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同日、夕方。執務室にて新人隊員たちへのオリエンテーションで起きたことを聞いた松本は渋い顔で額に手をやった。
「いい采配だと思ったんだけどなあ」
「今だけじゃわからないわよ。事情知らない子の方がうまく懐柔してくれるって期待したじゃない」
「俺もそれに賛同したクチだから否定はしないけど、限度はあるだろ」
「じゃあ久家くんに事情話しておく? 新入隊員に配慮してくれって言うのはちょっと酷よ。むしろこっちが気にかけるべき階級なんだから。まあでも、我慢して溜め込むタイプの子じゃなさそうだから、そこは一つよかったところかしらね」
浦志の言葉は正しく、松本はますます渋い顔をした。
「久家が事情の説明を求めたら俺かマコさんから話をしよう。それまでは保留。本人が望んでもいない情報を与えてもしょうがないな」
「そうね。それがいい落としどころだと思うわ」
総部隊長を兼ねる第一部隊長の志登と徳永の元上司である第二部隊長の三雲の二人にそろって「徳永を第三部隊で一度引き取ってくれないか」と懇願されたため、彼女の第三部隊異動が決まったが、どう転ぶことやら、と松本の気は重いままだ。
「じゃあ、マコさんあとをよろしく」
「あら、やだもうこんな時間?」
浦志は腕時計に目をやってつぶやいた。松本はよほどの緊急案件がない限り日勤の定時より少し前に帰宅をする。松本が法的にパートナーシップを結んでいる相手に会うため、定時前に帰宅することは隊の人間であれば新人隊員以外は全員が知っていた。松本のパートナーも以前は〈アンダーライン〉に所属していたが、現在はとある事件に巻き込まれた後遺症でずっと隔離施設での治療を続けている。松本がパートナーに唯一会える時間は終業後から一時間ほどだ。その代わり、松本の朝は早く、夜勤班から日勤班への引継ぎ時間よりも前から出勤している。
「マコさんのおかげでいつも助かってる」
「お礼はいいのよ、ほら早く行かないと面会時間終わっちゃうでしょ」
照れくさそうに浦志は言う。周囲への心配りに溢れているにも関わらず、面と向かって褒められるのが苦手、というところが松本からも隊員からも好かれるゆえんだ。
「ありがとう、じゃあお先に」
松本はササッと荷物をまとめると執務室を出て行った。日勤から夕勤への引継ぎを行う時間まではもう少しある。残っている書類仕事を片付けるために浦志が机に向き直った瞬間、執務室のドアが開いた。ドアを開けたのは新人隊員の久家だった。彼は誰かを探すように執務室の中を見回して、がっくりと肩を落とした。
「あの、隊長は?」
「惜しかったわね、さっき帰って行ったわ。うちの隊長、朝早いけど夕方はすぐ帰っちゃうから捕まえるなら朝がいいわよ」
わかりました、と答える久家に浦志は、とりあえずどうぞ、と椅子を勧めた。
「アタシでもよければ話きくわよ」
浦志の言葉に久家はしばらくためらったのち、椅子に座って口を開いた。
「……オレが呼ばれたのって、やっぱり欠員が出たからですか」
「そうねえ。ま、平たく言っちゃうとその通りよ」
だが、それだけではない。
「ただね、そもそも補欠合格って制度、ほとんど使われないのよ」
「え、そうなんすか」
「そう。久家くん自身もわかってると思うけど、入隊試験の問題解いたときに一問だけすごくよく書けた問題があったでしょ」
浦志の言葉でああ、と久家は入隊試験のことを思い出す。
「たまたま試験前にチラッと見てた問題がそのまま出たんでラッキーって……」
「他の子たちは誰もほとんど解答できなかったし、解答がほぼ模範解答そのものだったからカンニングじゃないかって疑われてね。ただ、試験監督官も受験態度におかしなところはなかったって言うし、不思議だったのよ」
久家自身も自覚はしているだろうが、彼の瞬間的な記憶力は非常に高い。普通、瞬間記憶はすぐに風化してしまうが、それが正確に常人よりも長く続くのが久家の特徴だ。入隊試験の一件があり、久家の出身校に問い合わせをしたことで判明した。試験の結果は合格にわずかに届かなかったが、有用な能力保持者であるということを加点して〝補欠合格〟という結果が通達された。
「そういう事情があるから単純な欠員の穴埋めに呼んだわけじゃないわ。きちんとあなたの能力は買ってるのよ」
久家の能力が正しく活用されれば、一瞬見た人間の顔を記憶することができる。少しでも犯人や被害者の特定に活かされたらいい、と考えられた。
「ちょっと安心しました」
「それならよかったわ」
ホッとした様子の久家に浦志もにこやかに応えた。そして、もう一度浦志は久家を見つめた。
「他に何か、訊きたいこととか言っておきたいこととか、ある?」
久家は浦志の言葉にしばらく迷っていた。だが、浦志も先ほど松本と話をした方針を曲げるつもりはないため、彼が迷っている間はなにも言わなかった。
「……今日は、ここまででいいです」
「わかったわ。お話しに来てくれてありがとう。明日からよろしくね」
久家はニコリ、と笑顔を見せると会釈をして、執務室を出て行った。その姿を見送って、今度こそ浦志は書類仕事に取りかかる。当面は久家も自信をもって業務にあたってくれるだろう、と期待をしつつ、もう一人の方をどうケアしていくかは松本と相談をしなければならない。
「久家くんに任せっぱなしってわけにはいかないわね」
ふう、と無自覚に吐かれたため息は夕方の執務室に吸い込まれて消えていっ
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