不思議な古城
不思議な古城
男の家は野菜の小売商をやっており、長男として生まれた男は当然のように家を手伝い、将来的には店を継ぐつもりでいた。家族経営の小さい店だが、街の住民に愛され長く続いている。しかし生活が楽かと言われれば常にギリギリの状態だった。特に去年と今年は自然災害が重なり野菜が高騰してしまい、買い手が減ってしまっている状態だ。その中でも生活出来るのは一件の大口契約のおかげだろう。
数年前にいきなり野菜を定期的に買わせてほしいと話があり、こちらを信用してか量さえキープしてくれれば、中身や種類は任せてくれて、値段も他よりも高く購入してくれる。これは別にぼったくりとかじゃない。ちゃんと正規価格を伝えているのに、多めに払ってくれるのだ。相手は山奥に住む貴族、彼らからしたらはした金なのかもしれないが、毎週まとまった金が手に入るのはかなり助かる。不作の中でもなんとか生活出来ているのは彼らのおかげだ。家族全員が感謝をしている。今日はその貴族の所に野菜を届ける日で、家族はいつもの野菜と、おまけをたくさん箱に詰めた。このおまけは、品質はいいものの、料理で使うには優先度が低いため買い手がつかない野菜だ。捨てるくらいならと感謝を込めて丁寧に入れる。
「じゃあ任せたよ」
母親に背中を押されて、迎えの馬車に乗り込み、貴族の家に向かう。
馬車を動かす御者の初老の男二人は相変わらず静かで暗いが、腕がいいからか山道を難なく登っていく。本当に不思議なほどスイスイ進んでいくのだ。
元々注文が入るまでこの山の中に家があるなんて知らなかったし、そこに行く道だって馬車に乗って初めて知った。これなら自然豊かな山を利用しようと誰かが考えそうなものなのに、漁業や観光業で栄えているからか皆海ばかりを見てこの山には興味を示さない。それか、親が言っていた祟りとかを気にしているのか。今時祟りなんて信じている人間がいる事に驚きだが、大昔、実際に山開発に関わった人間を何百人も殺しているようで、それを覚えていたり知っている人が避けているうちに皆山の存在をスルーするようになった。
(祟りかぁ)
春になり、風が気持ちいいので窓を開けて森の中を眺める。
男がその祟りの話を知ったのは、この山に入るようになってからだった。そのせいか、本当なのか疑ってしまう。実際に資料があるとか言われても、それにしては今まで家族も友達も祟りの話を言わなかった。なんだか不思議な気持ちだ。不思議といえば、今から向かう貴族の家も不思議なのだ。
毎週ここに食材を運んでいるのに、建物やそこに住む住人の事を思い出そうとすると、モヤがかかったようにうまく思い出せなくなる。今走っている山道も、この間休みに散歩してみようと探してみたが、自分が歩いて探そうとすると見つけられない。馬車に乗った時はわりと早い段階で山に入るから、街の近くに入口があるはずなのに分からない。
(あ、入口の場所見ておけばよかった)
今日こそはと思っていたのに、ボーっとしていた。帰る時にちゃんと見ておこう。ついでに今日もし住人に会えたら、どんな人か覚えておきたい。年頃の妹はかなりの金好きで、立場もわきまえず貴族を狙っているのだ。本来男のような身分の人間は貴族との接点がないが、今は出来てしまっている。貴族相手でも怖いのに、妹が狙っているのはうちの上客だ、怒らせて契約を切られるのが恐ろしくて家族は止めたものの、家族や男にとって、可愛い娘、妹だ。それとなく住人の情報を手に入れる事ぐらいはいいのではとなった。御者のように初老の男性、もしくは結婚適齢期の男がいなければ妹も諦められる。本当はもっと早く情報を渡してあげたいのだが、道と同じで住人の事を思い出そうとすると、どうにも記憶があやふやになる。食材保管庫に置いて、御者から金を受け取る事が多いせいで住人の情報は少ないが、一応会った事はあるはずなのに、変だ。一度医者に診てもらった方がいいかもな。
あれこれ考えているうちに小さな古城が見えてきた。小さいと言っても城には変わりないので、男から見たらかなり大きい家だ。
ぐるりと外側を周り塀の中に入り、いつもの保管庫の前で馬車を降りる。そのタイミングで城の中から使用人らしき男が出てくるが、彼もまた生気が全く感じられず、黙って荷下ろしを手伝いいつの間にか消えている。保管庫の温度が低い所にはすでに肉が置いてあったから、男のように別の業者が同じ体験をしているはずだ。一旦その人たちと話をしてみたい。それくらいこの城は色々不気味すぎる。感謝はしているのに、いざ来てみると怖くなって逃げたくなる。情緒不安定になるのもこの城の嫌なところだった。今日は重い野菜が多くていつもよりも時間がかかり、その間に嫌な風が吹いてきた。上を見たら先程の青空とは違い、黒い雲が空を覆い隠し、周囲を暗くしている。風が強いせいで黒い雲がすごいスピードで動いているのが見えた。これはまずいと思った時にはもう遅く、野菜を運び終える時には土砂降りで雷も近くで鳴っていた。身の危険を感じて馬車に乗ろうとしたが、乗ったとしてどうする。嵐のような天気の中場所で山道を通るのは怖すぎる。
(でもこのまま濡れるのも嫌だし)
一旦馬車の中で休ませてもらおう。
「あの……馬車の中で休ませてもらってもいいですか。この天気じゃ危ないので、中で待機したいんですけど」
何故かいつも通り馬車を動かそうとしている御者二人に声をかける。この人たちはこんな嵐の中でも仕事をしようとしているのか。いくらなんでも危険すぎる。本当に人間なのかと疑いたくなるが、貴族からの仕事を勝手に止める方が危険なのかもしれないとなんとか自分に言い聞かせた。御者が顔を上げる。特徴のない普通の顔、何度見ても忘れてしまう顔、目は虚ろで、乾燥している唇が何かを言おうとした所で、後ろから話しかけられた。
「大丈夫か?」
「え?」
振り返った先には城の裏口があり、そこから赤髪の若い男……だと思う、顔だけだと中性的すぎて分かりにくいが、とにかく中から声をかけられた。
「そこ危ないから、良かったら中で休んでいってくれ!」
色々聞く前に近くで落ちた雷の音にビビり、言われた通りに中で休ませてもらう事にした。
裏口から入るとすぐに大きなタオルを渡され、濡れた体が気持ち悪かったのでありがたく使わせてもらう。外が暗くなったからか、昼間でも廊下の照明がついていて室内が明るい。
(めちゃくちゃ綺麗な所だな)
裏口なんて使用人しか使わないような所なのに、新品のように全てが綺麗だった。見た目はかなり歴史がある古城だから中もそれなりに古いと思っていたのに、中は新築のようだ。
「御者さん達は大丈夫ですか」
「え? あ、ああ、馬車を戻してからすぐに中に入ってくるはずだから、大丈夫」
十代後半から二十代前半くらいの赤髪の人は一体誰なのだろう。上品な長袖シャツとブラウンのスラックスを着ているが、これだけでは何も分からない。
(裏口にいたって事は使用人だよな?)
「あの、ありがとうございました。その、ご主人様に怒られたりしませんか? 俺もしヤバそうだったら、やっぱり外で待った方がいいんじゃ」
親切してもらってから言うのもあれだが、自分のせいでこんな人の良さそうな男が怒られるのは避けたい。
「ご主人様……の、知り合い? だから、全然気にしないでくれ。近くに部屋があるんだ」
「知り合いって事は貴族ですか?」
「違う。その、居候させてもらってるだけだ。でも話は通しておくから、晴れるまでゆっくりしていってくれ」
関係性がよく分からなかったが、正直外に出て体調を崩すのは嫌だからあまり深く考えずに案内された部屋に入った。てっきり使用人が使う部屋にでも通されるとばかり考えていたが、実際は絵画が飾ってある広い客室に通され、急に緊張する。
(どーしよ。俺が使ったら汚しそう)
荷物を運ぶ程度に考えていたからいつも着ている古びた洋服と土だらけのショートブーツで来てしまった。貴族の部屋にあるものの弁償とか言われたら家ごと傾きそうで恐ろしすぎる。
「どうしたんだ?」
ソファに座らず扉の前で棒立ちになっている男を不思議そうな顔で見てくる男をこちらも見つめてしまう。しばらくして、汚したらどうとかごちゃごちゃ言う男に、男、名を聞いたらロキと名乗った、ロキは笑いながら気にしなくていいと笑いながら言ってくれた。
「ここにある物は自由に使ってくれ。あっちで湯浴びも出来るし、疲れたら奥の寝室で寝てもいいし、そうだ、どうせなら泊まっていけばいい。雨がやんでもすぐに行くのは危ないだろ?お昼は食べてきた? 実はさっきお昼の食材を取りに倉庫に行ったんだ」
「そ、そうなんですか。どれから返事をすれば、あの、お気遣いなく?」
「でもついでだし」
「じゃ、じゃあいただきます。ロキさんは料理人なんですか」
「違う。今日はたまたま料理する人がいなくて、だから、俺のまずい料理で我慢してくれ。一応体には害はないはずだから」
「……ありがとうございます」
ロキと話していると、妙に肩の力が抜けて緊張が消えていく。今まで正気が無い大人ばかりといたから、こういう元気で明るくて歳が近い同性と話せて嬉しい。ロキは一通り説明を済ませると、次は昼食が出来たら持ってくると言い残して一度部屋を出て行った。
部屋に残されてからは更に気が緩み、言われた通りに部屋でくつろぎまくった。まずは風呂で、肌や髪が痛くならないいい匂いがする石鹸で全身の汚れを取り、綺麗なお湯で全てを流す。冷えた体は湯船でポカポカ温まり、用意されていた新品の下着や洋服をありがたく着用して、ベッドのように大きくてフカフカのソファに飛び込んだ。思いっきり飛び込んだのに、埃が全く舞わない。客室でもこの綺麗さとは凄すぎるだろ。どれだけ使用人がいるんだ。
(でも料理人は皆休みなんだよな)
そういえば中に入ってから他の使用人を一度も見ていない気がする。雨音が激しいからか、生活音も耳に入らず、人が極端に少ないような錯覚に陥る。
(まぁ今は住み込みじゃなくて必要な時に業者を入れてる貴族だっているって話だし、ここもそうなのかもな。)
深くは考えないようにしてダラダラ時間を過ごしていたら、扉が静かにノックされた。
「ロキさん? どうぞ」
声かけとほぼ同時に扉が開き、そこには金髪の彫刻のように顔が整っている男が立っていた。
扉の高さと顔の位置からかなりの長身なのが分かり、服装はロキと似たようなシャツとスラックスに、ブラウンのジャケットを羽織っているだけの格好だが、顔とスタイルがいいだけにかなり目立つ。
(俺が着たらただの地味な服なのに、こういう人が着たらなんでもかっこよく見えるんだな)
地味にプライドが傷つく。
(てか誰だ)
「……どちら様ですか」
「……この家の持ち主だよ。ミツバだ」
「えっ! 挨拶が遅れてすみません! 俺はっ」
「ロキから全部聞いているからいいよ。じゃあ、君たち、運んでくれ」
慌てて立ち上がり頭を下げたら、主人自ら後ろに控えていた使用人達に指示を出しテーブルに昼食の準備をさせた。使用人達は相変わらず皆虚な目をしていて、まるで機械のように自分の仕事を淡々とこなしていく。
「酷い雨だよね。明日まで続きそうだから、泊まっていくといいよ」
「ありがとうございます!」
ロキとは違い、主人が男を見る目がなんだか冷たいような気がして一気に汗が出る。その視線から逃げるようにテーブルに並ぶ豪華な料理を見て分かりやすく唾を飲み込む。
「僕のことは気にせず、熱いうちに食べて」
「ありがとうございます! ……あれ、でも」
いざ座って食べようとして、ロキの言葉を思い出す。何故か退出せず男の正面に座った主人がそんな男を不思議そうに見つめた。
「お腹空いてない?」
「いえっ! 今日は料理人が皆休みって聞いてたので、そのわりに凄く豪華だなぁと」
「残念だったね……それはロキの勘違いだ。料理人達は普通にいるから、遠慮なく好きなだけ食べてくれ」
(何が残念なんだろ)
ロキには申し訳ないが、料理人の作る料理の方が嬉しい。それにしても。
(この人いつまでいるんだよ)
無愛想な給仕人がいるのは理解出来るけど、この城の主人がここにいる意味はなんだ。
こっちからしたら何かやらかしてしまいそうで、緊張してしまう。美味しいはずの料理だってあんまり味が分からなかった。
「あの……俺に何かご用ですか?」
「用は無いけど、ロキが初めてこの城に招いた客人だから気になって。ロキとはよく話すの?」
「前に少しだけ……ん、どうだったかな、あれ……はじめてだと思います?」
一瞬ロキと話した時の記憶を思い出したような気がしたが、今日会った時確実に誰だこの人となったから、初めてのはずだ。今の記憶はなんだったんだ。
「……こっちは正常か」
「はい?」
「なんでもない。ロキは君のことが気に入ったのかな」
「初対面ですけど」
「……なんてね。誰にでも優しくて親切だから、今日もそんな感じだろうね。確かにこの雨は危ない」
つられて外を見たらちょうどそのタイミングで雷が鳴り響いた。
(そりゃそうなんだろうけど、いちいちトゲあるな)
表情は柔らかいままなのに、明らかに歓迎されてない感じがする。すっかり冷めてしまった料理を詰め込み、さっさと食事を済ませてしまおう。途中何度か質問されたが、適当に答えていたらすぐに興味を失ったようで、食事の途中で退席してそれから戻って来なかった。
一人になればもうあとは満喫し放題。吐く一歩手前まで料理を胃に押し込み、少し休んだ後は再び風呂に入り、垢一つ残っていない状態で寝室のベッドで仮眠をとろうとして、外を見る。
雨風は更に酷くなり、建物に当たる雨音でなかなか寝付けなかった。
(あいつにはなんて言おう)
天井を眺めながらふと妹の顔を思い浮かべる。
ロキは貴族では無かったから、狙うとしたら城の持ち主であるミツバなのだが、相手なんて選び放題のイケメン貴族が妹を相手にするとは考えにくい。そもそもあの目、明らかに冷たかった。そりゃロキに招かれたとはいえ、いきなり中に入ってきた不審者に心を許す方が難しいけど、あの人に気に入られるイメージがどうしても湧かない。何度か外で雷が鳴り、近くに落ちたような音がした。少し心配になって窓から外を見たら、遠慮がちにノックされて慌てて寝室の扉を開けた。なんとなく、音の感じからロキのような気がした。
「ごめん、起こした?」
「起きてたので大丈夫です」
「夜もご飯食べていくだろ? 何がいいか希望があれば聞こうと思ってさ」
薄暗くなった部屋の中でもロキの赤髪は目立つ。その髪が揺れるたびに炎みたいだなと目で追ってしまい、返事が遅れてしまう。それを何か勘違いしたようで、こちらを安心させるように言葉を付け加えた。
「料理人はいる……から、なんでも好きなもの言ってくれ。俺の料理だと色々限界あるけど、プロだからある程度のものは作れるぞ。食材も今日はたくさん揃ってるし」
「料理する人今日は出勤日だったんですね」
「ああ、だったらしい。勘違いしてた」
「好きなものは、あの、野菜売っててなんですけど、肉が好きです」
「肉料理か! 俺も好き!」
真正面でニカっと笑うロキを見て、この人は裏表とかなくいつもこんな感じなんだろうなぁとつい和む。その後いくつか話してロキが部屋を出ていこうとしたので、廊下まで見送った。
(じゃあ夜まで今度こそ仮眠取るか)
疲労もあって今なら寝られそうだ。
寝室に戻ろうとして、明日の帰る時間と帰り方をロキに聞いておこうと慌てて廊下に出て姿を探す。運良く廊下の先にロキの後ろ姿が見えたが、どこかの部屋の扉が急に開き、誰かに引っ張られるようにしてロキがその中に入っていった。
(ちょ、大丈夫かよ)
遠目だったけど、無理矢理中に引き摺り込まれたように見えた。ロキの驚いたような声も聞こえたから確実だろう。心配で仮眠どころでは無くなり、戻った部屋の中をぐるぐると歩き回る。最悪な想像をあれこれしてしまい、しばらくしてから確認しに行く事に決めた。
(他の使用人にいじめられてるとか、俺のせいで何かされてるとかだったら最悪だからな)
心の中で何度も確認するだけ、と呟きながら、あえてノックはせずにロキが消えた扉をゆっくりと開いて薄暗い室内を覗き見る。何やら声がする。結構近いぞ。部屋の作りは男がいる部屋と似たような感じで、ソファに挟まれたテーブルの上で何か、人か、人が動いている。覆い被さるような背中がチラリと見え、それが前後に揺れるたびに動物の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
(違う、これ)
覆い被さっている人物とは違う人の白い足がテーブルからはみ出しているのが見えて、理解した。
(あっぶねぇ〜! やっぱりノックしなくて良かった! でもあれ誰だ? 男の方はロキさんにしては背中デカいし、女の方はなんか)
ここで部屋を離れれば良かったのに、無駄に足を止めてしまったせいで、知りたくなかった事実を知ってしまう。
「ちょ、ミツバ、これ以上はっ」
「どうして?」
「だってここ、アイツの部屋近いから、っ、バレたら、っぁ」
「壁分厚いから、部屋の中にいれば大丈夫だよ。だから集中して」
「なんでよりにもよってここで盛るんだよっ、ああっ」
話し声を聞いて、白い足の持ち主がロキで、覆い被さっているのがミツバなのだと気付く。
(え? え? え?)
同性でそういう行為をしてる人がいるのは知っていたけど、知っているのと実際見るのではやっぱり違う。驚きすぎて動きたくても足が固まってしまい動けない。その間にどんどん進んでしまい、動物の鳴き声だと錯覚していたロキの喘ぎ声が大きくなり、テーブルの軋む音も同時に大きくなっていった。
(早く、離れないと、でも、あれ、合意、なのか? 無理矢理部屋の中連れ込まれたように見えたけど、でも貴族相手に抵抗なんてしたらロキも、俺なんかもっと危ない、ど、どうしよう)
あまりに激しすぎてミツバが一方的に犯しているようにも見えるが、ロキの声はその、気持ちよさそうで、よく分からない。
「いつもみたいにもっと声出せばいいのに」
「む、りっ」
「お互いに部屋の中にいれば絶対聞こえないから、ね? それに、見られてもすぐ忘れるから、大丈夫」
ふいに上体を起こしたミツバが振り返ってこちらを見ようとした気がして、そこでやっと足が動き、二人のいる部屋の扉を少し開けたまま、元いた場所に戻った。
(気付かれた?)
目が合う前に去ったから大丈夫、だと信じたい。
結局謎の興奮でまた仮眠は取れず、夕飯の時間になり、今回はミツバとロキに会う事なく、使用人達に囲まれながら料理人が作った大量の肉料理を食べた。どうせ顔を合わせても気まずいからこれで良かった。でも帰るまでに、ロキにはちゃんと礼を言いたい。無愛想な使用人達に一応お願いしてみたら、翌日の早朝、帰るタイミングでロキが見送りに来てくれた。ロキは昨日と同じで露出が少ない格好だったが、それでも白い首や足首がチラチラと目に入りなんとなく恥ずかしくて、つい目をそらす。
「晴れて良かったな」
「そ、うですね」
「でも道はまだ濡れてるし、昼までゆっくりしたらどうだ?」
「いえそこまでお願いするのは。仕事も残ってるので、帰ります」
「仕事、そっか、そうだよな」
「一日お世話になりました。ありがとうございました」
「俺は別になにも……とにかく気をつけて帰れよ」
「はい」
自然な動作で肩を叩かれ素直に頷く。歳はわりと近そうなのに、ロキの言動が毎回落ち着いた年上の大人のようで、話していたら時々自分が子供になった気持ちになる。でも、抱かれてるんだよな。
うっかりあの事を思い出して首を横に振る。まずい、本人を前にして何考えてるんだ。
助けてくれた恩人を変な目でみるのは嫌で、さっさと馬車に乗り込む。
「またな」
「また、来ます。お礼に沢山野菜おまけしますね!」
「期待してる」
小窓から顔を出し、小さく手を振る。その時建物の方から視線を感じて顔を上げたが、馬車が走り出したせいで、視線の理由と場所は分からないままだった。
(あー、理由はなんとなく、分かるかも?)
ロキと話しているのを気にした人物となれば、ロキを抱いていたあの男の可能性が高い。両思いならそれでいい。でも違うなら。いつかロキに確認出来る日がくるだろうか。
馬車は悪路を忘れてしまうほどスラスラと山を走り、無事に家に着いた。家の前には心配そうにしている家族がいて、あと少し遅ければ家族総出で探しに行く所だったと言われた。いつもはツンツンしてる妹も心配してくれたようで、久しぶりに抱きついてくれる。
「良かった! 本当に良かった! 私のせいで捕まったのかと思ったじゃない!」
「捕まっ、え? なんで?」
「ほら、貴族でいい人いたら紹介してほしいって無理言ったから、貴族様に何か失礼なことして牢屋に入れられたのかもって……最悪殺されたり……」
「そんな事も言われてたな。天気が悪かったから城の中で休ませてもらってたんだ」
「えっじゃあ中にいた人見たの? 詳しく教えてよ!」
さっきまで涙目だったのに今は目をキラキラ輝かせている妹に内心落ち込むが、元々こういうやつだったと苦笑いする。
「城にはお前が好きそうなカッコいい人が……」
主人の話をしようとして、言葉を詰まらせる。どんな人だった? そもそも城の主人になんか会ったか? 派手髪の使用人には会ったような気がしたけど、記憶がかなり曖昧だ。年老いた老人? 地味な青年? 体格のいい、いかつい男? 考えれば考えるほど男の中から記憶が薄れていく。
「いたような、いなかったような」
「どっちよ」
「まぁ次からちゃんと調べるから今日の所は許してくれよ」
城の中でゆっくり出来たけど、やっぱり家が一番だ。安心したからかお腹も空いてきた。
「母さん、魚食べたい。なんかある?」
「魚? 肉ばっかりのあんたが珍しいわね……買いに行かないと無いけど、まぁ今日はいくらでも甘やかせてあげるわよ。無事に帰ってきたし、なにより」
フフフと笑う母の手には大量の金が乗っていた。
いつもより多いそれは、優しい使用人からのチップだろう。
「肉はしばらくいいや」
「城の中でたくさん食べてきたの?」
「どうだったかな」
それも忘れてしまったけど、そこまで重要な事でもないし気にせず家の中に入った。
勇者の弟、拾いました。 ねぶそく杉田 @NebusokuSugita
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます