第3話 親友(♂)が女の子になってから、初の登校をすることになりました。

「どうかな?」


 そんな、さっちゃんの声を聞きながら、とくんとくん。心臓が今も脈打って止まらない。


「ど、どうって……」

「どうって、可愛いかかわいくないかの二択じゃない!」


 後ろで姉ちゃんが、痺れを切らしたかのように言う。さっちゃんがターンをして、制服のスカートがふんわりと舞った。何か、黒いものまで見えて――釘付けになる。


「あ、Tバックにしたんだ」

「な……何、貸してんのさ?!」


 制服も含めて、現在、大学生である姉の貸与品である。昨日、コンビニに下着を買いに行かされたのは、何の罰ゲームだったんだろう。


「見たの? 拓彌たくやのエッチ」

「……たっ君のえっち。でも、お姉さんの言う通り、誘惑できちゃったかも」


 姉ちゃんに言われるより、さっちゃんの言葉の方がダメージがエグいのはどうしてか。


「それで、どうなのさ?」

「な、何が……」


 いや、言われなくても分かっている。素直に可愛いと言いたい。でも、ストレートに言葉を紡げない自分は、なんてヘタレなんだって思うけれど。


「……たっ君、どうかな?」


 いや、そういう目で見るのズルくない?


「あ、あのさ。ウチの学校、パンツスタイルもOKなワケじゃん。今まで通りってのは――」

「それはムリ」


 あっさりさっちゃんが否定した。


「だって、女の子の格好で登校デートしたかんだもん、ボク」

「ど、登校デート?!」


「ダメ?」

「ダメとか、そういうことじゃなくて――」


「それとも、別々の登校が良い?」

「そ、それは――絶対にダメだ」


 気付けば、俺はさっちゃんの手を握っていった。ふわりと、さっちゃんが微笑む。


「それは、どうして?」

「だって、さっちゃん、可愛いじゃん。今までだって、ナンパされたことも――」

「オトコだったけどね」


 クスリとさっちゃんは笑う。それに、ね。ブレザーを借りたのは、ちゃんと理由があるんからね。そう言って微笑む。


「以前のブラウスだと、お胸がきつくて……」


 そう言う瞬間、つい視線が胸に目移りして。

 ぎゅっ。

 さっちゃんに、手の甲を抓られて、思わず「イタっ」って悲鳴を上げる。


「ボクをそういう目で見るのは仕方ないけれど、もう他の子をそういう目で見るのは絶対にダメだからね」


 コクンコクン、俺は頷くしかなくて。

 後ろで「めぇっ」って呟く姉ちゃん、とっとと大学に行け。そう心の中で八つ当たりをすれば――。



「どうして、お姉さんばかり見るのかな?」

 さらにさっちゃんの逆鱗に触れた俺だった。













「……それから、制服と下着の感想を聞いていないけど? たっ君、どうだった?」

 今日のさっちゃん、とことん容赦がなかった。










■■■






 登校したら、クラスは賑やかさを通り越して、耳を塞ぎたくなるくらいの喧騒が、俺達に注がれた。まぁ、これも予想の範疇内。



「ごめん、神無君。いや、今は神無ちゃん? ここんトコ、可愛さに磨きがかかっているなぁって思っていたけど。そういうコトだったんだ!」

「めっちゃ可愛い!」


「もう、これで事実上、進藤の彼女だよね!」

「おい待て、それはさっちゃんの気持ちを考えたら――」

「ボクは嬉しいけれど」


 さっちゃん、にっこにこである。クラスが盛り上がるなか、俺は入り込む余地はまるでなかった。


 クラスのLINKにさっちゃんが、C.S発症したことを伝えたのが昨日。もちろん、さっちゃんの了承済みである。


 今日は、保健室でC.S認定医が診察する以外は、通常運行。治療――臨床検査を希望するか否か。そしてさっちゃんは、拒否をしたワケで。実際、C.S患者は、何もできない。今ある現実を受け入れるぐらいしか、選択肢がないのだ。


「お前ら、脳天気だな。おホモ達に毒されたんじゃねぇの」


 こいつは裏山うらやま。何かと、俺とさっちゃんにつっかかってくる。小学校の時から、ずっとこうだった。


 俺は小さく息をつく。さっちゃんを守るように前に出ようとして――ふわりと。さっちゃんの甘い髪の匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。


 背中越し、俺の肩に顎をのせて。さっちゃんは、やっぱり嬉しそうに笑みを溢す。


「おはよう、裏山君」


 無視すれば良いのに、さっちゃんは奴にそう声をかけた。


「……気持ちわるっ。元オトコだろ、こいつ。なんで皆、ヘラヘラ笑ってるんだよ? 神無が真性の変態ってよく分かったんじゃねぇの――」


「好きな人に好きって言っちゃダメなの?」

「気色わりぃ……」


 俺は、毎回のお前の反応が気持ち悪いよ。放っておいてくれって思う。


「だって仕方ないよ、好きなんだもん。親友ズットモだって自分に言い聞かせていたけど。たっ君が、他の子とデートしている姿を想像したら、本当にイヤだったんだ。でも、いつかそんな日は来るって思っていたから。だから、裏山君の言うことも、一理あるよ。見る人が見たら、気持ち悪いって思うだろうし。でも、こうなったら、もう自分を誤魔化さないって決めたの。この気持ちだけは誰にも否定して欲しくない。だって、ボク。やっぱりたっ君がす――」


 それ以上、言わせたくない俺はやっぱり卑怯者だって思う。いや、今だって。うりさいくらい、心臓が早鐘を打っていて。


「さっちゃんは、さっちゃんだよ。それで、俺は何も思わないし。これからも、親友マブダチだって思っているから。だから、裏山がどう思っても、別にどうでも良いわ」


 言い切る、俺は本当にズルい。この後に及んで、まだ防衛線を張ろうとしているのだから。


(……だって、もしも)


 万が一、さっちゃんの病気C.Sが治ることがあれば。さっちゃんは、普通の生活を送れる可能性もあるワケで。その選択肢、やっぱり削ぎたくなくて――。


「進藤、往生際が悪くない?」

「いや、あれは一生かけて、幸せにしたいと思っている奴の顔ですよ」

「拒絶じゃなきゃ、その手を愛しそうに掴んでないっしょ」


 うるせーよ、外野! 思わず、そう言葉にしようとした瞬間だった。





「良いもんね。これからたっ君に、もっともっと自覚してもらうんだから」


 ふわっと、耳朶に息をふきかけられる。


「――まだまだ、こんなものじゃないからね?」


 耳元で囁かれて。

 脳が痺れるような感覚。思わず、息を呑む。

 言葉にならない言葉で、俺は呻くことしかできなかった。



















「……小学校の時から、ずっと無視しやがって! お前ら本当にに大嫌いだっ!」


 裏山が何か叫んだ気がしたけれど。その声すら、教室の喧噪にかき消され――なにより、さっちゃんの温もり以外感じられない俺がいた。

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