第4話 親友(♂)が女の子になってから初の放課後デートは、カップル限定ケーキバイキングでした


「当店のケーキバイキングは、カップルは半額割引適応です。お二人はカップルですか?」


 登校デートに続いて、放課後デートをしようとルンルンのさっちゃんに連れられたのは、オシャレなカフェ。時々、行われるケーキバイキングフェア。女子高生JKたちが反応しないわけもなく。


 ――ね、たっ君? 行こう?


 満面の笑顔で言われたらさ、こっちは抵抗のしようがない。


 ――たっ君も甘い物大好きだもんね。


 否定はしない。でも、それ以上に、スイートな子がいて、喜んでくれるのなら。ボヤくのは野暮ってものだ。


「それじゃ、カップルの証拠を見せてもらって良いですか?」

「へ……?」


 俺は目をパチクリさせた。前回、来た時は手を繋いで「俺(ボク)たち、付き合ってます」と言えば、ケーキバイキングにありつけた。それに比べて今回、ちょっとジャッジ厳しすぎないか?


「いやぁ、前回は甘すぎたと反省したのよ。イベントでカップルを量産したと自負しているけどさ、イベント終わったら破局とか、ちょっと切なくない?」


 知らねぇよ。


「だからね、オーナーちゃんは考えました。このイベントが終わった後も、ケーキを食べに来てくれるような、君達が真のカップルだ、と!」


「ジャッジ終わってるじゃん! ケーキを早く食わせろよ!」


「でもね、やっぱり試したいじゃない? 君達の真実の愛を。まぁ君らの場合は、カップル通り越して、熟年夫婦の感もあるけど、さ」

「ねぇよ!」


「だから、カップルの証拠を見せてよ? まさか、割引に釣られてカップルになったワケじゃないよね?」


 クイクイ、さっちゃんが俺の袖を引く。


 ――いいよ、たっ君。ムリしなくても。


 さっちゃんが耳元で、控えめに囁く。今まで積極的に行動してきた、さっちゃんとは思えない。まぁ、なんとなくさっちゃんが考えていることは分かる。


 自分が行動することは良い。

 でも、他人ダレカに強制されるのはイヤだ。


 そういえば、裏山が小学校の頃、無理矢理、俺に告白をさせようとしたっけ。テコでも口を開こうとしないさっちゃんに、俺が言ったんだ。


 ――好きだよ。当たり前じゃん。

 って。


 あの時、さっちゃんは、まるで裏山に強制されていると思ったらしい。冗談じゃない。俺は俺の意志で、さっちゃんと一緒にいるし、無理矢理一緒にいたつもりもない。


 それから、裏山を放っておいて、俺たちで大喧嘩したのも、今となっては懐かしい。




 今だって、そうだ。別に誰かに強制されているワケじゃない。俺が、そうしたいからそうするだけで。


 マンガとかで、口吻をする時、チュッってリップ音鳴らしたりするじゃんか。あれ、ウソだって思うんだ。本当にその人に添いたいって思ったら、そんな音なんか出るワケない。ワザとらし過ぎるって思う。


「……た、たっ君?!」


 珍しくさっちゃんが慌てるのが見えて、つい唇の端が綻ぶ。


「最近、さっちゃんにやられっぱなしだからね。おかえ――」


 カフェで流れる音楽も、客の喧噪も、オーナーの声もかき消えて――さっちゃんに、全てかっ攫われて。


 頬に温もり。

 ――チュッ。


 そんなリップ音が響く。ワザとらし過ぎる?

 いや、違う。


 ワザと聞かせるためのリップ音なんだと、今さらながら気付く。こんな音を聞いたら、それこそ、さっちゃんをもっと意識してしまう。


「悪かった、悪かったって! ごめん! 高校生がこれ以上、そういうのイケないから、ストップ! うちのケーキより甘くイチャつかない――」

「ムリ?」


 さっちゃんは、首を傾げながら、そんなことを言う。


「ほっぺにチューぐらいじゃ、ボク、我慢できないよ?」

「我慢して! 今はケーキでガマンして!! ウチのお店、青少年育成条例で摘発されちゃうよ?!」


 それなら煽らなきゃ良いのに。

 オーナーの絶叫が、前回より甲高く響いたのだった。






■■■






「おぃひいねぇ」

「言葉になってないけど?」

「うん、たっ君が一緒だからね。なおさら幸せいっぱい」


 さっちゃんは、ショートケーキを頬張りながら言う。甘味を別にして、今日のさっちゃんはやけに上機嫌だった。


 かくいう、俺もモンブランを同じように頬張って、満喫中で――ケーキ以上に、目の前の子に幸せをもらっている。


「ま、このケーキはこれからお世話になるお礼というか、前払いみたいなものだからね」


「今さらじゃない?」


「良いの。こういうの、気持ちが大事だし、たっ君にはこの後お願いしたいことあるからね」

「ふぅーん」


 俺はさっちゃんを見やる。別にお礼なんかされなくても、さっちゃんのお願いなら断るわけがない。


 コーヒーを飲む。

 コクリと、紅茶を飲むさっちゃんの喉が鳴って。


 コーヒーをコーヒーを飲むと、現実に引き戻される気がする。さっちゃんと一緒の時間は、まるで甘い夢のようで。でも、いつかこの夢が終わる日が来ると――ずっと、そう自分に言い聞かせてきたから。

 苦いコーヒーを飲んで、現実に引き戻す。


「……たっ君ってやっぱりズルいよね」

「へ?」


 突然、そんなことを言われて、俺は目を丸くした。


「いきなりが過ぎるよ。確かに最初は、リーズナブルにケーキ食べたいねって提案したのボクだけど」

「ほっぺにチューぐらい、スキンシップでしょ?」


 何を今さら、って思う。


「たっ君、そういうトコだぞ」

「……どういうトコだよ?」


「どんどんワガママ言いたくなっちゃうじゃん。そんなこと言われたら」

「どんどん、ワガママ言えば良いじゃん。俺、さっちゃんに言われて、イヤなこと無いからね」

「……本当?」


 自信なさ気に、さっちゃんは俺を見るが、それこそ今さらだった。

 視線が交わって。

 やっぱり、コクンと唾を飲み込んだのは、いったいドッチだったんだろう。






「分かったよ」


 根負けしたかのように、さっちゃんは微笑む。


「もともと、お願いするつもりだったしね。たっ君、ボクのワガママ、付き合ってね?」



 ニッコリ、さっちゃんは笑む。











「下着、選ぶの手伝って欲しかったんだ」

「は……?」





 その言葉を理解するまでに、数秒。


 その間に、さっちゃんが、ショートケーキを口の中に放り込んできて。

 甘さが、これでもかってくらいに、口のなかに広がる。

 ますます、脳が痺れたかのように、さっちゃんしか見れなくて――。




「楽しみ」


 元男の子の親友マブダチは、これでもかというくらい、満面の笑顔を咲かせていたんだ。

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