第2話 親友(♂)が女の子になったから家族会議を行うことになりました。


 親友が女の子になった。


 この緊急事態に意外に、俺はわりと冷静だって――と思う。

 LGBTが騒がれて久しい昨今。そして、そこらへんの女子高生より、ウチの親友は女子力が高い。彼女の理想像はさっちゃん。真顔でそう言えば……。


 ――拓彌たくやだもんなぁ。

 ――進藤しんどうだもん。

 ――男子で可愛いって反則じゃない? あんなの無理ゲーじゃんっ! でも、あの二人は尊いし。あぁっ! 悩ましい!


 まぁ、そんな周囲の評価はさておいて。S.Cの予備知識があったことが幸いした。

 

突発性染色体異常遺伝子転換症候群(Spontaneous chromosomal gene conversion syndrome)この頭文字をとって、S.C.G.S。単にS.Cと言うことが多いね。


 全世界で80人程度が発症するレア症例。発症率0.000000988%。原因不明、治療薬なし。染色体の異常で細胞レベルで性的特徴が置き換わった――そんな説明しかなされない。

 そして実際、いつさっちゃんの体が女体化したのか、俺はまるで分からなかった。


(でも……まさか、さっちゃんがなるとか思わないじゃん?)


 こつんこつん。

 階段を――神社の石段を上がる。やけに足音が響く。


「神社に行ってどうするの?」

「神頼みぐらいしておこうかなぁ、って」


 さっちゃんを見る。姉ちゃんのお古のワンピースを、違和感なく着こなしていた。いや、元々「素材が可愛すぎる」「何もしないのは人類の損失」とウチの腐女子たちに、散々弄ばれていたさっちゃんだ。

 女の子のことがまるで分からない俺にとって、今はウザイ家族が救世主といえる。


「たっ君はさ」

「ん?」

「やっぱりボクに戻って欲しい?」

「……そりゃ、ね」


 鈴緒を引けば、重い手応えとともにからんからんと鳴る。ぱんぱん。二礼二拝一礼。乾いたクラップ音がやけに響く。


「ボクは別に今のままでも良いけどね」

 ワザとか? まるで耳元に囁くように言うの。でも、さっちゃんは昔からそうだった手を繋いで歩くのだって、昔からずっとそうで。


 ――たっ君は仕方ないね。迷子になっちゃうでしょ?

 ――本当に方向音痴。たっ君、こっちだよ。


 結局、さっちゃんがS.Cだったとしても、二人の距離感は何も変わらない。このまま変わらないでいたい。でも、その一方で。一方的に変わりたいと思っている俺もいて――。


 サラサラ。風が凪いだのかと思った。箒で境内を掃除している巫女さんと目が合った


「あ、あの。差し出がましいことを言うようですが」


 ボソリと巫女さんが呟いた。境内であまりに距離が近すぎると、咎められた気がした。


「あ、すいませ――」


 慌てて、距離を離そうとして――さっちゃんが、離してくれない。


(さっちゃん?)

(他の女の子を意識して、離れるの……ボク、なんかイヤだ)


 その囁き合い、多分、巫女さんには聞こえていなかったように思う。


「五円で願うには、少し欲張りだと思いまして」

「は……?」


 にっこり笑う巫女さんを、呆然と見やる。

 ヤケクソ気味に引き返して、追加で500円玉を放り投げた俺だった。





 ちゃりん。

 やけに、今日は音が耳につく。

 







■■■






「それでは、進藤しんどう家・神無かみなし家、両家の家族会議を始めます」


 なぜか仕切るのは姉ちゃんだった。進藤家からは、俺・父さん・母さん・姉ちゃん。神無家からはさっちゃん、そして親父さん。以上である。神無家は、離婚し父子家庭。俺自身、おばさんのことをまるで憶えていない。


「まずは、紗月君がS.Cを発症しました。これは皆さん、確認済みですね。治療センターには行かない。これもオッケー?」


 当人を含めて、全員がコクリと頷き合う。今日の朝、家族に報告しあっている。親父さんの動転はすさまじかったが、今はなんとか気持ちの整理できたようだった。


 治療センターに行っても、何も解決しない。むしろ、さっちゃんを見世物にしたくない。これは偽りない俺の本心で――さっちゃん自身の願いでもあった。


「……今後なんですが、俺が長期出張で、半年間、家を空けます。もともと先輩に紗月をお願いする予定でしたが、このまま託しても良いですか?」

「もちろんよ。むしろ神無君じゃ、女の子の紗月ちゃんをフォローできないでしょ?」


「……仰る通りです」

「それなら、私達に任せて」


 ポンと、母さんが胸を叩く。


「いや、でも部屋が……」

拓彌たくやの部屋で良いじゃん。今までも、泊まっていたワケだし」


「いや、それは……。でも、もう今までとは――」

「それとも、何か気まずいことあるの?」

「な、ないけど――」


「怪しいなぁ。紗月ちゃん、本当に何もなかった?」

「あ……」


 モジモジする。もともと、積極的に自己主張をするタイプじゃなかった。いつも俺の後ろに隠れるのが常で。

 そんなさっちゃん、何かを思い出したのか、頬を桜色に染める。


「そ、その……寝ぼけていたこと分かるし、イヤではなかったんだけれど……も、も……」

「「「「も?」」」」

「胸、揉まれちゃった」


 ぶはっ。俺はむせ込む。それ、今言う?!


「お前、S.Cになった子に、いきなりデリカシーなさすぎだろ!」

「ウチの娘になにさらすんじゃ!」


「朝までは、息子がいなくなったってヘコんでいたクセにねぇ」

「先輩、それは言わないで!」

「さっちゃん、あれは事故で――」


 言い訳をしようとする俺に、さっちゃんが人差し指で唇に触れる。

 ――他の子に見惚れていたバツだから。


 いや、だから。見惚れてないし。あの巫女さんが、賽銭にガメついことを抗議したいだけで……。賽銭、返せと言いたい。


 つー。さっちゃんの指が、俺の唇を横になぞる。いや、さっちゃん? 男同士でそういうのは――いや、厳密には今は違うかもだけれど、もしかしたら先じゃ治療が解明されて――。そうしたらさっちゃんは、全て元通りで。そうしたら、普通に恋愛して、当たり前に――。




「どんな時だって、態度変えないもんね。そんなたっ君が、ボクはやっぱり好きだよ」


 必死に言い訳を心の中で、並べるのに。

 今のさっちゃんは、そんな言い訳すら許してくれない。


 自分があれほど、望んでいたカタチだから。なおさら、ズキズキ、言葉が胸に突き刺さる。




「ごめんね」


 さっちゃんは、俺にしか聞こえないくらいの声量で囁いた。


「でもね。もう、手加減できないんだ」







▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧




「あ、あの……紗月、俺たちがいること忘れてない?」

「まぁまぁ。だいたい、この展開は予想はしてた」


「いや、でも男の子同士じゃ――」

「今は片方が女の子でしょ?」

「さらに歯止めがきかなくなる可能性が……」


「それはそれで良いでしょ。神無かみなし君は、既成の価値観に囚われすぎだと思うな」

「お姉ちゃんとしては変わらず、応援してあげたいけどね!」




 家族はそんな会話を繰り広げていたけれど。

 まるで耳に入らない俺たちだった。

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