第5話

 かたん、と物音がして目が覚めた。ハッと体を起こすと、キッチンに晴希の姿があった。晴希はちらりとこちらを見ただけで、特に何も言わない。



「お、おはようございます」



 慌ててそちらへ寄ると、自分の朝食を用意しているようだった。何か手伝おうかと声をかけたが、いらないと首を振られた。



「朝飯は自分で作るからいい。お前も何かいるなら、冷蔵庫のもんは好きに食っていいから」



「わかりました」



「用意するのは月子の飯だけでいい。買い物も、俺がしてくる」



 晴希は淡々と、必要な事項だけを述べる。俺が家事をやることに、何か不満があるわけではなさそうだった。眉間のしわは、寝起きだからかもしれない。


 晴希はさっさと自分の部屋に戻り、俺はまたリビングに取り残される。カーテンを開けると、まだ日が昇り切っていなかった。薄暗い街が広がっている。2日も寝ていたからか、目がさえてしまって二度寝する気にもならなかった。


 けれど朝から動き回るのも迷惑だろう。そう考えているうちに、晴希が食器を持ってリビングに戻ってきた。



「あ、皿洗っときます」



「ああ、じゃあ頼む」



 そう言って、リビングを出ようとした晴希が、立ち止まってこちらを振り返った。



「言い忘れてたけど、月子のことは起きてくるまで起こさなくていい。しばらく寝てるかもしれないが、気にしなくていいから」



 それだけ言い残して、扉の向こうに消える。ややあって、玄関の扉の閉まる音が聞こえた。仕事に行ったのだろう。


 そういえば、晴希の年齢も聞きそびれた。俺よりも若く見えたが、働いているということは成人しているのだろうか。そういう事情を聞かれるのは嫌がりそうだなと思いつつ、そのうち機会があれば聞こうと思う。


 月子のことは起こさなくていいといわれたが、11歳なら学校があるんじゃないだろうか。夏休みには早いだろうし、と思ってから、今日が休日である可能性にたどり着いた。そういえばまだ時計を見つけられていない。


 家の探索がてら、時計を探す。廊下には扉が4つあって、恐らく晴希と月子の部屋、トイレと洗面所といったところだろう。


 玄関に近い左手の部屋には、『Tsukiko』とプレートがかかっていた。中からは物音すら聞こえない。とりあえず晴希の言う通りそっとしておこう、とその向かいにある部屋の扉に手をかける。


 リビングよりも、簡素な部屋だった。床に布団が敷かれているのと、ほとんど物の置かれていない机だけがある。その上に、時計が置いてあった。朝の6時を指している。


 結局今日が何日かはわからなかった。ものを動かさないように部屋を出てリビングへ戻る。シンクに残された洗い物を片付けても、ほとんど時間は経たなかった。


 リビングをうろうろしているうちに、テレビ台の下にリモコンを見つける。つけてみると、朝の情報番組をやっていて、アナウンサーが笑顔で話題のスイーツなんかを紹介している。右上には日付とともに火曜日と表示されていた。


 7時を過ぎても、8時を過ぎても、月子は起きてこなかった。今日は学校が休みなのだろうかと思いつつ、起こすなと言われたのでなるべく音をたてないように家事をこなす。昼食も作ったが、昼にも月子は起きてこなかった。


 結局彼女がリビングに姿を現したのは、夕方の4時になってからだった。

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