第一章「奴隷主の秘密」

第一章 第1話「"異臭を放つ仮面のモノ"との邂逅と拝眉」

 奴隷オークションの中央ステージで、見世物のように競りに掛けられる僕はうなだれていた。グルド隊長が言っていた錬金術師には買われたくなかったが、盗賊に汚されてからというもの不安や怒りと言った感情も薄れていた…。

 奴隷商が落札の札を上げた、どうやら僕を買った新しい支配者が下りてくる。

 僕は下を俯いたままだった、もう何もかもどうでもよくなっていたのかも知れない

 購入者が近づいてきて僕を見下ろしたが僕はうなだれたままでいた。しかしツンとした不快な匂いに気付きハッとして購入者を見上げた。

 そこに立っていたのはあの"異臭を放つ仮面のモノ"だった…。

 僕は色んな感情が溢れ出し多くの観衆がいるのにステージで泣きじゃくった。



 この異世界にきて、僕のニートだったあの何もない人生から一変して何もかも変わった


    石をぶつけられていた”仮面の少女”

    僕を凌辱した盗賊

    奴隷オークション


 一ヶ月の間に様々な事が起こった……。


 そして僕は奴隷オークションで主人となった異臭のする仮面の少女と手を繋ぎ役所から出た。

最近ずっと床に伏せていた身体は、朝から奴隷紋を入れられたり奴隷手続きと忙しかったので疲れ果てていた。ふらふらと歩きながら彼女の家に向かう。彼女は時折僕の方を見て心配しているようだった。盗賊に捕らえられ凌辱されてから僕はあまり物が食べられなくなり衰弱していた。髪もずっと切ってないので大分と伸びていた。この都市に来て奴隷オークションまで牢に入れられていたが、もう無気力でずっとベッドで横たわるだけだった…。


 前世のニートだった僕と何も変わらない…


 そして頻繁にあの僕を犯している盗賊の紅潮した顔が何度もフラッシュバックしてくる、眠れない日も多かった


 あの僕が異世界に来て2週間して初めて人と遭遇した時の事”仮面の少女”が悪ガキ共に石をぶつけられていた光景を思い出す。隣で歩いてる”仮面の少女”の素顔を見ることは出来ないが、少なくとも僕に嫌悪感を感じているようには思わなかった。

 今日の朝から行われた面談と奴隷契約の手続きの時に彼女の名前を始めて知った。”ノア・ヨルク”綺麗な名だと思った。

 「あ、あの…、こ、この先です…。」

 彼女が仮面を少し上げて僕に聞こえるようにそう言ったのを耳にして僕はようやく彼女の家に近くに来たのだと理解した。都市の中央からかなり歩いた街の郊外で周りに住んでる人も少なく静かな所だった。


 少し歩いた後、僕たちは彼女が借りているであろう粗末な小屋へと着いた


「こ、ここが…、わ、私の今住んでいる場所です…。」その小屋のドアの前に立って彼女はそう言った。


 僕自身もそうだから彼女は普段喋り慣れてないのが分かる、たどたどしい口調で僕に話しかける

 僕は彼女の声を聴く度にこめかみがズキズキと痛むのを擦りながら痛みを抑える、お日様の下で歩くのは久しぶりで頭が痛くなるのか?しかし彼女と初めて話した時の事をふと思い出した。彼女の名前を聞いたときに激しい頭痛と吐き気をもよおして倒れた。あれは何だったのだろうか?


 歩くときにずっと繋いでくれていた手を放し彼女がドアを開けた。玄関から覗くと奥に木でできたテーブルや椅子、食器棚、小物入れなどがあった。質素で必要なもの以外は何もないような感じだった。

 この都市は水資源豊富で上下水道もある程度発達していたが、この郊外の家にも水は来ていた。間取りは10畳の1Kくらいの広さか?部屋に物が少ないので広く感じる、奥には短剣や小さな盾、皮の防具が綺麗に並べられていた。僕を買った主人は冒険者だと奴隷商は言っていたが本当だったみたいだ。


 僕が、玄関にて立ちつくしていたので、彼女は僕を見て続けて言った。

「ど、どうぞ……、入ってください。」 

 靴は脱がなくて良いのかな?彼女は奥に行きテーブルの椅子を引いて、僕に座るように促した。その後彼女は調理台でコップに水を入れて持ってきた。礼を言い僕はじっと座っただけで無言でいた。そんな僕を見て彼女は言った。

「わ、私は……、これから食事の支度をするので……、す、少し待っていて下さい……、。」 

 そう言って彼女は食事の準備を始めた。彼女が食事の準備をする間、僕は少し頭痛と眩暈を感じていた。彼女と初めて会って会話した時と同じあの感覚だ。頭痛と眩暈が起こると、彼女が何を言っているのか聞き取ることも出来ない。


 食事の準備で彼女が台所に行き声がなくなると頭痛は和らいでいった。

 彼女が食事の準備を終え、テーブルに置いた。そして彼女も椅子に座った。僕は皿に乗ったパンとスープを彼女から渡された。手に取った感じ暖かく、良い匂いがした。だけど今の僕は食欲がわかずにいた。彼女は僕が食事に手を付けないのを見て言った。

「だ、大丈夫ですか……。」


 折角奴隷主である彼女が食事の用意をしてくれたのに、僕は自分が情けなくなった

 ”仮面の少女”の素顔を見た事が無いから表情も読み取れないし、今何を考えてるのかも分からないけど心配してくれるのは目で分かった。僕は彼女の心配を少しでも和らげようと、パンとスープをなんとか一口ずつ食べた。


「美味しい……」

 本当に美味しかった。僕はその一言しか言葉が出なかったが、彼女は僕のその一言を聞いて安心したようだった。そして彼女も自分の分のパンとスープを食べ始めた、食事中は彼女も僕もその後は無言だったが居心地の良い空間だった。僕が食事を終えた後、彼女はまた仮面を少し上げ話し始めた。


「私はこれから……、食器を片付けがありますので……、べ、ベッドで休んで下さい……。」

「まだ……、あ、新しいベッドを……、購入していないので……、私は床で寝ます……、」


 僕は奴隷主である彼女に床で寝さす訳にはいかないので床に横たわった。また少し頭痛と眩暈を感じたが疲れもあったのか僕はそのまま眠ってしまった。


 僕が次に目覚めた時、もう朝になっていた。寝てるときに彼女が被せてくれたのだろうシーツが僕にかかっていた。彼女は家にいなかったが僕は彼女の家の中で物色する訳にもいかずただ床に横になっていると、彼女が帰ってきた。手には何か袋のようなものを提げていた、彼女はテーブルに小さな袋を置いた、そして彼女は僕が起きているのに気付きこう言った。


「あ、あの……、これ、胃腸に良いという薬草で……、毎日お湯に入れて飲むと良いとか……、」


 彼女は僕が食が細くなっていることに心配してくれて朝一から薬剤師の店に行き買ってきてくれたようだった。彼女は早速朝の食事の準備をし始めた。

 僕はまた少し頭痛がしていたが彼女の手伝いをしようと立ち上がった時、彼女が僕を見て言った。

「あ、座ってて……、下さい……、」

”仮面の少女”の素顔を見た事が無いから表情は読み取れないが、多分まだ時折ふらついてる僕を心配してるんだろう。


 彼女は朝食の準備を終え、テーブルに並べた後二人で食事を始めた。彼女は僕がまだ多く食べれないのでパンとスープと野菜と果物を少量用意してくれていた。僕は彼女のその気遣いに少し嬉しくなった。

 食事を終え彼女が食器を片付けている時、僕は立ち上がり彼女の後ろに立った。


「食器洗いは奴隷の僕にやらせて下さい…。」


 彼女は僕にビクついて身体を強張らせていた。

 僕は彼女の両肩を掴み、少し強めに訴えた。「ご主人様、お願いします。」


 微かに彼女が震えているのが分かった、彼女はそのまま俯きながら仮面を少し上げ「は、はい…」と小声で返事した。強めに両肩を掴んだが僕の足の甲の奴隷紋は何事もない。奴隷商の説明では一切奴隷主には攻撃できない、もし奴隷からの攻撃の意思を主人が感じると奴隷契約魔法が付与された指輪が発動し、魔方陣で奴隷に入れられてるの奴隷紋が奴隷の身体を停止させる。

 この程度では問題ないだけか?それとも彼女が嫌がってないから彼女の付けてる奴隷契約魔法が付与された指輪から何も発せられていないだけか?彼女は僕が食器を洗っている最中も終始無言でじっと立っていた。食器を洗い終えた僕はまた彼女の傍に行き彼女に声をかけ、今度は少し抑え気味に言った。「食器洗い終わりました、ご主人様。」と


「あ……、ありがとうございます……。」

と小声でお礼を言ってくれたがその後少し沈黙が続いた後彼女が口を開いた。

「あの……、わ、私は……、貴方に”ご主人様”と呼ばれるのは……」


 僕は彼女のその言葉にどう反応して良いか分からなかった。確かに彼女は僕を買ったけど、それにまだ彼女とは会って間もないしお互い何も知らない状態だ

 彼女は今の僕にとってはただの”奴隷主”のご主人様…、呼び方はどうすれば良いのか?


「それではお名前のノア様でよろしいでしょうか?」僕は提案した。


 彼女は少し考えてから言った。「は、はい……、それでお願いします……。」

 まだ彼女との心の距離はほど遠い気がした。そしてまた沈黙が続いた後彼女が口を開いた。その時僕は急に眩暈がして僕はそのままテーブルにもたれ掛かるように倒れた。テーブルに手を置き前屈みになりながら頭痛と吐き気を何とか抑えた。


「だ、大丈夫ですか……。」と彼女は心配してくれたが、僕は少し吐き気を我慢しながら答えた。

「は、はい……、大丈夫です……」

 僕がそう答えると彼女はまた沈黙が続いた。そして僕は意を決する


「あの、僕はノア様の声を聴くと頭痛と吐き気がしてします…。」


 実に奴隷として無礼な発言は分かっているが実際割れるように頭が痛い、他の人間と話してもこんな事にはならないのに…、彼女の声を聴く時のみ頭痛と吐き気がする。


 これは僕が異世界から来た転生者だからなのか?それとも主人である”ノア・ヨルク”に何かあるのか?


 彼女は何故仮面をいつも付けている?

 そもそも彼女は何故、僕という奴隷を買ったのだ?


 意識が朦朧とする中、僕の奴隷主である”異臭を放つ仮面のモノ”に恐怖と疑念を抱いていた。


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