玄関の扉が開く音がする。俺はぐったりとソファに倒れこんだ。
このまま、いなくなったほうがいいのかもしれない。月子にも晴希にも、迷惑ばかりかけている。
けれど、俺にいてほしいと言った月子の目が、俺の体を縛り付けている。好きにしろと言った晴希の優しさが、立ち去る勇気を奪っていく。
2人に甘えている。それが現状だということも、よくないということもわかっている。それでいて、動けなかった。ブランケットを口元まで引っ張り上げて寝返りを打つ。蹴られた腹がずきんと痛んだ。
もう少し寝て、起きたら昨日ほったらかしたままの洗濯物を片付けよう。月子のご飯も作らなくては。
そう考えてから、自分が今まで通りの生活に戻ろうとしていることに驚いた。ここにいていいものか、さっきまで悩んでいたはずなのに。
ずっと考えていたことだ。ここでのんきに過ごしていた間も、ずっと。きっといつか離れなければいけない日が来る。それは、自分の過去がバレたときだと思っていた。
けれど、俺の過去の話は、2人に受け入れられたようだった。そんなにすんなり許されるとは思わず、俺自身まだ動揺している。それでも2人からここにいていいと言われたことは事実だ。
それなら少しでも、恩を返せるようにしたい。いつも通り、家事をすることしか俺にできることはないけれど。
波のような眠気に襲われて、目を閉じる。うっかり眠り込んで、夜になって起きてきた月子に揺り起こされた。
目が覚めたら、全部今まで通りになっていた。いつものように月子のご飯を作り、洗濯物を片付け、掃除と食器洗いをする。その傍ら、月子の勉強を見る。
帰ってきた晴希は、皿洗いをしている俺を見ても何も言わなかった。ただ黙って買ってきたものを冷蔵庫に入れている。袋の中からプリンを取り出したのを目敏く見つけた月子が、晴希の背中にじゃれつく。
昨日の出来事がまるで夢のようだった。時間が経つにつれ、記憶がどんどんぼやけていく。平和な日常でぼかしているような、そんな気もする。
今まで通り眠って、起きて、また平穏な朝が来る。月子は相変わらず夕方まで起きてこないし、晴希は険しい顔をして朝早くから仕事に行って帰ってくる。
そして、今まで通り、集会のある日曜日が来た。
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