第13話
右手に持ったレジ袋の中には、プリンが2つ入っている。あれば晴希も食べるだろう。店員のだるそうなありがとうございました、の声を聞きながら外へ出る。
あとはまっすぐ家に帰るだけだ。帰るだけのはずだった。
コンビニの外に、男が2人立っていた。2人とも背が高く、明るい髪色と着ている柄シャツも相まって、立っているだけで威圧感を感じる。けれどそれは、俺がその2人を知っているせいかもしれない。
2人は明らかに俺を待っていた。外が暗くて表情はよく見えなかったが、こちらを睨んでいるようだ。コンビニの入り口で、俺の足がすくむ。サラリーマンが迷惑そうに俺の横を通り抜けていく。
「隼也」
低くどすのきいた声に呼びかけられ、俺はびくりと体を揺らした。逃げ出したいのに、足は勝手に男たちのほうへ進む。近づくにつれ、彼らがにやにやしながらこちらを見ているのがわかった。
「探してたんだぜ」
2人は俺を挟むようにして並び、片方が俺の肩に腕を回す。力を入れられたら、俺の腕が折れてしまいそうだった。背中を冷や汗が流れていく。体が震えて、レジ袋がかさかさと音を立てた。
「お前の財布が落ちてたからさあ、この辺にいるのはわかってたけどな」
笑いながら言う彼らの、目が笑っていないことは雰囲気で分かった。
「さっきふらふらーって歩いてるの見つけてさ。な、お前今どこにいんだよ」
肩に回された腕に力がこもった。ぐっと体が絞められて痛い。黙り込む俺にしびれを切らしたもう片方が、がっと俺の足を蹴った。思わず体勢を崩し、その場に膝をつく。
「どこにいるんだって、聞いてんだろ」
ぐっと口を結ぶ。それだけは言えない。あの2人だけは、巻き込みたくない。
「まさか、俺らのこと言ってねえだろうな」
髪をつかまれ、無理やり顔をあげさせられる。至近距離で見えた顔は、瞳孔が開いていた。
「まぁいいや。お前に言う度胸ないだろ。なあ隼也、お前戻ってきてまた俺らの仕事手伝えよ」
仕事、と言われた途端に、数か月前までの自分の暮らしが脳裏によみがえった。こいつらの言いなりになったせいで、ぼろぼろになったあの日のことも。
胃から何かがせりあがってきてえずく。吐くのはこらえたが、胸のあたりがむかむかした。体から血の気が引いていく。もう、あんな生活には戻りたくない。
「戻ってきたらさ、お前があのときヘマしたのも許してやるよ。分け前を増やしてやったっていい。悪い話じゃねえだろ? な?」
俺の頭をつかんだまま、説得するようにゆする。今更俺を探し出して、この期に及んで何をさせようというのか、俺には理解できなかった。けれど、もうこいつらといる理由はない。俺には居場所がある。
もうこいつらの犯罪じみた仕事を手伝わなくたって、俺にはあの家の家政夫という仕事がある。名前も知らないやつらと雑魚寝したり、帰れなくて公園のベンチで寝る必要だってない。
俺は黙ったまま首を横に振る。その瞬間に、強い衝撃が腹にきた。遅れてズキズキと痛みを感じる。さっき飲み込んだものを、口から吐き出した。蹴り飛ばされた俺は、情けなく歩道に転がる。アスファルトが俺の腕をひっかいた。
「拒否できる立場だと思ってんのか。帰るぞ」
ぐい、と腕を持ち上げられる。腹の痛みをこらえながら、その手を振り払った。今度は顔に衝撃が走った。こんな顔で戻ったら、また月子に心配されてしまう。
「いい加減にしろや」
ぐい、と胸倉をつかまれる。俺は無我夢中で腕を伸ばして相手を突き飛ばす。手が離れた瞬間に、車道へ転がり出た。けたたましいクラクションと、甲高いブレーキ音が響く。
運転手の怒号が、ぼんやりと聞こえた。俺はただ必死に、車の間を走り抜ける。あいつらに捕まるくらいなら、ここで轢かれて死んだほうがましだった。
車道を渡り切り、歩道を振り返ると、奴らが走ってこちらに来ようとしているのが見えた。俺は視線を戻して、どこに向かっているのかもわからないまま足を動かす。
追いつかれて、連れ戻されるのが怖かった。それならいっそ殺してほしい。もうあんな生活には戻りたくない。
後ろから奴らが追ってきていることすら確認できないまま、ただ走る。何度も足がもつれて転び、ジーンズには穴が開いた。布の隙間から、血がにじんでいるのが見える。痛みなどもはや関係なかった。
夜通し街を走り、月子たちのマンションに帰ってくる頃には、もう朝になっていた。明るい空に目を細めて、足を引きずる。後ろにもう奴らの姿はなかった。
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