第15話
「隼也、私たちどこに行くの?」
サラリーマンや学生の多い道を、2人で手をつないで歩いていく。傍から見れば、仲のいい兄妹だと勘違いするかもしれない。
月子の質問に、俺は答えられなかった。どこへ行くかなんて全く決めずに外へ出てきてしまった。
「お嬢様は、どこに行きたいですか?」
質問を返すと、月子は首を傾げたまま黙った。のろのろと歩く俺たちを、自転車が追い越していく。
「……学校」
人ごみにかき消されてしまいそうな声で、月子はそうつぶやいた。
「学校?」
「うん、もうずーっと行ってないから。私が起きれないのが悪いのだけど」
予想外の答えが返ってきて困惑する。学校なんてどこにあるのか知らないし、俺が言ったら不審者だと思われそうだ。
「学校って、このあたりなんですか?」
「わかんないの。お兄さまと2人で住むようになってからは、行ってないから」
月子は眉を下げ、悲し気な表情を浮かべる。行きたいというなら連れて行ってやりたかったが、ヒントもないとなると難しかった。周りにも、小学生らしき子どもは見当たらない。
「隼也、やっぱり学校はいいわ。ねえ、プリン食べに行きましょうよ。昨日食べられなかったから!」
困っている俺に気を使ったのか、月子は明るくそう言った。それが申し訳なくて、情けなかった。
「学校、探しましょうか?」
「いいの。私が通ってたところは近くにないって、わかってるの。言ってみただけ」
やけに達観した目つきで、彼女は前を見据えた。俺と繋いだ手に、きゅっと力が込められる。自分から連れ出しておいて、彼女の願いも叶えられないなんて。
月子の言葉に甘えて、2人でプリンのありそうな喫茶店を探す。まだ朝早い時間なのもあって、ほとんどの店が閉まっていた。
「やっぱり学校通いたいですか?」
歩きながらそんな風に話しかける。歩き続けているうちに、いつの間にか人が減っていた。
「通いたい、のかしら。なんとなく久しぶりに行きたいなあって思ったの」
月子はつないだ手を揺らしながら、ここも閉まってるわね、と店の前を通り過ぎる。
「3年生までは学校行ってたんだけど……。でも1年生のときからほとんど行けてなかったし、学校ってちゃんと通ったことないのよ。勉強も、ほとんどお兄さまが教えてくれた」
そう言う月子の声音は寂しそうだった。
「学校、起きられなくて行けない日ばっかりで。普通に学校通えてたら……私……」
その先の言葉は続かなかった。続けなくていいと思った。言ったってどうしようもないのだ。そんなことは、彼女が1番わかっている。
それと同時に、晴希に申し訳なくなった。学校に通えていなかった妹を連れて、2人暮らしをして、勉強まで教えていたのだ。そんな子を、勝手に連れ出して自分勝手な家出に巻き込んでいる。
やっぱり帰ろうか。そう言いかけたとき、月子がぴたりと立ち止まった。
「隼也、ここ空いてる!」
そう言って彼女が指さしたのは、古めかしい喫茶店だった。扉には確かにOPENと書かれた札がかかっている。ドアを押すと、からん、とベルが鳴った。
早朝にもかかわらず、席はそれなりに埋まっていた。店員に案内されて窓際の席に座る。新聞を読んでいた老人が、顔を上げてちらりとこちらを見た。
手作り感のあふれるメニューを手に取って月子に渡してやると、彼女はわくわくした顔でそれを開く。思えば、こういう店に来る機会もなかったのではないだろうか。
月子は真っ先にデザートのページを開いている。プリンとパフェで迷っているようだった。
「プリンパフェとかもありますよ、お嬢様」
端っこに文字だけで表記されていたメニューを指さすと、月子は目を輝かせてそれにする、と言った。
店員を呼び、月子にはオレンジジュースとプリンパフェを、財布の中身が乏しいことを知っている俺はコーヒーだけを注文する。モーニングばかり出ているであろう時間の注文に、店員が嫌そうな顔をすることはなかった。
「隼也はプリン食べないの?」
「俺は……おなかすいてないので」
うっかり鳴りそうになる腹を、腕で押さえてごまかす。すぐに届いたコーヒーは、空腹の胃には悪そうだった。
飲み物がきてしばらくしてから届いたプリンパフェを、月子は嬉しそうに頬張った。この表情が見られたならそれで十分だ。
「隼也」
彼女の顔を眺めていると、プリンののったスプーンが差し出された。
「俺はいいんですよ。お嬢様が食べてください」
そう言っても、月子はスプーンを引っ込めない。苦笑いしてスプーンを受け取る。久しぶりに食べたプリンは、胸焼けしそうなほど甘かった。
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