第5話 親友(♂)とランジェリーコーナーに行きました。これは何の試練なんでしょうか?



「マジで行くのかよ?」

「マジで、マジのマズマジだよ?」


 テンションが下がる俺。振り切れそうなくらい、上機嫌のさっちゃん。そんなさっちゃんを見ていたら、そう拒否するのは違うと思うけれど――やっぱり恥ずかしい。


「……なんで、そんなにウキウキしているのさ?」

「ん?」


 さっちゃんは、俺の腕にしがみつきながら思案する。いや、そもそも神無紗月マブダチだと分かっているのに、必要以上に意識してしまう自分がいる。男だ女だとそれで区別したくないってずっと思っていたのに。


 郊外のデパート、ニャオンモール。平日――放課後には、チラホラ青春を謳歌する高校生達がいる。途切れることのない喧噪よりも――さっちゃんが呟く言葉の方が、凜と耳の奥底に響く。


「……はじめては、全部、たっ君が良いから、かな」


 とんでもない台詞を囁かれて、俺は硬直してしまう。そんな俺を見て、さっちゃんはさらにクスリと笑う。


「そうやって戸惑っている姿も。でも全部、ボクを受け止めていることを実感するからね。そういうトコ含めて、全部、たっ君だなって思うよ」

「また、俺をからかって――」


 つん。鼻頭を指先で弾かれた。


「からかってない。全部、本心だもん。たっ君が、ボクの全部を攫っていったんじゃんか。それなら、ボクに遠慮しないで欲しいかな」

「それって、どういう――」


 攫った?

 それって、どういう意味……?

 思い巡らすけれど、正直、分からない。


「ま、たっ君だもんね」


 言っておきながら、勝手にさっちゃんは自己完結する。本当に意味が分からない。


「……だから、どういう意味なの?」

「ちゃんと分かってもらうように、ボクは今まで以上に言葉にするだけだよ」


 ふふんと笑って、それ以上答えてくれない。俺は、さっちゃんに抱きつかれながら。その歩幅を意識しながら、店内を歩み進めるのだった。






■■■







「どうかな?」

「ど、どうって――」


 そしてやって来ました、女子の聖域。ランジェリーコーナー。幸いと言うべきか、ニャオンモール、直営店。専門店街でなかったことが幸いというべきか。ブランド系を見せられたら、それこそ萎縮して灰になっていたと思う。


 スポーツブラや、ナイトブラ。ネグリジェ、それを見て回りながら、さっちゃんは俺に聞いてくる。


「何のこと……?」

「たっ君はどういうのブラが好み?」

「――ッ?!」


 声にならず、そしてむせ込む。あらあらと、近くで買い物をしていたご婦人達が微笑ましそうに、俺たちを見る。


 さっちゃんが、青のチェック柄のブラを手に取る。

 もし、さっちゃんが着たら――。


 あ、ダメだ。そういう想像したらイケないと思いながらも、想像が止まらない。止まってくれない。背徳感に包まれて――。


「こっちはどうかな?」


 か細い声で、囁くように、さっちゃんが聞いてくる。


 次に手にしたのは、ピンクの花柄のセットだった。それも、可愛らしくてさっちゃんに似合う。想像とともに色々、滾って――いや、ダメだ。冷静になれ。クールダウンが必要だ。これじゃ、俺は変態以外の何者でもなくて――。


「他の子で、こういう想像するのは〝×ペケ〟だけど。ボクなら、たくさん考えて欲しいって思っているよ」

「な、な、な、何を言って――」


「あのお客様」

「ひゃい?!」


 いきなり店員さんに、声をかけられて、俺は不審者並に飛び上がってしまう。


「最近、S.C病があるので、不慣れなと思わしきお客様には、お声掛けをさせていただいています。ご不快なようなら申し訳ありません。もしかして、こういうお店は初めてですか?」


 真摯な眼差しに、俺はほっと胸を撫で下ろす。変態として通報されたら、どうしよかと思った。俺とさっちゃんは、素直にコクコク頷く。

 店員さんは、安心させるように微笑んだ。


「そうですか。女性の下着、特にブラはサイズに合ったものを着用することが重要です。採寸をお勧めしていますが、如何致しましょうか」

「え、あの、それは……」


 さっちゃんは口ごもる。俺はしてもらえば良いのに、と思うが、どうやらさっちゃんは抵抗があるらしい。


「大丈夫ですよ」


 それでも店員さんは、無理強いせずに声をかける。


「皆さん、色々な事情がありますからね。特にS.C患者さんは、現在の同性――以前の異性に触れられることを、忌避する人もいますから。採寸は服の上から可能です。彼氏さんにしてもらうという手はありますけど? 私は、隣からアドバイスしますから」


「ちょ、ちょ――?」


 狼狽しながら呻く俺より早く、さっちゃんは全力で「お願いします!」とペコリと頭を下げる。


「さっちゃんは、俺で良いの?!」


 今度は、ちゃんと声が出た。そして流石にそれはまずいんじゃないだろうか、って思う。元同性とはいえ、今は現異性で。ただでさえ、さっちゃんに邪な感情を抱いているというのに。


「むしろ、たっ君じゃないとイヤだよ?」


 そう言われたら、返す言葉もない。俺はただ、口をパクパクさせることしかできない。


「大丈夫ですよ。信頼できる人にしてもらった方が安心ですからね」


 店員さんの全肯定がされたまま、俺は採寸用のメジャーを渡された。








「たっ君、よろしくね」

 満面の笑顔で。さっちゃんに、満幅の信頼を寄せて囁かれたら――俺が断れるわけなかったんだ。

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