第6話
寝巻らしいピンクの上下を着て、くあ、とあくびをしながら月子はリビングに入ってきた。本当に寝起きらしく、まだやぼったい顔をしている。
「おはよう、ございます」
「うん」
寝ぼけているのか、どこか遠くを見つめている。ぽすんとソファに座り込むと、クッションを抱え込んでそのままじっとしていた。このまま放っておいたらまた眠ってしまいそうだ。
「ごはん食べます?」
「んー……。うん、食べる」
月子はぼんやりした目のままこちらを見上げる。昼に作っておいたオムライスを温めて出すと、のろのろとスプーンを手に取った。
「すみません、ちょっと時間経っちゃってますけど」
「ううん、おいしい」
食べ始めたら目が覚めてきたらしい。食べ終えるころには、表情がずいぶんはっきりしていた。皿を洗ってしまおうと持ち上げると、彼女はリビングを出て行った。洗い物が終わるころに、月子は着替えて戻ってきた。今日は水色のワンピースだった。自分の部屋から持ってきたのか、腕に本のようなものを抱えている。
「それは?」
そう聞くと、月子は表紙をこちらに向けて掲げる。どうやら教科書らしい。リビングのローテーブルに教科書とノートを広げると、座り込んで勉強を始めた。
「宿題とかですか?」
濡れた手を拭きながら、月子の後ろからテーブルをのぞき込む。彼女は聞いているのかいないのか、特に答えなかった。やることもほとんど終わって暇なので、月子の向かいに座る。月子はぎゅっと鉛筆を握って、ノートに必死に書き付けている。
教科書の内容を見ながら、小学生の算数もギリギリだな、なんて思った。計算式なんてほとんど覚えていない。
しばらくして、終わったのか教科書を閉じた月子は、休憩、といって俺の横にわざわざ移動して肩にもたれかかってきた。昨日からどうして俺にくっついてくるのだろう。そんな疑問を抱きながらも、じっとしておく。俺が何も言わないのを確認すると、月子はそのまま膝に寝転んできた。
「寝づらいでしょう、せめてソファに」
「いいの、ここで」
ごろ、と月子が寝返りを打つ。その動きで一瞬腹の傷が痛み、びくりと体がはねた。月子がそれに気づいて起き上がる。
「痛いの?」
「少しだけ。気にしないでください」
「見せて」
そう言うと、彼女は勝手に俺の服をめくる。慌てて押さえようとしたが、間に合わなかった。痛々しい内出血が腹に広がっているのが見える。
「痛そう」
月子がそっと手を伸ばす。傷を避けて、周りを指でなぞっている。こわごわと触られているせいで、くすぐったかった。俺がみじろぎすると、彼女の手も引っ込められる。
「早く治るといいね」
「……そうですね」
服を整えている間に、月子は俺から離れて、またテーブルの前に戻った。今度は、さっきのとは違う教科書を開いている。国語の宿題もあるらしい。
算数ではすらすら進んでいたのに、国語の教科書を開いてから、彼女の手はほとんど進んでいなかった。
「難しいですか?」
「ううん……このときの主人公の気持ちを答えましょうとか、作者の気持ちを考えましょうとか、苦手なのよ」
月子は体をテーブルに預けて、頬をぺったりと教科書にくっつけている。俺は体を乗り出して、彼女のノートをのぞき込んだ。
「わからないじゃない、だって、そんなの」
口を尖らせ、鉛筆を掌で転がしている。子どもっぽいしぐさに、思わず笑ってしまった。それを咎めるように、月子がこちらを見る。
「前後で適当にそれっぽい部分抜き出せばいいんですよ」
それでもまだ納得していない様子で、彼女はしばらく鉛筆をもてあそんでいた。しばらく考え込んでから体を起こし、ゆっくりとノートに記述をする。
「隼也は、国語得意?」
「得意ってほどじゃ。苦手でもないですけど」
ふうん、と軽い相槌が返ってくる。書き終わったのか、ぱたんとノートを閉じた。
「じゃあ、また教えてね」
そう言うと、教科書たちを抱えて自分の部屋に戻っていく。けれどすぐリビングに顔を出して、勉強は終わり、と俺にじゃれついた。
月子の行動のほうが、俺にはよっぽどわからなかった。
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