第12話
あの日から、月子はますます俺にべったりになった。起きている間はそばにいないと嫌がるし、少しでも家事に戻ろうものならこっち見てて!と怒られる。なので、家事は全て月子が寝ている間に終わらせることにした。元々量は多くないから、いいのだけれど。
それよりも、彼女の俺への甘え方が気にかかった。小学生がどんな風だったかはもう思い出せないが、年相応というよりも幼いような気がする。
やっぱり、1人で気を張っていたんだろうか。普段はほとんど家にひとりで、たまに関わる人間たちは自分を信仰している信者というのは、確かにどこかでおかしくなりそうだ。
あれから集会は2度あった。月に1度、第3日曜日に行われているらしい。集会の度に、月子はぐったりとしている。月に1度とはいえ、人の心を大量に聞くというのは疲れるのだろう。翌日はやはり丸1日起きてこなかった。
今日も月子の勉強を見ている。とはいえ彼女はそこそこ勉強ができるので、俺に教えられることはない。彼女が寝たら皿を洗うのを忘れないようにしないと、と思いながら、月子の鉛筆の先を見ている。
ワークの傍らには、最近の月子のお気に入りの本が置かれていた。表紙にはピンクのドレスを着たお姫様が描かれている。晴希が買ってきたものだ。
晴希は集会があると、罪滅ぼしのように本を買ってくる。月子が好きな、お姫様が主人公の本ばかりを。本を受け取った月子がはしゃいでいると、晴希はほっとしたような顔をする。
掃除のために月子の部屋に入ると、壁際に備え付けられた本棚にはやはりお姫様の本ばかりが並んでいて、カラフルだった。
「隼也ぁ、わかんない」
月子は相変わらず国語のページでやる気をなくして、机にべったりと頬をつけていた。苦笑いしながらワークを引き寄せる。彼女は相変わらず、登場人物の気持ちにくせんしていた。
「お嬢様、本を読むのは好きなのに」
「本を読むのが好きなのと、その子の気持ちがわかるのとは話が別なのよ」
それはそうだ、と笑いながら頷く。月子は完全に集中力を失ってしまい、てのひらで鉛筆を転がしていた。
そんなとき、玄関の開く音がした。月子はパッと立ち上がり、お兄さまだわ!と鉛筆を机の上に放り出して駆けていく。俺は落とされてしまったワークを机に戻してから、廊下の方へ顔を出した。
月子が晴希の腕にじゃれついている。晴希は鬱陶しそうな顔をしながらも、振り払いはしない。
「おかえりなさい」
「あぁ」
いつも通りの、疲れていそうな仏頂面だった。彼の手からスーパーの袋を受け取ると、中身を冷蔵庫に詰めていく。
「ねえ、お兄さま。プリン買ってきてくれた?」
俺の手元を覗き込みながら、月子は晴希にそう聞いた。読んでいた本の中にプリンが出てきて食べたくなったらしく、昨夜彼に頼んでいたのだ。けれど俺の見る限り、袋の中にプリンは入っていなかった。
表情はほとんど変わっていなかったが、晴希はしまった、という顔をしていた。俺ですら気づいたのだから、月子には明白だったのだろう。みるみる彼女の眉が下がって、顔がしょんぼりしていく。
「明日。明日買ってくるから」
月子は頷きながらも、表情は晴れなかった。今日起きてから1番にプリンのことを話したぐらいだったのだ、余程楽しみにしていたのだろう。
「俺、今から買ってきましょうか。コンビニでもよければ」
俺がそう言うと、月子が嬉しそうな顔をした。いいでしょ、と言うように晴希を見上げている。
「じゃあ、頼む」
そう言って、小銭入れをそのまま渡される。
玄関に向かうと、月子がてこてこと後をついてきた。
「隼也、私クリームのってるやつがいい」
「はい、わかりました」
ご機嫌に頼んでくる月子に、つい笑みがこぼれる。ドアを閉めるまで手を振っている彼女に小さく手を振り返して、マンションを出た。
穏やかな、夜のひとときになるはずだった。
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