第7話 親友(♂)との罰ゲーム有りの攻防の末……俺はやっぱりヘタれだったのかもしれない。


 結論から言うと、ゲームは俺の惨敗だった。清々しいほどに。そう、本当に爽やかなぐらいに。


「たっ君の雑魚雑魚ザーコザーコ♪」

「うるせぇよ!」


 さっちゃんって、罰ゲームがあるとギアを上げてくるんだよな。そして普段は互角の勝負なのに、どうも毎度、調子を崩してしまう俺だった。


「……こ、今回は……ゲットしたアイテムがカスだったから」

「最低限の武器で、上位に食い込むユーザーは、ざらにいるけれど?」

「うぐ……そ、それは――」


 ド正論だった。


「ま、ボクはたっ君がおっぱい星人って分かってよかったけどね」


 そういうの耳元で囁かない。なお、堪えるから!


「ま、知っていたけどね」


 ですよね! だって男子で集まったら、どの子のおっぱいが大きいかって言いたくなるじゃんか。その輪に親友さっちゃんもいたからね。それなのに、そんなこと言うのは――。


「……たっ君のおっぱい星人」


 ボソリ。追い打ちをかけるように、また囁く。これはクる。精神的にクる。


「負けない、これ以上はっ!」


 半泣きなりながら、俺は決意を固める。オトコには負けられない戦いがあるのだ。何より、さっちゃんの本心を俺は聞きたい。心機一転、次のステージへとキャラを突入させ――。


「はい、たっ君」


 お菓子ポテチを差し出される。端を俺が。もう一方の端をさっちゃんが囓って。


「さ、さ、さ、さっひゃんっ?!」


 慌てて、ポテチを囓ってしまった。

 唇には多分、触れていない。


「それっぽっちで良いの?」


 残りのポテチを食べながら、さっちゃんは微笑む。



 ――とくんとくんとくんとくん。

 自分でも分かるくらい、心臓が早鐘を打つ。



「ゲーム、始まっちゃうね?」


 クスッとさっちゃんは笑う。俺はコクンコクンと頷くことしかできなかった。






■■■






 全敗だった。

 フォルダーのパスワードどころか、メッセージアプリ、LINKのメッセージまで読まれる始末。もちろん、読まれてマズいモノなんて、何一つないけれど。


 ――友達登録してるんだね。ふぅーん。

 ――委員会で、仕方なく! 俺だって気まずかったよ!

 ――ふぅーん。


 何度目かの攻防の末、ようやく、さっちゃんは納得してくれた。その後もゲームを続く。そして、ようやく勝ったと思ったら、睡魔が俺を誘う。コクリコクリと意識がつい落ちそうになるのを、懸命にこらえる。

 やっと勝ったんだから、聞かなくちゃ。


 ――さっちゃんは、俺をどう思っているの?


「ふぅーん? たっ君、こんなムードのカケラもない名所で、そんなコト聞いちゃうんだ?」


 む、ムードって……俺はどうしたら良かったの?


「いいけどね? でも、たっ君は眠いんじゃない?」


 ね、眠くない。俺は……全然、大丈夫……だ……から……。


「ボクさ、結構、頑張ったと思うんだよね。たっ君は、あくまで親友マブダチの紗月として接するもんね。正直、もう少し意識してくれてもって思うんだよね」


 意識している。これでもかってくらい、俺は意識していたよ?


「ボクさ、親友ズットモって言っていたでしょ? たっ君に好きな人ができても、ずっとオンリーワンでいさせて欲しいって思っていたんだ。ズルいよね?」


 さっちゃんが、俺の髪を撫でる。


「たっ君と一緒にいると癒されるの。自分の本性を初めて出すことができたの、たっ君だから――って、聞いている?」


 つんつん。

 さっちゃんは、俺の頬をつく。


「自分から聞いておいて、寝ちゃうなんてズルくない?」


 寝てい……な……い。俺、ちゃんと起き……て、いる、し――。


「好きだよ、たっ君。ずっと好きだったの。でも、ボクと君は男の子だから、許されないってずっと思っていた。そうしたら、S.C病でしょ? 女の子になったら、もっとたっ君はボクを見てくれるんじゃないか、って夢みちゃったの」


 見ているよ。さっちゃんしか、俺、見ていないから。


「……ボク、結構、恥ずかしかったんだからね? でもね……ちょっと冷静になって考えたの。今は女の子だよ。でもさ、病気が解明されて、男の子にまた戻ったら、たっ君はどんな目でボクを見るんだろうって。そう思ったら、ちょっと怖くなったんだ」


 そんなことと、俺は何も変わらない。男とか女とか、そんな括りで親友を見ていたつもりは――な、い?


(だったら、どうして受け入れなかった?)


 死ぬほど、嬉しかったクセに。

 さっちゃんが、ムリしているんじゃないかって言い訳ばかり並べて。「好き」なのは俺の方がそうだ。さっちゃんといる時間が、誰よりも癒しで。かけがえがなくて、誰にも渡したくないって、ずっとそう思って――。


 しゅるり。

 衣擦れの音が響く。


(……さっちゃん?)


 首をあげようとするのに、体が鉛になったかのように、動かない。


「無理矢理、奪いたいって何度も思ったよ」


 奪ってくれても良い。さっちゃんなら、むしろ本望で――。


「でも、これだけは許して?」


 頬にうっすらと広がる温もり。それは、一瞬で離れて。


 瞼が重い。

 体が鈍い。

 指先が、一ミリも動かない。


 からんからん、と鳴る。これ、神社の鐘の音?


 耳鳴り。

 幾重にも、そんな鐘の音が響いて。





 ――寝ていろ、わっぱ






 刹那、そんな声が響いた。

 一瞬、視界が黒一色に染まる。鐘の音だけが鼓膜を打つのを感じて無意識に――全力で、唇を噛んだ。


いってぇっ……)


 血が流れる。

 それでも良い。

 寝てなんか、いられない。

 目を開ければ――。







 脱ぎ捨てられたネグリジェ。

 乱雑に食いチラ回した、お菓子の袋。


 つけっぱなしのテレビゲーム。

 そして、ノイズ。


 GAME OVERの明滅する文字。聞けば腹が立つ、お馴染みのBGMが延々と流れて――。












 この部屋に、俺は一人ぼっちだった。

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