第18話
来た時に乗ってきたタクシーは帰してしまったと言う晴希と、月子を背負って歩いてきた道を戻る。月子は今、晴希と手をつないでとぼとぼと歩いていた。もうすっかり目が覚めたらしい。
俺が話し出すのを、2人が待っている。俺は何から話せばいいのか悩んでいた。
「……2年前、親が死んだんです」
結局、最初から話し出すことに決めた。
2年前、両親が亡くなった瞬間に、俺の人生の歯車は狂った。
仲のいい家族ではなかった。でも、殴られたり育児放棄されたりもなかった。しかし3年前、16歳になったころ、父親の精神が不安定になった。
理由はわからない。反抗期と思春期の狭間で、親と話そうとしなかったから。けれど、どんどん暗くなって、部屋にこもりがちになった父親に不安を感じていたのは事実だ。
17歳になって少し経った頃、交通事故で両親が死んだ。高校はどうするのか、そんなことを考える間もなく、家に大人が訪れた。昨日俺の前に現れた2人と、同じ組織のやつだ。
父はヤクザから金を借りていた。1年前に仕事をクビになったのを家族に言い出せず、金を借りて誤魔化していたらしい。もしかして今回の交通事故はわざとだったんじゃないか、なんて考えが俺の頭に浮かんだ。言い出すことはできなかったが。
父親が残した莫大な借金を返せるはずもなく、俺はそいつらに連れていかれ、“仕事”をさせられた。
といっても、簡単な金の受け渡しばかりだった。1度取り立てにも連れていかれたが、ほかの組員の怒号にすくんでしまって、役に立たなかった。
家は追い出され、同じような仲間のマンションを転々としていた。こき使われてくたびれ切った体を、フローリングの上に横たえて寝る日々が続いた。仲間たちは時に減り、増え、また減った。今では顔も思い出せない。
免許を取ってからは、指示された場所での金品の受け渡しに車で向かうようになった。渡された袋を相手に渡して、金を受け取って、持って帰るだけ。
その袋の中身が何か違法なものであることは、うすうす気が付いていた。けれど、俺は拒否できる立場にない。頬のこけた受け渡し相手に、ただ袋を渡すだけ。
逃げたかったが、逃げられなかった。親の遺した借金が、いつ返し終わるのかわからない。返し終わっても、開放してもらえるのかもわからない。少しずつ、自分がすり減っていくような気がした。
そんなある日、ミスをした。受け渡し場所に、警察が張っていて、受け渡しの瞬間を見られていた。警察に声をかけられた俺は焦って、金も受け取らずにその場から駆け出した。
警察からはなんとか逃げ切ったが、トチったことがバレて、組員に死ぬほど殴られた。そうして捨てられたのだ。あのゴミ捨て場に。
あそこで月子に拾われなければ、あのまま死んでいたかもしれない。戻っても、あの生活を続けることになる。そうして、俺の人生は彼女のものになったのだ。
全てを話し終えても、晴希と月子は黙ったままだった。俺は、こんな犯罪者はそのまま追い出されて警察に突き出されてもおかしくないと思っていた。しかし2人とも、黙って俺の隣を歩いていた。
だんだんと道に明かりが増えて、2人の表情がはっきりと見えるようになった。晴希は何かを考えながら前を見据えている。月子は不安そうな表情で、俺と晴希とを見比べている。
俺は、審判を待つ罪人の気分だった。
大通りに出ると、晴希はタクシーを止めた。晴希と月子が後部座席に乗り込み、俺がためらっていると早く乗れ、と急かされた。助手席に乗り込むや否や、晴希は運転手に2人のマンションの住所を告げる。
俺はきっとどこかで下ろされるのだと思いながら、窓の外を眺めていた。朝に月子と行った喫茶店の横を通り過ぎた。
晴希は途中でタクシーを止めることもなく、しかめっ面をして後部座席で目を閉じていた。眠っているのか、考え事をしているのか、声をかけることはできなかった。
何事もなく、タクシーはマンションの前についた。晴希が運転手に金を渡し、タクシーを降りる。まっすぐエントランスに向かう2人に、俺はついていくことができなかった。月子が、心配そうに俺を振り返る。
「何してるんだ」
晴希が横目で俺を見る。俺は足が地面についてしまったかのように動けない。俺に、あの家に帰る資格はない。
「俺……」
言葉が続かない。晴希がため息をつく。
「全部話して、帰るんだろ」
ぶっきらぼうにそう言い捨てると、晴希は月子の手を引いてエントランスへ入っていった。今度は月子も振り向かない。
俺は、恐る恐る足を踏み出した。
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