第6話 親友(♂)がお泊まりします。理性を保つにはどうしたら良いでしょうか?


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」


 店員さんは穏やかな笑顔でそんなことを言うが、無理難題ってこういうことを言うんだと思う。


 試着室のなか。さっちゃん、下は私服のスカート、上は姉ちゃんのおさがりであるキャミソール姿。かたや、俺はメジャーを持って変態さながら。そんな俺達を温かく見守る店員さん――この状況、本当に混沌カオスだった。


「トップバストとアンダーバストを測ってもらうので、お願いしますね」

 にっこり店員さんが微笑む。


(……さっちゃんが頼んだんだからな! 俺、悪くないから!)


 目を閉じつつ、メジャーを背中まで回せば。


 ふにんっ。そんな柔らかい感触が掌に伝わって。

 それから――。


「んっ……やっ……」


 さっちゃんとは思えない甘い吐息が漏れた。


「あ、さっちゃん。ご、ごめ――」


「……ち、違うからね? これは、その……ちょっと、擽ったくて……そ、それだけだから」


「あらあら。女の子の胸は敏感だから、豆腐に触れるように、優しくしてくださいね。それから、トップバストが測れてないし、メジャーがたるんでいます。全然ダメです。やり直しです」


 まさかのダメだしだった。






■■■






「疲れたぁ」


 ベッドに身を投げ出て、ついそんな言葉が漏れる。ようやく一人の時間を確保できて、ほっと胸を撫で下ろした。さっちゃんは今、お風呂だ。廊下を歩いた時に聞こえた、シャワーの音が耳について……今シャワーを浴びているだろう、さっちゃん想像してしまい――その煩悩、首を振り、懸命に吹き飛ばした。


 泊まるのもいつものこと。シャワーを使うのだって。浴室へと続く、洗面所を無防備に開け放つのも、さっちゃんは毎度のことで。でも今は、もう少し警戒心をもってほしいと思う。


(……落ち着け、深呼吸だ)


 思考を切り替える必要がある。だいたい、男だ女以前に親友をそんな目で見るのはダメだ、絶対。


 ――ふよん。


 今も掌に、さっちゃんの柔らかい感触を思い出してしまう。


(ストップ! だから、そういうトコだぞ、俺!)


 せめて、デートだったんだ。さっちゃんの一挙一動の方を思い出せよ。今日のさっちゃん、マジで可愛かったじゃんか!


 ――んっ…… やっ……

 艶やかな吐息――。


(違う、そうじゃない! 脳死、仰げば尊死とうとしとは今日みたいなことを言うのかもしれないけれど、違うっ!)


 ベッド上で、グルングルン回転しながら、煩悩と理性が衝突し、鬩ぎ合っている俺だった。


「たっ君、どうしたの?」


 俺の部屋を覗く――絹地のレグリジェに身を包んだ親友さっちゃんがコテンと首を傾げて――それから、以前と同様に、当たり前のようにベッドにダイブしてきたのだった。








「ちょい?!」

 親友として、気兼ねなく接してくれるのは嬉しいが、俺から見ても豊満な胸が屈めば色々と見えて、本当に心臓に悪い。


 ――着痩せするのね。Dカップじゃない。


 店員のお姉さん! 今、その台詞を再生しないで。ただでさえ、ネグリジェで体のラインがはっきりと分かってしまうのだ。下着が透けるデザイン購入だけは死守した俺を褒めたたえたい。が、今のデザインでも十分、理性が崩壊しそうだった。


「そういえば、たっ君ってさ。裏山君からエッチな動画ディスク借りていたよね?」

「はひ?」


 今、それを言う?


「あれって、確かベッドの下にあったよね」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ち! さっちゃん、男には知られたくない秘密があるんだって!」

「ボクも元、オトコだよ?」



 そう言いながら、ベッド下に手をのばす。


「あった!」


 あったじゃないよ! それに、さっちゃんは元々知っていたでしょ?!



 ――クラスメートが女の子になったから、大人の勉強会をすることにしました。


 裏山、イヤガラセかって思っていたけれど。今となっては、反論の余地もない。そして、やけに意識してしまう、自分がいる。


「ふ~ん」


 ディスクのジャケットと、俺を見比べながらさっちゃんは、意味深に俺を見やる。


「いや、だから、あのね……?」


 取り繕うとする俺を、さっちゃんはじっと見やる。










「たっ君のえっち」


 どんな言葉より、俺の胸を抉る一言だった。





「さっちゃん、聞いて? これはあくまで裏山が――」

「決めた」


 ニッと、さっちゃんは微笑む。


「な、何を……?」

「今日のゲームだけどさ、負けた方が秘密を告白するって、どう?」

「はい?」


 俺は目をパチクリさせる。正直、俺にはこれ以上の秘密なんてない気がする。


「ボクはたっ君のことたくさん知りたいからね。そうだなぁ、たっ君が胸派か、お尻派とかさ」

「にゃ、何言って――」


 耳元でそんなコト囁くのズルい!


「それとも、たっ君のスマートフォン、秘密のパスワードでも良いよ?」

「にゃにゃにゃ――」


 語彙崩壊とはこのことか。なんで、さっちゃんが〝えっち〟な画像の在処ありかを知ってるの?!


(マズい、あれはマズい!)


 さっちゃん似の子しか収集してない、俺の黒歴史といえる。あれは非常にマズい。


「もちろん、勝負だから。ボクが負けたら、ちゃんと聞かれたことには答えるからね」

「……それは、なんでも?」


 ゴクリと唾を飲み込んでしまう。知っているようで知らないことは、たくさんある。例えば、こうやってからかってくる親友マブダチの本心も気になる。これを機会に、聞くのは有りかもしれない。


「本当は勝負じゃなくても、たっ君に聞かれたら、すぐ答えちゃうけどね」


 だから、そういうことを耳元で囁かないの。


「がんばるっ」


 さっちゃんは、握りこぶしを作ってガッツポーズ。その挙動の一つ一つが、可愛いしかない。


「たっ君を丸裸にしちゃうんだから」


 頬をすり寄せながら、そんなことを言う。もう、俺の理性は陥落する寸前だった。

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